インタビュー
2021.03.29
特集「ピアソラ」フランス事情〈後編〉

ピアソラの名曲を再考してモダンに——バンドネオン奏者ルイーズ・ジャリュにきく

“新しいタンゴ”の父となったピアソラを追った前編につづき、後編では、フランスで注目を集めている26歳のバンドネオン奏者の新星、ルイーズ・ジャリュにインタビュー。地元の学校でタンゴやバンドネオンの巨匠に師事した彼女は、ピアソラをどう捉えたのでしょうか。

取材・文
船越清佳
取材・文
船越清佳 ピアニスト・音楽ライター

岡山市出身。京都市立堀川音楽高校卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。長年日本とヨーロッパで演奏活動を行ない、現在はパリ郊外の公立音楽院でピアノ指導にも力を注ぎながら、...

©️Sylvain Gripoix

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巨匠が教えるパリ郊外の音楽院で5歳から学ぶ

フランスで今話題のバンドネオン奏者、ルイーズ・ジャリュさんが5歳でバンドネオンを始めたのは、まったくの偶然だった。居住地のパリ郊外、ジュヌヴィリエ市の音楽院に、バンドネオンのクラスがあったからだ。珍しい楽器だが、ピアノやフルートのように、子どもの普通のお稽古事として始めた。

この音楽院が、当時ヨーロッパで唯一バンドネオンを学べる場であったことも、師事した先生がファン=ホセ・モサリーニセザール・ストロシオといった世界的なアルゼンチン・タンゴの大家であったことも、子どものころは自覚がなかったという。

ヨーロッパで初めてバンドネオン科を設けた、パリ郊外ジュヌヴィリエ音楽院。ジャリュさんは5歳より、この学校でバンドネオンを学んだ。

ジャリュさんの師であるファン=ホセ・モサリーニの演奏動画

「楽器を弾きこなしたい一心でレッスンに通っていました。このような環境で子ども時代を過ごした幸運に気づいたのは、もっと後になってからです。モサリーニの最初のレッスンは忘れられません。2時間もの間、彼は一言もコメントせずに、私にバッハのインヴェンションを初見で弾かせ、最後に『また来週!』と言ったのです!」

男性中心のタンゴの世界にも時代の変化

バンドネオンの世界で、女性の存在はまだまだ珍しい。

「伝統的に、バンドネオンは女性が弾く楽器ではないとされていました。20世紀の初頭のアルゼンチンに、パキータ・ベルナ(1900~1925)という女性がいました。彼女はバンドネオンを学ぼうとしたのですが、両親は『女の子はヴァイオリンかピアノを学ぶものだ』と許さず、彼女は自力で奏法を身に着けたのです。20世紀初頭の名手の一人となった彼女は、残念なことにわずか25歳という若さで亡くなってしまいました。彼女が長く生きていたら、状況はもっと早く変わっていたと思います。

私は、姉が音楽院でバンドネオンを習っていたことに影響されて始めたので、楽器の歴史的背景など、まったく考えませんでした。男性的か女性的かなんて、どうでもよかったのです。バンドネオンの音色が大好きで、思春期のころからこの世界で生きていきたいと願い始めました」

その願いは、16歳のとき、クリンゲンタール国際バンドネオンコンクールで第2位を受賞し、確信へと変わった。

「応募者で、女の子は私だけでした! かつては金管楽器の分野も、男性に属するものとされていましたね。この中で突き進もうとする女性は、掟に背く者として扱われました。しかし、現代社会の変化に伴い、タンゴの世界のメンタリティも変わりつつあります。

バンドネオンの世界は、今世紀に入って、女性の表現の手段として広まり始め、もうすでに男性社会とは言えなくなっています」

古めかしさを消し、新しいモダンなアレンジを

ラガルデール財団賞を受賞し、今年、ピアソラ生誕100年を記念したアルバム『Piazzolla 2021』のリリースが実現した。

ルイーズ・ジャリュ『Piazzolla 2021』

「祖国で長い間評価されなかったという矛盾はありますが、タンゴ音楽は、ピアソラの大きな貢献があったからこそ、現在世界中で演奏されているのです。彼は今やアルゼンチンの国民的アイコンのような存在です。彼自身、クラシック音楽の交響曲を継承する道を望みましたが、ピアソラにはシュトックハウゼンやリゲッティのような前衛的な面はありません。しかし、彼の独自性、個性、大胆さ、情熱、表現の豊かさは、クルト・ヴァイル(彼自身、シェーンベルクでもベルクでもない)のように、一つのジャンルを刻印しました。これこそが真の芸術家の才能だと私は思うのです」

本アルバムは、大胆でスタイリッシュなアレンジが大きな話題を呼んでいる。「アディオス・ノニーノ」や「リベルタンゴ」などの作品をスタンダードとしてとらえ、ジャズ、現代音楽、ワールドミュージックを取り入れた新境地を追求した。編曲には、母校ジュヌヴィリエ音楽院の学長で、ヨーロッパ初のバンドネオン科を創設した作曲家、ベルナール・カヴァナの協力を得た。

ルイーズ・ジャリュとベルナール・カヴァナ編曲の「アディオス・ノニーノ」、「リベルタンゴ」

フィルハーモニー・ド・パリでの『Piazzola 2021』レコーディング風景。アレンジ協力のベルナール・カヴァナ(左/ヨーロッパ初のバンドネオン科の創設者)、ピアソラのピアニストとして活躍したグスタヴォ・ベイテルマンと。
©Patrick Faigenbaum

「ピアソラという作曲家は模倣不可能な存在ですから、同じカラーでアレンジするのは無意味であり、新しい方向へ向かうべきだと話し合いました。ピアソラのもっとも革新的でモダンな面を引き出し、古めかしいと思われる特徴(バロック風な装飾音や、和声的反復進行)を消すことにしたのです。

フランス国立ジャズ・オーケストラのダニエル・イヴィネックとギル・ゴールドスタインによる〈ピアソラ再考〉方法と似ているかもしれません」

アコーディオン&ピアノ奏者のギル・ゴールドスタインが、ジャズ・アレンジを施したアルバム『ピアソラ!』音楽監督ダニエル・イヴィネックの指揮、フランス国立ジャズ・オーケストラ

「ジャズのスタンダードのように、ミュージシャンの即興演奏も取り入れました。フリューゲルホルンのメデリック・コリニョンが『オブリヴィオン』で素晴らしいソロを披露しています」

「オブリヴィオン」

このアルバムには、かつてピアソラと共演していたピアニスト、グスタヴォ・ベイテルマンも参加した。彼のピアノも聴きどころの一つだ。

「タンゴ界の伝説的存在であるベイテルマン氏に、私たちの〈ピアソラ再考〉が受け入れられるのか、伝統破壊者と思われるのではないかと心配でしたが、それは杞憂でした。彼自身もピアソラを現代的な作曲家だと評し、規範から離れた私たちの現代的なアプローチを、評価してくださったのです」

ピアソラと共演していたピアニスト、グスタヴォ・ベイテルマン。
©Patrick Faigenbaum

子どもたちにも楽しんでもらうために

現在ジャリュさんは、母校でバンドネオンの指導にも力を注いでいる。

「バンドネオンは、19世紀半ばにドイツで生まれ、教会のオルガンの代用や、民謡の演奏に使われていました。そしてアルゼンチンに伝わり、タンゴと切り離せない楽器となったのです。音域は、バッハが『平均律クラヴィーア曲集』を書いた時期の鍵盤のように5オクターヴあります。

楽器の構造、重さ、ボタンの並び、押したときと引いたときで同じボタンでも出る音が違うことなど、子どもたちにとって難しい楽器であることは確かですが、私の役目は、まず『バンドネオンは複雑ではなく、よくできた仕組みの楽器ですよ』と理解させること。第二に、自分の力で弾けるように導くこと。

特に小さな子どもには、メロディを作らせたり、和声の入門の手ほどきをしながら、蛇腹の押し引きが生む音色の豊かさに気づかせます。そして、一人で弾ける楽器だからこそ、できるだけ早くアンサンブルを体験させるようにしています」

また、ファン=ホセ・モサリーニの子息であるファンホ・モサリーニも、同じジュヌヴィリエ音楽院で後進の指導に力を注ぐ。また、タンゴ室内楽科も設けられており、ここからギターの福井浩気とルイーズ・ジャリュのデュオ「DUO FUKUI-JALLU」も誕生した。

DUO FUKUI-JALLU 「Amurado」

『Piazzolla 2021』で、ピアソラは大胆に生まれ変わった。都市の喧噪を思わせるごとく挿入されるサイレン音や犬の咆哮に意表を突かれ、耳に刻みついた「リベルタンゴ」のリズムさえアレンジされていることに唖然とする。しかし、そこから発散する熱気、激情、絶望……それはピアソラのエッセンスを見事に体現するものだ。

こんなサウンドこそ、「革命家ピアソラ」へのオマージュにぴったりではないだろうか?

取材・文
船越清佳
取材・文
船越清佳 ピアニスト・音楽ライター

岡山市出身。京都市立堀川音楽高校卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。長年日本とヨーロッパで演奏活動を行ない、現在はパリ郊外の公立音楽院でピアノ指導にも力を注ぎながら、...

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