インタビュー
2018.11.15
井内美香のすべての道はオペラに通ず 第5回《ロッシーニに夢中な人々》前編

ロッシーニランドへようこそ! スター歌手たちが語るマエストロ・ロッシーニの魅力

毎年8月、イタリアのアドリア海に面した10万人ほどの街ペーザロに、たくさんの人々が集まります。彼らの共通点はひとつ......ロッシーニが大好き!!

ペーザロは、オペラの大作曲家として名高いジョアキーノ・ロッシーニの生まれた土地であり、毎年8月にはロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)が行なわれ、ロッシーニ・ファンの聖地、人呼んで〈ロッシーニランド〉になっているのです。

ロッシーニといえば、有名なのは《セビーリャの理髪師》や《ウィリアム・テル》序曲。ロッシーニランドを毎年訪れる〈ロッシーニに夢中な人々〉に言わせれば、ロッシーニの良さはそれだけじゃあないそうですよ......
みなさんも、奥深くて、幸せに満ちたロッシーニの世界へ!

取材・文・ロッシーニに夢中な人
井内美香
取材・文・ロッシーニに夢中な人
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

ペーザロのロッシーニが生まれた家からの眺め。通りの向こうに海が見える。
撮影:川合潤子

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ロッシーニの音楽は幸福に通ず!?

みなさーん! 今年がロッシーニ記念年だって知っていましたか? ロッシーニは1868年に亡くなったので、今年は没後150年なんです。ああ、何とスペシャルな年!

え? そんなことには興味がない? それは残念ですね。だってあなた、ロッシーニを好きになるのは、幸福への一番の近道ですよ。この文章は、「あなたもロッシーニで幸せな一生を送ろう!」というPR記事であることをあらかじめお断りしておきます(ロッシーニからは一銭ももらっていません。念のため。アハハ)。

さて、ロッシーニが亡くなったのはパリですが、生まれたのはイタリアのアドリア海側の沿岸の町ペーザロでした。1792年のことです!
そのペーザロですが、実はいま、一部のイタリア人から〈ロッシーニランド〉って呼ばれているんですよ。ほら、ディズニーランドってありますでしょ? ペーザロはロッシーニが好きな人にとって、遊園地より楽しい場所。だからロッシーニランドというわけ。いい響きだなー。

なぜロッシーニランドなのかというと、ここでは毎夏、ロッシーニのオペラだけを上演する音楽祭が開かれているのです。昼はイタリア人の家族連れ海水浴客などに混じって海とたわむれ、夜はロッシーニのオペラ三昧ができる、というわけ。

今年のペーザロにおける著者近影
ビーチパラソルがカラフルな海岸
ひと気のない早朝の砂浜(撮影:山下太郎)
海岸の街らしくシーフード・レストランも豊富

コミカルな喜劇である〈オペラ・ブッファ〉で有名なロッシーニですが、〈オペラ・セリア〉という、いわゆるひとつの真面目系オペラもたくさん書いていて、こちらも聴き逃せません。

セリアのどこがいいのかって? そうですねー、やっぱり音楽が真剣勝負で迫力があるところでしょうか。例えば、素材から吟味して、普段作らないような凝った料理を作ったら最高に美味しくできたときの達成感、などに似ている気がします!

ロッシーニの聖地ペーザロで、熱狂のオペラ・フェスティバル

ロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)とは?

ロッシーニの生誕地ペーザロで1980年に始まったロッシーニのオペラを上演する音楽祭。それまで《セビーリャの理髪師》など、いくつかのオペラ・ブッファしか知られていなかったロッシーニのシリアスなオペラ作品を次々上演し、ロッシーニの現代における再発見に多大な貢献をした。〈ロッシーニ・ルネッサンス〉という言葉が有名。観客の67%(2018年のデータ)が外国人(日本人は4位)と、イタリアの音楽祭の中でも国際的な観客を持ち、ここでの上演はロッシーニ演奏のお手本であると評価されている。

2018年の8月には、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)で3つのオペラが上演されました。《リッチャルドとゾライデ》《アディーナ》、そして《セビーリャの理髪師》。やはり記念年ですから、今年は特に充実した内容で満足度が高かったです。

《リッチャルドとゾライデ》は歌手の超絶技巧を楽しむオペラ・セリアで、オペラ界のスーパースター、ファン・ディエゴ・フローレス様も出演しました。とにかく完璧主義なフローレス、華麗なる歌唱は群を抜いて素晴らしかったです。また今話題の南アフリカ出身のソプラノ歌手プリティ・イェンデも宝石のようなクリスタルな美声で輝いていました。

《リッチャルドとゾライデ》より(ファン・ディエゴ・フローレスとプリティ・イェンデ)
Photo: Amati Bacciardi

それから《アディーナ》。こちらは一幕ものの短いオペラで、ポップな演出が楽しかったです。ヒロインを歌ったオロペーサは美貌と安心して聴けるテクニックで最近めきめきと頭角を現しているソプラノ歌手。METそしてヨーロッパの歌劇場で活躍しています。

《アディーナ》より(中央はリゼット・オロペーサ)
Photo: Amati Bacciardi

そしてロッシーニのオペラの中でもぶっちぎりで有名なオペラ・ブッファ《セビーリャの理髪師》。わたしが今年、一番感激したのはこの《セビーリャの理髪師》でした。日本でも上演が多いオペラなんですが、イタリアの有名演出家ピッツィ先生(御年88歳!)の舞台が、映画のようにお洒落! 選び抜かれた歌手たちの歌と演技が素晴らしすぎる! イタリア国営放送(RAI)交響楽団の演奏がカッコイイ! これまで長いオペラ人生で観たり聴いたりしてきた《セビーリャの理髪師》の中でも、特に感動した公演でした。ほかのお客さんたちも気持ちは同じだったようで、終演後の客席はサッカーのスタジアムか!? という歓声が飛び交う騒ぎ。いやー、盛り上がりました。

《セビーリャの理髪師》より第二幕(左からピエトロ・スパニョーリ、マキシム・ミロノフ、脇園彩)
Photo: Amati Bacciardi

ペーザロから第一幕フィナーレの録音が届いています。
愛するロジーナと会うために兵隊に変装してドン・バルトロの家に入り込んだアルマヴィーヴァ伯爵。酔っ払いのふりをして騒ぎを起こすので、ついに警察まで来てしまい家の中は大混乱。オペラ全体の要となる躍動的な大アンサンブルをお聴きください。

《セビーリャの理髪師》

ステルビーニ台本、ロッシーニ作曲。1816年ローマ初演。革命の時代にフランスで書かれたボーマルシェの戯曲をオペラ化したもの。スペインのセビーリャを舞台に、強欲な医師ドン・バルトロに閉じ込めらている美女ロジーナと彼女に恋するアルマヴィーヴァ伯爵が、理髪師フィガロの知恵で結ばれるまでを描く。貴族社会が終わりを告げ、市民社会が台頭する時代の息吹を伝える革命的オペラ・ブッファ。現代に至るまで最も人気のあるオペラの一つ。

ROF出演歌手に聞きました。あなたにとってロッシーニとは?

でも、なぜこの人たちは(正直わたしも含むんですが……)こんなにロッシーニが好きなんでしょう? せっかくですから、ペーザロ音楽祭に出演した歌手、指揮者、演出家の方々にロッシーニの音楽の魅力、ロッシーニの音楽を好きな理由と、ロッシーニのおススメのオペラを挙げていただきました。おススメのオペラは特別編プレイリストとして発表いたします。

ピエール・ルイジ・ピッツィ(オペラ演出家)

今年ROFで《セビーリャの理髪師》を演出した方。イタリア・オペラ界の巨匠です。

「音楽がない人生なんて考えられないし、ロッシーニの音楽がない人生はもっと考えられない」

うーん、CMにそのまま使えそうな決めフレーズです。写真からもわかる通りとってもダンディなピッツィ先生、今88歳であられるのですが、お背中もピンとしていて、カーテンコールの時にはオーケストラの前に設置された狭いキャットウォークを軽やかに闊歩していらっしゃいました。ロッシーニは美容と健康にも大いに役立つことがこれでお分かりかと思います。

脇園彩(オペラ歌手/メゾソプラノ)

脇園彩  Photo:井村重人
今年ROFで《セビーリャの理髪師》のヒロイン、ロジーナ役に出演。まだ若き、日本人の売れっ子歌手です。

「どんなに落ち込んでいるときも、難しい状況にあるときも、ロッシーニの音楽を聴けばなぜか自然に生命力がみなぎってしまうんです。たとえそれが悲劇であっても。彼の音楽にはポジティブなエネルギーが溢れていて、それは、ほかのどんな作曲家にも真似しえない、彼独自のものだと思います」

脇園さんこそ、いつもポジティブなエネルギーが溢れている印象でしたが、もしかすると、その秘密はロッシーニだったのかもしれません!?

マキシム・ミロノフ(オペラ歌手/テノール)

今年のROFでは《セビーリャの理髪師》のアルマヴィーヴァ伯爵役に出演したミロノフさん。今やもっとも〈旬〉なテノールの一人です。抜群のテクニックと演技力、そして彼の優しそうなキャラクターは人物像にも反映されていて、伯爵がロジーナを本当に愛している雰囲気がとてもよく出ていました。今年のフェスティバルにおける筆者は、「ロッシーニに夢中な人」というよりは「ミロノフに夢中な人」になってしまったくらいです(笑)。

「その偉大なる人間性ゆえに、僕はペーザロのマエストロ(注:ロッシーニのこと)のオペラを愛しています。このとっても美しい音楽の中に隠された人生の真実ゆえに。誰もの心を打つ本当の感情が、ロッシーニによって磨かれた、際立った形で聴衆に示されますが、その善悪、そして理由を判断するのは私たち自身です。ロッシーニは決して誰をも裁くことはないのです」

リゼット・オロペーサ(オペラ歌手/ソプラノ)

ROFで《アディーナ》のタイトルロールを歌ったオロペーサさん。今年はマドリッドのドニゼッティ《ルチア・ディ・ランメルモール》、パリのマイヤベーア《ユグノー教徒》への主演などでも話題をさらいました。

「ロッシーニはベルカントの偉大なるマエストロでしたから、そのために私たちは彼の音楽を勉強します。様式、フレージング、それぞれの意味を見つけるために。ロッシーニは魅力的なオペラを数多く書きあげ、あとに続く作曲家の多くのオペラに彼の書法の影響が見てとれます。私は彼の、声のために軽やかなフレーズを書く流儀を愛しています。シンプルに思えるけれども実際はそうではない……いつも細かいところまで探求しなくてはなりません。そうすれば耳に心地よい自然な歌になるのです」

ダニエラ・バルチェッローナ(オペラ歌手/メゾソプラノ)

ロッシーニ歌手として名高いバルチェッローナ様。今年のROFでは荘厳ミサ曲に出演されました。長身で凛々しい彼女はロッシーニの《タンクレーディ》のタイトルロールなどの、女性が歌う男性の役(オペラ用語ではズボン役と言います)が誰よりも似合う歌手です。その気品ある歌声とあいまって、ロッシーニの天国に誘ってくれる名歌手の一人です。

「ロッシーニの天才を短く言い表すのは難しいですね。彼はオペラの歴史を《タンクレーディ》などの作品にその要素がみられるバロックから、《セミラーミデ》で示した古典派の美を通って、音楽の流れをロマン派(彼の最後のオペラ《ウィリアム・テル(ギヨーム・テル)》など)にまで導いた人です。創造性に溢れ、常に予想外の音楽を書いて聴衆を驚かせ続けました。自由自在に笑わせたり、考えさせたり、泣かせたり……彼を愛さないわけにはいかないでしょう?」

さすがロッシーニ愛に溢れたお言葉でした。

ジャコモ・サグリパンティ(指揮者)

今年のROFでは《リッチャルドとゾライデ》と《荘厳ミサ曲》を指揮したマエストロ。パッションに溢れたタクトで、両演目を成功に導きました。来年は来日して東京二期会で《椿姫》を指揮する予定です。

「ロッシーニの天才は、彼の観念的で抽象的な音楽、崇高なまでにエレガントな音楽に表れています。ロッシーニの中では全てが(滑稽な喜劇、もしくはシリアスな悲劇でも)、最高級に洗練された、大胆で、革新的なセンスによってろ過されているのです」

ミケーレ・マリオッティ(指揮者)

来年の夏のROFで上演される《セミラーミデ》を指揮するマリオッティ。ロッシーニのエキスパートとして高い評価を得ているマエストロです。彼の指揮の魅力は何といっても作品への理解が深いこと、そして歌に対する感性が極めて優れていることでしょう。オペラ全体の構築を明晰に描き出しつつも、マリオッティの指揮には歌に対する愛情がつねに溢れており、それが観客に大きな感動を与えます。

「僕がロッシーニの音楽、ロッシーニのドラマを愛する理由は、人間心理を迫力と深みを持って表現しているからです。そして人間の情愛、人間関係に潜む激しさを、ロマンチシズムの具体性には決して陥らずに、鮮明に、効果的に描き出している。別の言い方をすれば、彼の〈知性〉に重きを置いたドラマは、人間の情愛を、ロマン派よりも一歩下がった場所から描くことに成功しているのです。」

いかがでしたでしょうか? ロッシーニの崇高な音楽を舞台にする人、音にする人たちのロッシーニへの愛を感じていただけましたか?

〈ロッシーニに夢中な人々〉後編は、ロッシーニを聴く側の人々の声を中心にお届けします。ある意味、演奏をする側の人々よりもっと濃い人材が目白押しです。どうぞお楽しみに!

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井内美香
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井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

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