インタビュー
2018.12.07
井内美香のすべての道はオペラに通ず 第5回《ロッシーニに夢中な人々》後編

ロッシーニランドで知った、ロッシーニで幸せになる8つのレシピ

《ロッシーニに夢中な人々》前編では、ロッシーニのオペラを作り上げるアーティストたちをご紹介しました。
今回は、ロッシーニランド(=イタリア・ペーザロ)で出会った、ロッシーニ愛に溢れた一般の方々をご紹介しましょう。ロッシーニに出会ったばかりの人、ロッシーニを人生のスパイスにしている人、ロッシーニが仕事の人、ロッシーニに人生を捧げてしまった人まで。8人のロッシーニ・ライフをどうぞ!

取材・文・ロッシーニに夢中な人
井内美香
取材・文・ロッシーニに夢中な人
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

写真提供:ユーヴェニリア(Juvenilia)

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

夏のペーザロは一見、ごく普通の海岸リゾートです。ところが、町を歩いてみるとショーウィンドウにはロッシーニのお土産が並べられ、ピッツェリアに入ればロッシーニ談義に熱くなる若者たちがいます。そして夕方になると国際色豊かな人々がジャケットやドレス姿で劇場を目指して歩く姿が… そう、ここはロッシーニを愛する人たちがロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)の公演を聴くために毎年集まってくるパラダイス、魅惑のロッシーニランドなのです!

写真提供: 川合潤子
写真提供: 野見山まゆみ

若者たちもハマってます! 旅行も兼ねたロッシーニ詣で

ユーヴェニリア(ヨーロッパの若いオペラ・フレンズ・ネットワーク)

最初に、ロッシーニランドで出会った若者グループを紹介しましょう! 彼らはユーヴェニリアという団体のメンバーたちです。

ユーヴェニリアとはラテン語で〈若者の作品(「オペラ」という単語には「作品」という意味もあるのでそれをかけている)〉という意味です。オペラを愛するヨーロッパの若者たちが交流するためのグループだそうです。代表を選出する議会制度を持っていて、重要なこと(例えば、劇場からチケットを買うときにはどのように交渉するか、など)は、選ばれた委員たちが集まって決定する。グループはヨーロッパにたくさん支部があり、イタリアだけでも2000人くらいの参加メンバーがいるそうです。

ユーヴェリアのメンバー4名と今年フェスティバルに出演したオペラ歌手たちの記念撮影。
上からマキシム・ミロノフ、脇園彩、ダヴィデ・ルチャーノと。ユーヴェリアのメンバーは一番下の写真で左からアレッシオ、ミルコ、1人おいてマッテオ、マッシモ。

渉外担当のミルコは30歳。

「今年はロッシーニ没後150周年だから、ぜひROFへのツアーを企画したかったんです。企画のスタートが少し遅れてしまったので、交通機関や宿泊などの事情で参加者が思ったより少なかったのが残念だけれど、それでも15名が集まって4日間滞在しました。劇場は独りで行っても楽しいけれど、友だちと一緒ならますます楽しいですから。グループに参加できるのは35歳まで。年齢設定が少し高めなのは、すでにオペラに詳しい年上のメンバーが新人に色々なことを教えられて便利なんです。オペラの知識や、現実的なことでも、移動の車を出すなど助けてもらえる。ペーザロもみんなで来て、昼は海水浴、夕方からはオペラと満喫しています」

ミルコはヴェローナ出身の医大生ですが、ヴェローナ音楽院でヴァイオリンを勉強したそう。日本で人気が高い指揮者アンドレア・バッティストーニとも一緒に勉強した仲だそうです。

「僕は家族に誰もクラシック音楽を好きな人がいなかったんです。オペラは自分で好きになって、親にせがんで野外オペラに連れて行ってもらったのが9歳のとき。演目は《アイーダ》でした。ヴァイオリンで音楽院に入学したのが18歳と遅かったのでプロの道には進まなかったけれど、オペラが大好きだからこの会の渉外を担当していてとてもやりがいを感じています。各地の歌劇場から若者の団体として割安チケットを買ったりするのも僕の役目。劇場はどこもとても親切です。だってほら、若いうちからオペラの楽しみを味あわせて僕らを〈オペラ中毒〉にしてしまえば、一生お金を使ってもらえるから(笑)。ファン同士の交流に加えて、指揮者や、オペラ歌手などアーティストとの交流も楽しみの一部ですね」

マッシモは25歳、IT関係の仕事をしています。オペラにハマったのは2年と数ヶ月前。

「友達の姉がオペラ歌手の卵だったんです。それで一度、歌劇場に聴きに行ったらオペラを好きになってしまって。それまではアイアン・メイデンイギリスのへヴィメタル・バンドばかり聴いていたんだけれど。あ、アイアン・メイデンは今でも好きですよ(笑)。ミラノ郊外に住んでいるので、よく行く劇場はスカラ座です。好きなオペラは《ラ・ボエーム》。IT関係だし几帳面な性格なので観たオペラはすべてパソコンに記録しています。去年は43公演も観てしまったんですが、実は今年はまだ8月だというのにもうほぼ同じくらい観ているんですよね。先が思いやられます(笑)」

アレッシオはジェノヴァ出身の32歳。

「父がオペラ好きだったので8歳で《カルメン》を観たのが始まりでした。次に観たオペラは《セビーリャの理髪師》で、そのままオペラ好きに。ユーヴェニリアの活動は楽しいですよ。みんなで色々なところに行きます。バイロイトやパリに行ったこともあるし。自分の住んでいる町に他のメンバーがオペラを観に来たら町を案内します。去年はパルマで開催されているフェスティバル・ヴェルディの《スティッフェーリオ》を観るのにヨーロッパの色々な国からメンバーが40人くらい集結しました。ヴェルディの故郷ブッセートや生家に見学に行ったりして楽しかったです」

マッテオは22歳、やはりジェノヴァ出身。

「ロッシーニは大好きで、ROFは今年で3回目です。これまで地元のジェノヴァや他の都市でも《セビーリャの理髪師》を鑑賞できる機会はあったんですが、初めての《セビーリャ》は、絶対ペーザロで聴きたい、と思って我慢していました。初めての《セビーリャ》が素敵なプロダクションで良かった! キャストの息がぴったりあっていましたね。アルマヴィーヴァ伯爵とロジーナという若い恋人たちは若い歌手たち、ドン・バルトロとドン・バジーリオはベテラン歌手が歌うというのも自然で良かった」

最後にミルコから一言。

「将来は日本にも行ってみたいんです。旅費が高すぎてすぐには実現できないけれど。それから日本の若いオペラ・ファンともぜひ交流したいです。この記事を読んだ人はSNSなどで連絡くださいね。待っていますよ!」

ロッシーニは私たち家族の守護神、そして人生の一部

ジャコモ・マリオッティ(ROF広報部長)

来年40周年を迎えるロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)の広報部長ジャコモ・マリオッティさん。今回の取材で多くの方々を紹介してくれました。

ジャコモさんは、このROFを創設した名物総裁ジャンフランコ・マリオッティ氏(昨年で引退)の息子さんです。子供の時からロッシーニを友として育ってきたそうです。ちなみに前編に登場していただいた指揮者ミケーレ・マリオッティ氏も、同じくジャンフランコ氏の息子さんです。ロッシーニ教育が行き届いていますね(笑)。

「私の家族にとってロッシーニは祖先、もしくは守護神に似た存在でした。我々の人生の一部として入ってきて、それを根底から変えた存在、とでも言ったらいいでしょうか。私の人生でもっとも強い印象を受けた出来事の数々は、彼の音楽を聴きながら起こったものです」

ロッシーニのポジティブなエネルギーに魅了され、まだまだ熱は収まらない!

レート・ミュラー(ドイチュ・ロッシーニ・ゲゼルシャフト副会長)

スイスのバーゼルにお住まいのミュラーさんは、ドイチュ・ロッシーニ・ゲゼルシャフト(ドイツ・ロッシーニ協会)の運営をされています。この協会は、ロッシーニについての学術的な研究をし、ロッシーニの音楽を愛する人たちに上演ニュースなどを配信しています。会員は約350名。ロッシーニを本当に愛する人たちが集まっています。年に一度の集会は、ロッシーニのオペラが上演される機会に合わせてヨーロッパのどこかの都市で行なうそうで、昨年はナポリに70人もの会員が集まり、サン・カルロ歌劇場にロッシーニの《エジプトのモゼ》を観に行ったそうです。

ミュラーさんは1964年生まれ。16歳のときにラジオから流れてきたロッシーニの音楽にビビッと来て以来、ロッシーニに夢中だそうです。18歳で初めてペーザロのROFを聴きに来て、それ以来37年間、毎夏欠かさずにこの魅惑のロッシーニランドを訪れているそうです。うらやましい!! もともとのお仕事は鉄道員でしたが7年前に辞めて、現在はロッシーニ・オンリーの生活。ペーザロにある研究機関、ロッシーニ財団が発行しているロッシーニの書簡集の編纂にも携わり、また、ドイツのヴィルトバートにあるロッシーニ音楽祭の芸術顧問を務めるなど、ロッシーニ音楽の普及に多大なる貢献をしています。

「16歳のときにロッシーニ熱に取り憑かれてしまいました。熱は何年かで収まるかと思っていたら、もう一生このまま続いていくみたいです(笑)。今ではロッシーニ音楽が好きなのはもちろんのこと、手紙の編纂の仕事などを通じて彼の人生について知る機会を得て、ますますロッシーニに魅了されています。残されている書簡の数から計算したら、私が94歳まで生きないと終わらない仕事なんです。ロッシーニのおかげで長生きできそうで嬉しいです(笑)。

ロッシーニ音楽の魅力は、とてもポジティブでエネルギーを与えてくれるところ。彼の音楽は理知的な部分が魅力ではあるけれど、決してエリートだけのものではありません。彼の人柄のようにシンプルで自然で、誰とでも喜んで会話を交わすような趣きがあるんです。芸術家の性格とその作品には深い関係があると思います。そういう意味でロッシーニのすべてに魅了されています」

アメリカでのロッシーニ受容に奮闘中。どんなに遠くてもロッシーニのためなら......

べヴァリー・クレイマン(ロッシーニ・アメリカの書記)

ROFに集うのはヨーロッパのロッシーニ・ファンだけではありません。ROFは外国人観客が67%も占めるとっても国際的な音楽祭なのです! 45もの国からロッシーニ・マニアがぞくぞくと集まってきます。ロッシーニ・アメリカのクレイマンさんに少しお話を聞きました。

ロッシーニ・アメリカは、ROFフレンズ(ロッシーニ・オペラ・フェスティバルを寄付などでサポートするオペラ・ファンの集まり)と、アメリカン・ロッシーニ・ソサエティ(ロッシーニを学術的に研究する協会)の両方の窓口になっている団体です。クレイマンさんによると「ヨーロッパのオペラ・ファンがシンフォニーや室内楽などのいわゆるクラシック音楽からオペラを好きになるのに比べ、アメリカのオペラ・ファンはブロードウェーの音楽劇が好きな人たちがオペラ・ファンになることが多いんです。だからアメリカにはプッチーニを好きなオペラ・ファンは多いけれど、ロッシーニはなかなか広まらないのだと思います」とのこと。

クレイマンさんご自身は子どもの頃、デンマークで暮らしていた経験があり、お父様がアマチュアとしてヴァイオリンを弾いていたので、ロッシーニとの出会いはとても自然だったとのこと。1984年にROFで上演されて大ヒットしたクラウディオ・アバド指揮、ルカ・ロンコーニ演出の《ランスへの旅》の影響も大きかったそうです。

クレイマンさんは今年のROFは全期間滞在していたそうです。「アメリカからヨーロッパに来るのは遠いのよ。もちろん日本から来るみなさんはよくお解りよね?」と。

はい、よーくわかります(涙)。遠くから行くからこそめいっぱいエンジョイしたいですよね! 筆者もいつか音楽祭の全期間ペーザロに滞在し、公演を観まくってやるぞ! と心に誓ったのでした。

ロッシーニ自身よりロッシーニに詳しい? 《セビーリャ》より先の“奥の院”へ......

水谷彰良(日本ロッシーニ協会会長)

“ロッシーニに夢中な人”日本人代表はこの方です。水谷彰良先生はイタリア・オペラ研究家で日本ロッシーニ協会会長。イタリア・オペラ全般に関する書物を何冊も出されていますが、その中でも『ロッシーニと料理』(透土社)、『ロッシーニ《セビーリャの理髪師》』(水声社)など、ロッシーニに関するご著書やご執筆が多いです。ロッシーニについてはロッシーニ自身よりも詳しいかも!? というくらいよくご存知です(笑)。

写真は2017年3月惜しくも亡くなったロッシーニ研究の世界的な権威、アルベルト・ゼッダ先生(左)とともに。

水谷先生は小学生高学年でバロック音楽が好きになり、中学、高校時代はバッハのカンタータを聴いたり、男子校の合唱部で指揮をしたりして過ごす音楽漬けの毎日だったそうです。高校2年生のときに、そろそろ音楽は止めようとご自分で決められ、19世紀のフランス文学、哲学、社会科学などの研究をするように。大学の専攻は仏文学。そして最終的に25歳のときに“ロッシーニ”をライフワークにすることを決めたそうです。

「ロッシーニはバルザック、スタンダールなどの作家たち、それからドラクロワなどの画家とも親交がありました。19世紀の音楽、美術、文学の幅広いジャンルの人たちがロッシーニの友人、もしくは彼の崇拝者だったのです。ロッシーニは文学や哲学にも興味があった僕にぴったりの研究対象でした」

水谷先生のロッシーニ研究は文献だけでなく、1992年のロッシーニ生誕200年記念には東京で8つものロッシーニの音楽のコンサートを企画したそうです。また、ご自分で台本を書いて、俳優さんにロッシーニに扮してもらい、彼の生涯について語るピアノ・コンサート(演奏は金井紀子さん)も何度も開いているとのこと。

ペーザロに初めて行ったのは1989年。1992年からは毎年必ず音楽祭を訪れているそうです。水谷先生にとってロッシーニの魅力とは?

「《セビーリャの理髪師》や《チェネレントラ》のようなオペラ・ブッファは、誰でも楽しめる入り口ですが、そのずっと先にもっと素晴らしい世界があるのです。僕はそれを“奥の院”と呼んだりしているんですが(笑)、それがロッシーニのオペラ・セリアやフランス・オペラです。代表作は彼が最後に書いたフランス語のオペラ《ギヨーム・テル(ウィリアム・テル)》ですね。」

「ロッシーニの芸術の真髄は彼の中期以降の作品にあります。演劇的にも、音楽的にも重要で、声楽芸術としても頂点にあります。けれども、その素晴らしさを理解するためには最高の演奏を聴かなければならないのです。なぜなら、これはアルベルト・ゼッダ先生もよくおっしゃっていたことですが、ロッシーニはいわば音楽の骨格の部分しか書いていない。そこに肉付けをして最高の演奏表現を実現するためには、本当に素晴らしい才能を持った歌手たちが必要なのです」

日本ロッシーニ協会では定期的に例会を開いており、ペーザロの夏の音楽祭で上演される演目の予習や、そのほかの演目の素晴らしい演奏を紹介したりしています。

いかがでしたか? すべての道はロッシーニランドに通じているのを実感していただけましたでしょうか?

ロッシーニの楽しみ方は人それぞれ。音楽を聴いたり動画を観たり、そして日本でもロッシーニのコンサートやオペラ上演はあります。皆さんがそれぞれロッシーニとのおつきあいを深めてくださることを祈って、この記事を終えたいと思います。チャオ!

写真提供: 野見山まゆみ
来年の夏はあなたもペーザロでロッシーニ?
ペーザロ・ロッシーニ音楽祭 2019

アドリアティック・アレーナ

《セミラーミデ》:  2019年8月11、14、17、20日

《ひどい誤解》: 2019年8月13、16、19、22日

ロッシーニ音楽祭40周年記念ガラ・コンサート: 2019年8月21 日 20:30開演

ロッシーニ劇場

《デメートリオとポリービオ》: 2019年8月12、15、18、23日

ユース・フェスティバル《ランスの旅》:  2019年8月18、20日

取材・文・ロッシーニに夢中な人
井内美香
取材・文・ロッシーニに夢中な人
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ