非認知能力を育むスズキ・メソードの音楽教育
スズキ・メソードの創始者である鈴木鎮一氏に直接教えを受けた早野龍五さん。鈴木鎮一氏の理念を現代にどう受け継いでいくか。物理学者ならではの視点も活かして精力的に活動している早野さんにお話を伺いました。
「プロの音楽家を育てるためではなく、人を育てるために音楽を教えている」
「スズキ・メソード」は、現在、国内に生徒約1万5千人、海外に40万人の会員がいる、日本発のもっとも著名な音楽教育システムといえるだろう。現代最高のヴァイオリニストの一人であるヒラリー・ハーンもスズキ・メソードでヴァイオリンを始めた。
早野龍五会長は創設者・鈴木鎮一が次のように語っていたことを思い出す。
早野: 鈴木鎮一は、『私は、プロの音楽家を育てるためではなく、人を育てるために音楽を教えている。だからこそ、音楽家にならない人にもきちんと教えなければならない』と繰り返し言っていました。もちろん、プロの演奏家も育ちましたが。鈴木先生が、アメリカ・ツアーで配ったパンフレットには『Every child can be educated(どの子も育つ)』と書かれています。それが彼のモットーでした。
早野: そして鈴木先生は、音楽を聴き、楽器を学ぶことによって、忍耐力や協調性といった人としての基本的な力を身につけることを重視していました。ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンが『幼児教育の経済学』のなかで述べ、最近話題となっている、非認知能力(学校のペーパーテストでは測れない能力)の重要性と同じようなことを鈴木鎮一は何十年も前に言っていたのです。
現代から未来へ 変化するスズキ・メソード
スズキ・メソードの特徴は、耳から入る「母語教育法」。幼い子どもが耳から母語を覚えるように、耳で聴いて音楽を身に付けさせる。自分の耳で先生の音と自分の音の違いがわかるように育てる。基本的に、同じ指導曲集を使い、同じ曲を同じフィロソフィーで教えている。
早野: スズキの指導曲集が画期的なのは、一番最初が音階ではなく、曲で始まるということです。最初から、開放弦や第1ポジションで弾ける曲を1曲弾く。曲を積み重ねることによって、テクニックも増えていく。1曲弾けると達成感を感じるわけで、子どもたちにとっても親にとっても優れたメソードだと思います。また、お兄さんお姉さんがカッコよく弾いている曲を見て、いつかは自分もあの曲を弾きたいという目標にもなります。
早野: それから、大人になっても役に立つことがありました。物理学者として外国に行ったときに、楽器の話になって、お互いスズキ・メソードだとわかると、いきなり二人で同じ曲が弾けるんですよ(笑)。世界中で同じ指導曲集を使っていますから。
スズキ・メソードが始まったのは、戦後、日本が高度経済成長に向かう頃。専業主婦が多く、教育熱が高く、人口が増加しつつあった時代。親も熱心に子どものレッスンについてきて、家でも子どもの練習に付き合った。
早野: 今はお母さんたちが忙しく、子どものレッスンには付き合えないことも多い。昔とまったく同じスタイルではできない時代になりました。そこでどうきちんとやっていくのかを我々は考えなければなりません。
最近は『大人のスズキ』というコースもあります。人口構成が変わりつつある現在、そちらのマーケットも無視できないのですが、本来は子どもの教育だと思っています。
未来に向けて、スズキ・メソードは、東京大学の酒井邦嘉研究室とともに、「脳科学が明らかにする言語と音楽の普遍性」という共同研究も行なっている。音楽が脳のなかでどのように認識され、脳がどう働くのか、それは言葉の場合とどう違うのか、などの研究を現在進めているのである。スズキ・メソードの生徒たちも、MRIでの調査に協力。早野会長だからこそのプロジェクトといえよう。
スズキ・メソードの財産は、非認知能力
早野さんはスズキ・メソードを通して学んだことについて次のように述べる。
早野: 自分に嘘をつかず、自分が納得するまで何かをやるということを学びました。集中することを学んで、自分を鍛えることができました。そして、学校で100点取るのとは違って、音楽では上には上があるということを知りました。プロはどういう高いハードルを越えないといけないのかを音楽で学んだのです。ゆえに音楽の道には進まなかったのですが、貴重な経験となりました。鈴木先生は、自分のもっている能力を世の中に対して役立てるという姿勢が明確な方でした。僕も、彼のそばで育って、自分が世の中にできることは何だろうと思うようになりました。もちろん、先ほど述べた非認知能力を身につけることもできました。
スズキ・メソードの会長に就任してから、早野さんはヴァイオリンの演奏をリクエストされることが多いという。
早野: 思いがけず会長業を引き受けて以来、周りから、ヴァイオリンを弾けというリクエストがあって、弾かざるを得ないので、40年ぶりに真面目にヴァイオリンを弾いてみると、指導曲集の8巻くらいまで弾けましたね(笑)。今は、行事などで子どもたちと弾くようにしています。
早野さんにとっても、子どもの頃にスズキ・メソードで身につけたことが、まさに一生の宝となっている。
ほぼ日カルテットにもお話を伺いました
「ほぼ日カルテット」に参加した、ほぼ日の羽佐田瑤子さんと太田有香さんにも話を聞いた。二人はともに弦楽器初心者。ヴァイオリンの羽佐田さんは尺八の、チェロの太田さんはピアノの経験があるという。
二人は、4月4日のグランドコンサートを目指して、日々練習に励んでいる。
日時: 2018年4月4日(水)14:00開演
会場: 両国国技館
公式サイト: http://suzukimethod-gc.jp/
プログラム:
*ピアノ
~グランドピアノ2台と電子ピアノ20台による
「動物の謝肉祭」より~序奏とライオンの行進・化石(サン=サーンス)
エコセーズ (フンメル)
ソナタK.331 第3楽章(モーツァルト)
*フルート
メリーさんの羊変奏曲(髙橋利夫編)
荒城の月(滝廉太郎)
歌の翼に(メンデルスゾーン)
バレエ音楽「くるみ割り人形」より~葦笛の踊り(チャイコフスキー)
2本のフルートのための協奏曲 第3楽章(チマローザ)
*チェロ
讃歌(クレンゲル)
白鳥(サン=サーンス)
スケルツォ(ウェブスター)
フランス民謡(外国民謡)
*ヴァイオリン
ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 第3楽章(メンデルスゾーン)
*招待演奏 ~エル・システマジャパンの子どもオーケストラによる演奏
アイネ・クライネ・ナハトムジーク 第1楽章(モーツァルト)
管弦楽組曲 第3番より~アリア(バッハ)
*オーケストラ ~スズキ・メソードとエル・システマジャパンの子どもたちによる合同オーケストラ
交響曲 第7番 第4楽章(ベートーヴェン) 指揮:金森圭司
休憩
*特別演奏 〜宮田 大(スズキ・メソード出身チェリスト)
コル・ニドライ(ブルッフ)
*ヴァイオリン
ソナタ ト短調 第1,2楽章(エックレス)
アレグロ(フィオッコ)
2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 第1楽章(バッハ)
ユーモレスク(ドヴォルザーク)
*全科による合奏
二人のてき弾兵(シューマン)
狩人の合唱(ウェーバー)
*フィナーレ
メドレー(アマリリス・フランス民謡・楽しい朝・アレグロ)
キラキラ星変奏曲(鈴木鎮一)
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