佐藤俊介にきく ピリオド楽器で発見するベートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ」の世界
ピリオド楽器のヴァイオリニストとして、また指揮者としても大活躍中の佐藤俊介さん。繊細さと大胆さをまじえた、生彩豊かな演奏が大きな魅力です。10月に浜離宮朝日ホールで行なわれるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会(全3回)について、お話をうかがいました。
1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...
昔の楽器から得られる情報やインスピレーション
――ベートーヴェンの時代の楽器や奏法を研究し、演奏する面白さとは、どういうものなのでしょうか。
佐藤 好奇心です。ベートーヴェンのことを知りたいんです。実際に彼のことをよく知っていた人たちが、いろいろな記録を残している。それを調べていくと、現代において一般的に弾かれているものでいいのかな?という問いが必ず起きると思うんです。
――モダン楽器だと難しいんでしょうか。
佐藤 できないことはないんです。でも昔の楽器を弾いて、音色を知っていたほうがいい。和食を一度も食べたことのない人には、ちゃんとした和食を作ることができないですよね。日本に来てひととおり味わってから作ったほうがいい、というのと同じことなんです。そうすればこの材料がなくても、これなら代理としていけるかな、と考えることができる。
同じように、昔の楽器から得られる情報、インスピレーションをいかせば、どんな楽器を使っても出せるようになる。楽器にこだわっているんですけど、こだわってない(笑)。矛盾しているようですが、私の中ではちゃんと一つの考えとしてまとまっているんです。
――なるほど。そのあたりは堅苦しくなく、本当は現場主義なんですね。
佐藤 楽器のことは、英語でインストゥルメンツ(Instruments)といいますよね。直訳すると道具という意味なんです。道具と考えると、それはもう使う人次第ということになると思うんです。
ヴァイオリニストであり、指揮者、室内楽奏者、ソリスト、指導者でもある佐藤俊介は、世界各地のピリオド楽器アンサンブルやオーケストラを指揮し、ソリストとしても出演する。2013年から2023年まで、オランダ・バッハ協会のコンサートマスターを、2018年からは音楽監督を兼務し、2019年9月から10月に行われた日本ツアーを成功させた。2011年からはコンチェルト・ケルンのソリスト、指揮者、コンサートマスターを、2013年からアムステルダム音楽院の教授としてヒストリカル・ヴァイオリンを教えている。録音は、最新アルバムの「BEE1H0VEN ~ ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集」、「パガニーニ: 24のカプリースop.1」、「J.S.バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ(全曲)」他。2010年、第17回ヨハン・セバスティアン・バッハ国際コンクールで第2位および聴衆賞受賞。2019年度 第61回毎日芸術賞、第70回芸術選奨 文部科学大臣新人賞を受賞。©Marco Borggreve
第10番に仕込まれたベートーヴェンのいたずら
――さて、今回の2日間3回の全曲演奏会ですが、曲の配列で重視されたことはなんでしょうか。
佐藤 まずは単純に、有名な第5番、9番、7番をわけて、曲がかたよらないようにしました。あとは曲の長さや長調短調のバランス、それから第1番で始めて第10番で終わることを意識しました。
――第10番は少し離れた時期に書かれていますね。
佐藤 この曲には面白いエピソードがありまして、ピエール・ロードという有名なフランスのヴァイオリニストがウィーンを訪れたときに、ハウスコンサートで演奏するために書かれました。
ところがロードは、こういうコンサートでは真面目に準備しないで、適当に弾く人だった。ウィーンでのハウスコンサートの重要さを知らなかったんです。そこでベートーヴェンは彼をからかって、難しい音階や音型を突然挿入したりするんです。最終楽章とか、ほんとうに突拍子もない動きをします。一方で第2楽章のように、他にはない、じわーっとくる素晴らしい場面もあるんですが。
――今回の聴きどころの一つですね。
聴き手と一緒にゴールを目指す 全曲演奏の醍醐味
――佐藤さんの演奏では、即興性も魅力だと感じます。
佐藤 演奏の表現については、譜面という記号の羅列では、書ききれないことが大半と言っても過言ではないと思います。演奏を何パターンか準備しておいて、今日はどれでいこうかという感じで選びます。
――スーアン・チャイさんとも相談されるのですか?
佐藤 ほとんど相談しないです(笑)。お互いにその場で、毎回変化をしながら、今日はこういうフレーズできたな、とか聴きあいながら、かみ合うようにしていきます。
ソリストであり室内楽奏者でもあるスーアン・チャイは、バロックや古典から現代までの幅広いピアノ曲のレパートリーを演奏し、批評家からは「優美なヴィルトゥオーゾ」と評され、その演奏は「繊細でコミュニケーション能力が高く、……温かさと情感に溢れている」と称賛されている。最近のプロジェクトには、アムステルダム・デュドック四重奏団との共演や、本拠のオランダはもとより、ドイツのゲッティンゲン・ヘンデル音楽祭や、ノルウェーのグロッペン・ムジークフェスト、そして日本のサントリーホール・ブルーローズ、住友生命いずみホール、浜離宮朝日ホール、台湾の国立コンサートホールなどでの公演がある。2010年から19年まで、ザーンデイク・フォルテピアノ・フェスティバルで芸術監督と企画を務めた。2024年9月よりコダーツ・ロッテルダムのピアノ科教授。©Marco Borggreve
――音楽の対話も楽しみですね。ではおしまいに、みなさまへのメッセージをお願いします。
佐藤 コンサートとコンサートの間はしっかりお休みして水分補給しながら、みんなで頑張りましょう! 最後の曲を弾き終わったときの達成感をめざして、おつきあいをよろしくお願いします。
出演:佐藤俊介(ヴァイオリン)、スーアン・チャイ(フォルテピアノ)
◎使用ピアノ:1830年製ローゼンベルガー
会場:浜離宮朝日ホール
[第1回]
日時:10月9日(木) 19:00開演
曲目
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ
第1番 ニ長調 Op.12-1
第2番 イ長調 Op.12-2
第4番 イ短調 Op.23
第5番「春」 ヘ長調 Op.24
[第2回]
日時:10月10日(金) 14:00開演
曲目
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ
第3番 変ホ長調 Op.12-3
第6番 イ長調 Op.30-1
第9番「クロイツェル/ブリッジタワー」 イ長調 Op.47
[第3回]
日時:10月10日(金) 19:00開演
曲目
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ
第7番 ハ短調 Op.30-2
第8番 ト長調 Op.30-3
第10番 ト長調 Op.96
チケット: 一般 各5,000円、U30 各2,000円、3公演通し券 12,000円
問い合わせ:朝日ホール・チケットセンター 03-3267-9990(日・祝除く10:00~18:00)
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