
名伯楽シェレシェフスカヤにきく 真の音楽家を育てることとは?〈後編〉本物へ至る道

アレクサンドル・カントロフ、リュカ・ドゥバルグ、レミ・ジュニエ、田所光之マルセルなど、国際舞台で独創的な活動を展開するピアニストを数多く育てた名伯楽、レナ・シェレシェフスカヤのロング・インタビュー。後編では、氏が天職に導かれるまでの経緯や教育哲学、そしてコンクールとの向き合い方など若い音楽家へのメッセージを伺いました。

岡山市出身。京都市立堀川音楽高校卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。長年日本とヨーロッパで演奏活動を行ない、現在は「音楽の友」「ムジカノーヴァ」等に定期的に寄稿。多く...

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
ピアノ教授のキャリアへと導かれるまで
――教授活動がご自身の天職だと感じられたのはいつごろでしょう?
シェレシェフスカヤ(以下S) きっかけは手の故障です。当時モスクワ音楽院の博士課程に在籍中だった私は、すでに演奏家として活動を始めていましたが、あるとき右手に異変を感じました。親指が動かなくなったのです。
現在ジストニアは音楽家の職業病として知られ、多くの情報がありますが、当時のモスクワでは、病院に行っても誰も診断を下せませんでした。何の解決法もなく、助けてくれる人もなく、この頃はコンサートを聴くのもつらかったですね。ハ長調のスケールが速く弾ける人を羨ましく思うほどでした。
要因はいくつかありますが、何がジストニアを引き起こしたのか、今は原因がわかっています。私は職業的な間違いを犯したのです。
ある日、同じ門下の青年が私の弾き方を見ながら、「どうしてそんなに指を平らに伸ばして弾くんだい? もっと指を丸めて弾けば、君の演奏はさらに素晴らしくなるんじゃないかな」と何気なく言いました。私は何を思ったのか、彼の指摘をナイーヴにも実践してしまったのです。
絶対にしてはならないことでした。私たちは皆、手も体型も違います。はたから見れば変わっていても、当人が腕や手指をそのように使い慣れていて、演奏が音楽的であるのなら、それを無理に変えようとしてはなりません。よくピアノの初心者に「指を丸くして」と注意するのは、指の長さを揃えて音の粒を揃えるためです。しかし、生徒たちの手の形はそれぞれ違います。同じ方法を画一的に皆に課すことは、とても重大な間違いであり、危険なことです。
パリ国立高等音楽院に入学したリュカ(・ドゥバルグ)から、「手が痛い」と電話がかかってきたことがあります。彼の手はとても独特で、小指と薬指の間が親指と人差し指の間と同じ程に広がるのです。彼は、手首をとても高くしてオクターヴを弾きます。極端と思えるほどなのですが、彼にとってはそれが自然なのです。ミサイルのようにやすやすと弾けているのに、ショパンのオクターヴのエチュードで手のポジションを指摘され、「正しい奏法」に直そうとして、腱鞘炎になりかけてしまったのです。私の状況もまったく同じで、結果として手の故障を抱えてしまいました。
サンクトペテルブルク音楽院の教授が、ピアノを使ったエクササイズを薦めてくれ、彼女のおかげでまた弾けるようになりましたが、手に無理のないレパートリーを選ばなければならなくなりました。
ですから、教えることは好きでも、私は教授のキャリアを目指していたわけではなかったのです。しかし幸運なことに、子どもの頃から素晴らしい先生に恵まれていました。

ロシアでは、誰もがよい指導者であらねばならないと考えられています。フランスのBTS(高等技術者証明書)に近い機関であるアカデミー音楽学校(音楽高校、あるいは短大や専門学校に近い)を修了すると、幼児教育や、初心者の子どもの音楽教育の指導者資格が得られます。
また、高等音楽院では、それぞれの学生が自分の生徒(子どもや若者)を持っており、教育学の教授の監督の元で指導法を勉強します。修了ディプロマには指導者としての証書も含まれています。
バクー特別音楽学校で師事していた先生は、あるとき彼女のアシスタントの役目を私に任せてくれました。彼女に助言を受けながら、7歳の初心者と16歳の子を教え始めましたが、将来のプロを養成する学校ですから、指導もプロでなくてはなりません。先生は私の未来を見通したのでしょうか、「あなたは教授として大きなキャリアを築くでしょうね」と言ってくださったのを憶えています。
学生時代、お小遣い稼ぎに小さな音楽学校で教えていたこともあります。学長の女性は、私に初心者の子どもたちを8人も担当させたのです。当惑する私に向かって、彼女は「いつか私に感謝しますよ」と言い、実際その通りになりました。
こうして、私がモスクワ特別中央音楽学校で教え始めたときには、すでにかなりの経験を積んでいたのです。人生とは貯金箱のようなもの。経験を積み重ねていくことが、自分の糧となり、力となるのです。
レッスンでは生徒一人ひとりの音色を探求する
――シェレシェフスカヤ先生のレッスンを聴いていると、だんだんと作品とピアニストが同化していくように感じられます。
S 楽譜はバイブルですが、私のレッスンは、楽譜に何が書かれているのか、それに気づかせるだけではありません。楽譜を理解したら、それをどのように演奏するかが問題なのです。
音楽においてもっとも難しいのは「音色の探求」ですが、最近は「流行りの傾向」や一種の「ステレオタイプ」が台頭し、「探求」というプロセス自体が忘れ去られてしまったようです。
レッスンでは、生徒が音色を味わい「なんと美しい音楽だろう」と心から感動し、生徒も私も演奏に確信を持てるまで、抑揚や音色を一緒に探します。たとえ同じ作品でも、それぞれの生徒が音に託すストーリーはまったく違います。最初の1小節に1時間かかることもありますが 、こうして生徒は作品を「別の耳」で聴き始めるのです。

今の時代、コンクールとどう向き合うか
――今はコンクール配信などで存在を知られるようになる若手もいます。やはりコンクールで賞をとらなければ演奏家としての活動につながらないという現実についてはどうお考えになりますか?
S 音楽家の育成は、スポーツではありません。「このコンクールに全力を注ぎ込みます」とメールを送ってきた若者に、「全力を注ぐのなら、コンクールではなく音楽に注ぎなさい」と答えました。現代の若者たちは少し道に迷ってしまっているように感じます。
コンクールによって審査員も違えば、その好みの傾向も違います。ショパン国際ピアノコンクールのイーヴォ・ポゴレリッチの事件を思い出してください。際立った個性の持ち主は、最初は受け入れられず、拒絶反応を生むことさえあります。耳慣れたような演奏の方が好まれる傾向にあるのです。
ロシアでは「真の音楽家はコンクールの第4位、第5位に探せ」と言われることもあります。チャイコフスキー国際コンクールを例にとっても、すばらしい演奏家なのに上位入賞していない方々がいますね。ミッシャ・マイスキー、アンドラーシュ・シフ……。
同コンクールでリュカ(・ドゥバルグ)が第二次予選を通過したときのことです。ファイナルに進出できるかどうかもわからないのに、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの娘のオルガさんが「モスクワのロストロポーヴィチ音楽祭にリュカを招聘したい」と連絡してきました。彼女にとっては、リュカが入賞するかどうかは、もはや重要ではなかったのです。
国際コンクール常連のある若手ピアニストは、「コンクールに参加できない年齢になったら、あなたのところに音楽だけを勉強しに行きます」とメールをくれました。これほど嬉しいメッセージを受け取ったことはないと言っていいでしょう。彼はすべてを理解したのです。これは私の人生における最大の賛辞です。
――コンクールを審査される場合、何を基準に聴いていらっしゃいますか?
S 先にも言いましたが、まず私に語りかける何かがあるかどうか。多くのピアニストはその才能を備えています。それをどう「評価」するかに審査員各々の趣味や好みが反映されるのは仕方がありません。審査員はプロですが、同時に人間ですから。
いっぽう私に関して言えば、コンテスタントがまだ勉強中だったとしても、その人が受けてきたであろうレッスンの内容や先生の指示、あるいは誰かの演奏の模倣が音に表れていたら、もう喜んで聴く気持ちにはなれません。いくら才能のある素晴らしい方であろうとも問題外です。
暗黙の圧力やコネが横行するコンクールがあるのも事実です。その点、私が昨年6月に審査員を務めた仙台国際コンクールでは、とても気持ちよく審査に参加することができました。審査は平穏に進められ、審査員同士の取引や、結果を左右するような圧力もなく、それぞれの審査員の音楽的ヴィジョンが反映された結果になりました。幸いクリーンで正当なコンクールも存在します。

――コンクールを準備する生徒さんをどのようにサポートされていますか?
S 参加するなら、賞を取るために万全の準備をする、それに尽きます。200パーセント準備すれば、本番で90パーセントの力を出せるでしょう。それでも入賞できるとは限りませんが。
そして、「一度コンクールのステージに立ったら、それがコンクールであることを忘れて、憧れの地、憧れのホールでのコンサートだと思って弾きなさい」と言っています。
時折「コンクールとはどんなものなのかトライしてみたいから」という生徒もいますが、そんな気持ちで臨んではいけません。ツーリストとして行くのは愚かです。
リュカ(・ドゥバルグ)がチャイコフスキー・コンクールを受けたとき、私はあれほどの成功を遂げるとは想像もしていませんでした。生徒がコンクールでよい結果を出したときに「生徒さんの成功が誇らしいでしょう」と言われることもありますが、私にとっては「誇らしさ」よりも「感謝」という言葉の方がずっとふさわしいですね。
音楽を内側から理解するために立ち止まって!
――レッスンやマスタークラスを聴かせていただくたびに、先生の幅広い知識に圧倒されています。奏者は文化全般への教養を持ち、同時に音楽学者でもあらねばならないとよくおっしゃっていますね。
S 私は文学、絵画、映画などさまざまな芸術分野の話をしながら、学生にイメージを与えています。そして音楽学とは音楽の論理です。ショパンは「音楽理論をみっちり勉強するように」と弟子に助言していましたね。「その構成や形式を丹念に分析し、そこに込められた感情や心理を汲み取っておかねばならない」と。ですから音楽修辞学を知ることは大切なのです。バロック時代、音楽の習得は作曲から発していました。作曲の手法を知ることは、表現に不可欠です。
音楽分野のプロなら、知っていなければならないことがあります。ベースとなる知識がなくては、思考することもできませんから。
ある生徒がコンクールでベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第6番」を演奏し、審査を通過できませんでした。審査員は「なぜ、こんな簡単なソナタを選んだのですか?」と訊いたのです。《熱情》を弾くべきだと……。簡単な曲などありません。私はこのようなプロの方々に訊きたいのです。「音楽がわからないなら、なぜ音楽を職業としているのですか?」と。
聴衆の方々は、専門的な知識を持っている必要はないし、音楽を聴くときにエモーショナルな面を基準にされるのは当然です。いっぽうで、プロの場合それは通用しません。批評家やジャーナリストの方々にも、専門家としての知識が欠如している人がいます。音楽から作曲家の思想を探る必要はなく、感動すればよい、音楽はエモーションのみで成り立っていると考える専門家の方々がいるのは、実に嘆かわしいことです。
――若い音楽家に伝えたいことは?
S 先日、「さらに速く楽譜を読んで、さらに速く仕上げる方法を見つけたよ」と親しい友人が言いました。彼のことは尊敬していますが、私が求めているのはその逆のことなのです。
ショパンは「バラード第4番」の作曲にどれほどの時間をかけたでしょう? ならば、どうして演奏者はたった2週間で仕上げて、理解したと思えるのでしょうか?
不幸なことに、80パーセントを超える学生さんたちが、耳ではなく指だけで弾いています。作曲家が作品を生み出したさまざまな紆余曲折を思わなければ、凡庸でありきたりの音しか生まれません。本を読み、知性を磨き、作品の奥底にあるものを読み取れる音楽家になっていただきたいのです。
現代はスピードの時代です。だからこそ、立ち止まってください。音楽を内側から理解するために!
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