好奇心と洞察力が唯一無二の音楽を作り出す スーパー・チェリスト、ジョヴァンニ・ソッリマに聞く
クラシック、現代音楽、そして民俗音楽と、ジャンルの境界を軽々と越えて唯一無二の音楽を作り上げてしまうスーパー・チェリスト、ジョヴァンニ・ソッリマ。2020年5月には待望であるソロでの来日公演が決まっている。前回はすみだトリフォニーホールで開催された「100チェロ」の様子をレポートしたが、ここでは彼の音楽の根底をなす生い立ちや考え方について話を聞いた。
編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...
故郷シチリアへの想いを込めたアルバム『we were trees』
ジョヴァンニ・ソッリマの代表作であり、2019年、来日記念盤として改めて国内発売された『we were trees』。何か端材のようなもので形作られたチェロを持ったソッリマが、上半身裸で黙想するような姿を写したジャケットが鮮烈である。
このチェロは、地震で崩れてしまったまま何年もそのままになっていたシチリアの教会の、がれきを集めて作ったそうで、「神聖な場所である教会を、こんな姿のままにしておいていいのですか?」というメッセージが込められている。その後、教会の跡は無事に整理されたらしい。
アルバムは「100チェロ」でも披露された「チェロよ歌え!」で幕を開ける。ジャケットを見ながら聴いていると、ミニマル・ミュージック的に反復される旋律が、グルーヴの塊となってとなって彼のやるせない気持ちを代弁しているようでもある。
しかし、聴き進めていくうちに、伝統的なクラシック音楽と現代音楽、あるいは民俗音楽の間を行ったり来たりしながら奔放にチェロを歌わせるソッリマは、たったひとつの事だけに憂いているのではなく、自らの来し方や行く末、あるいは世界について深く想いを巡らせているのに違いない、と思うのだった。それほどスケールが大きく、だけどその思考の立脚点は常に故郷シチリアにある。聴いたあとは、まるで一遍の叙事詩を体感したような、不思議な感動に包まれる作品だ。
師、アントニオ・ヤニグロの教えは「人生を生きること」
「私が生まれたシチリアという国は、地図を見るとわかりますが、地中海の真ん中、つまりヨーロッパとそのほかの地中海世界を結ぶような位置にあります。ですから、昔からいろんな人が通り過ぎていきました。アラブ人やユダヤ人……宗主国だって幾たびも変わったし、歴代の王の名前を見ていくと、ドイツ人の名前も出てきます。そして、実際に私のおばあちゃんはアルバニア語をしゃべっていたんですよ」
インタビューの場に現れたジョヴァンニ・ソッリマは、ステージでのアクションがまるで嘘のようにもの静かで、「あ、実はとても小柄な方なんだ」と改めて気づくほど。その言葉には哲学者のような重みがあるけれど、ときおり挟みこまれるジョークが(実際にジョークだったのかわからないものもあったけれど……)、場の空気をふっと軽くしてくれる。そして、私のスニーカーを指して「それ、いいね」と言ってみたり、興味のあるものがあったらすぐに飛んで行きそうな身軽さも持ち合わせているように感じる。
「私の家は200年前から続く音楽家一家でしたから、ピアノをはじめハープシコード、ギター、もちろんチェロも……あらゆる楽器がありました。家族の話によると、私は生まれたばかりの頃からハミングのようなことをしていて、心配した母が病院に連れて行くほどだったそうです。そして6か月ぐらい経ったころ、父はそれがブラームスのチェロソナタ第2番だと気づいたのです(笑)。本格的にチェロを習い始めたのは9歳のときですが、私は生まれたときからチェロとともにあったと言ってもいいでしょう。母は、私とチェロは双子の兄弟だと信じているようです(笑)」
幼い頃から好奇心旺盛で、音楽のみならず美術や演劇、読書にものめり込み、16歳でパレルモ音楽院を卒業してしまったソッリマは、シュトゥットガルト音楽大学およびモーツァルテウム音楽大学でチェロをアントニオ・ヤニグロに、作曲をミルコ・ケレメンに学んだ。中でもヤニグロは、「人生の師匠」と呼ぶほど影響を受けたという。
「私はシュトゥットガルトでもいちばん若くて、とにかく生意気な学生でした。バンドを組んで、アグレッシブな音楽……フラメンコ・メタルとでもいうべき音楽をやったりとか(笑)。マエストロ・ヤニグロは、そんな私にもフラットに付き合ってくれました。彼は弟子たちの個性を尊重した指導をする。そして技術的なことだけでなく、心の支えにもなってくれたのです。私には、演奏前に『一杯やってからにしたらどうだ?』とビールを差し出してくれたり。どんな学生でも、それぞれのやり方で魂を救い出すことができる人でした。あるときなど、レストランで食事して席を立つ際、何かに話しかけているのでどうしたのかと思ったら、コップに生けてある、しおれかけた花に向かって『頑張れよ!』と励ましているんです。何にでも生きる力を与えようとする人だったのですね」
前回のインタビューでは、旅先では現地の風土や文化を楽しむという話をしていたが、それもヤニグロの教えだという。
「家族と一緒に過ごす時間、旅先で芸術を鑑賞する時間。彼は『人生を生きることを忘れてはいけないよ』といつも言っていました。本当にたくさんのことを彼のもとで学びましたね」
ふとした何気ない物事から音楽というストーリーを紡ぎ出す
「この写真、見てみてください。シチリアのエトナ山のあたりで撮られたものです。この、ジプシーと思われる人物が持っているチェロのような楽器は、キタローネと呼ばれるもので、ベルトをストラップのようにかけて立ったまま演奏するんです。3本の弦があって、パーカッションのようにも使われます」
私はいま、こんなのに興味があるんだ、と言わんばかりに、ソッリマがスマートフォンで1枚の写真を見せてくれた。
「この楽器は冠婚葬祭で使われていました。以前はシチリアの貴族が持っていたものですが、彼らが落ちぶれてしまい、いよいよ家財道具などを売却しないとやっていけなくなって手放したのだと思われます。それをジプシーが買って演奏したわけです。こうした楽器は、イタリアの手工芸品の歴史を考えると、非常に価値があるものだと思います。市場に行くと、いまだにこういう楽器が出ていることがありますよ。こんな1枚の写真から、シチリアの社会のさまざまな変化を伺い知ることができるわけです」
ふとした何気ないものから、その奥にある事象や、人の想いをすくいだし、アイデアにつなげていく。あくなき好奇心と鋭い洞察力こそがソッリマの真骨頂だとはいえないだろうか。冒頭のジャケット写真も然り、「100チェロ」、そして地球温暖化を憂うメッセージを北極圏の氷で作ったチェロ(!)に託してヨーロッパを回ったツアーなどといった派手で話題性のある活動はもちろんのこと、楽譜を読むという地道な作業にもそれは当てはまるようだ。
「楽譜を見るという行為は、音符と音符の間にあるストーリーを探る試みでもあるのです。私は先日、川崎でドヴォルジャークの作品を弾きましたが、そこにはスラブの魂とアメリカの夢が見えますよね。また、楽譜は鏡のようなもので、そこには自分自身の姿も映し出されるのです。私はそうして得たものを、チェロという楽器を通して皆さまに伝えているのです。
あと、私は作曲家による手書きの楽譜を見るのが好きです。印刷された楽譜というものは、月日が経つとともにどこか違うもの、例えば翻訳ソフトを通した外国語のようになってしまいがちです。しかし、手書きの楽譜には純粋な音楽が記されていますから」
知識は自分を守り、自由にしてくれる
さて、2020年5月には、待望のソロ・ツアーが予定されている。ソッリマと日本のつながりというと、2005年に三味線奏者・西潟昭子のために『Theory of the earth ~三味線とオーケストラのための~』を作曲し、レコーディングしている(オーケストラは洗足学園音楽大学フィルハーモニー管弦楽団)。富士山とエトナ山という2つの火山をイメージし、人間や動物の原始的な営み、自然を動かすエネルギーをイメージして書いたという全4楽章からなる作品だ。
楽章を追うごとに、三味線とチェロという2つの弦楽器が、静かに、あるいは激しく絡まり、時にはシンクロしながら混沌の中から抜け出て、エンディングではともに穏やかな海に漕ぎだしていくようなイメージが印象的だ。それはまるで生命が誕生する物語のようでもあり、人類の普遍性を謳っているようでもある。
「この曲を作ることで、私は日本の伝統と深く結びついた三味線という楽器を知り、親しみをもつと同時に畏敬の念を抱きました。あと、『間』という概念にとても興味があります。それは時間とともに進んでいくものなのか、静的なのか動的なのか。非常に哲学的ですよね。
新しいものを知るということは、表現の幅を広げることであり、物事を正しい方向に導いてくれる力にもなります。知識は、私を自由にしてくれて、守ってくれるものなのです」
来日公演では久々に三味線とのコラボレーションが観られるのか。それとも何か新しいサプライズが用意されるのか。そのあたりも注目だ。最後に、日本のファンに向けてメッセージをいただいた。
「日本の皆さんは、音楽に集中してくれますね。特に、コンサート前に静寂を作ってくださるのが素晴らしいと思います。今度の公演では、皆さんに私と共演してもらって完成する曲をやるかもしれませんから、そのつもりでお越しください。皆さんとお会いできるのが、今から楽しみでなりません」
会場 兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール
日時 5月9日(土)13:30開場/14:00開演
料金(税込)
全席指定 A席5,000円/B席4,000円
*未就学児の入場はご遠慮ください。
会場 あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール
日時 5月10日(日)14:30開場/15:00開演
料金(税込)
全席指定4,000円/友の会会員3,600円
学生(25歳以下)1,000円
*未就学児の入場はご遠慮ください。
開場 フィリアホール
日時 5月13日(水)19:00開演
料金(税込)全席指定
5,500円/学生2,000円
*未就学児の入場はご遠慮ください。
会場 所沢市民文化センター ミューズ マーキーホール
日時 5月16日(土)14:15開場/15:00開演
料金(税込)
全席指定 3,500円/ミューズメンバーズ特割3,000円
*未就学児の入場はご遠慮ください。
開場 三鷹市芸術文化センター 風のホール
日時 5月17日(日)15:30開場/16:00開演
料金(税込)全席指定
一般 S席5,000円/A席4,000円/会員 S席4,500円/A席3,600円
*U-23(23歳以下) & O-70(70歳以上) 3,000円[A席限定]*ご入場の際に、身分証明書のご提示をお願いいたします。
※未就学児は入場できません。
日時 2020年5月11日(月)19:00開演(18:15開場)
開場 すみだトリフォニーホール 大ホール
料金(税込)全席指定
6,000円(税込)/中学生以下 3,000円(税込)
※当日券 500円増し ※未就学児の入場はご遠慮ください。
※すみだ区割(区在住在勤在学)は1割引(前売りのみ・トリフォニーホールチケットセンターのみ取り扱い)
〈出演〉
ジョヴァンニ・ソッリマ(チェロ)
野澤徹也(三味線)
ユキ・モリモト(森本 恭正)(指揮)
洗足学園ストリングオーケストラ
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