インタビュー
2019.04.10
バッハ・コレギウム・ジャパン 鈴木優人インタビュー

鈴木優人さん教えて! 復活祭(イースター)、《マタイ受難曲》の関係と聴きどころ

もうすぐ春がやってきます。春といえば復活祭、とは言いますが、実際どのようなもの? と聞かれたら、はたしてちゃんと答えられるでしょうか。
そこで、復活祭(2019年は4月21日)に《マタイ受難曲》の公演を控えるバッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木優人さんを訪ね、お話を伺いました。昨年12月にお届けしたクリスマスの記事の続編としてお読みください。

取材・文
山﨑隆一
取材・文
山﨑隆一 ライター

編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...

インタビュー写真:各務あゆみ

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バッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木優人さん(写真:各務あゆみ)

キリスト教の中でもっとも重要な「復活」

――まず、復活祭とはそもそも何なのでしょう? そこから教えてください。

鈴木優人(以下、優人) キリスト教に馴染みのない方でも「復活祭(イースター)」という名前はなんとなく聞いたことがあるのではないでしょうか。聖書には、十字架に磔(はりつけ)になって処刑されたキリストは陰府(よみ)に下り、その3日後に復活したという記述がありまして、死に打ち勝って復活したこと、その勝利の記念が復活祭=イースターなんです。

――前回の記事では、クリスマスはキリストの受難を予感させるような暗い側面もある、というお話もありましたが、それは復活祭とつながっているのでしょうか?

優人 クリスマスというのはキリストの磔刑、受難を見据えているから、ただハッピーなだけではなく、「人間の罪を背負って生まれてくる」という暗いところもたくさんあるんだという話を前回しました。受難も文字通りどうしようもなくつらい出来事です。十字架刑という刑罰自体、とてもむごい。それに何しろ自分たちの救世主であると信じているキリストが殺されてしまうわけですから、悲劇ですよね。
メル・ギブソンが監督した『パッション』という映画があるんですけど、この中ではキリストの受難がとても残虐に描かれています。だけど、実はこの先には復活があることを知っているかどうかで、捉え方がかなり違ってきますよね。

――『マタイ受難曲』もキリストの死で終わっていますね。

優人 はい、復活の部分は扱っていません。だけど、その先に復活があることを知りつつ聴くというのが大きなポイントですね。悲劇的なストーリーの曲なのですが、実は勝利に向かうワンステップなんだという意識。バッハもそれを考えつつ作曲していたことは間違いありません。これはとても複雑というか、特殊な考え方だと思うので、このことを知らないで聴くと難しく感じるかもしれませんね。

――復活はキリスト教の中でも重要な部分?

優人 もっとも重要です。キリスト教信仰の根幹にあるイメージですよね、「復活」というのは。例えば「私は聖書に書いてあることは信じるけれど、復活は信じていないんです」なんてことはキリスト教的にはありえない。昔オランダの友人に「私、和食は好きだけど、魚はきらいなんだ」って人がいましたが(笑)それよりもありえないことです。復活祭の日曜日の礼拝は、教会によってはクリスマスよりも大々的に祝う、めでたい日なんです。

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つらくて暗く、だけど歓びに向かう四旬節と《マタイ受難曲》

――季節的にも春が近づいてきますね。

優人 そうですね。クリスマスと異なり、復活祭は移動祝日と言って、毎年日付が変わります。春分の日のあとの最初の満月の次の日曜日と決められています。そして復活祭までの40日間を四旬節と呼びます。英語ではlent。このlentという言葉は古い英語で「春」を表していました。暗く苦しい冬からどんどん春に向かっていく。四旬節は節制の期間で、昔は食事や好きなものを我慢したり音楽を禁止する伝統もあったそうです。

――音楽も控えていたんですか?

優人 いつからかはわからないのですが、バッハが生きていた頃はそうだったようです。ライプチヒでのバッハは毎週教会の礼拝のために新しいカンタータを作曲しなければなりませんでした。だから逆に言えば四旬節の間はオフだったわけです。しかし彼はそこでバカンスをとったり家でゴロゴロしたりせず、この期間を有効に使って受難曲を書いた。そして復活祭前の金曜日、つまりキリストの受難と死を記念する聖金曜日に発表したわけです。勤勉ですよね。

――ということは、人々にとっては受難曲が久々に聴く音楽だったんですね。

優人 四旬節を節制して過ごすからこそ、それが明けたときに音楽を聴く歓びがあるわけです。《マタイ受難曲》は先ほど申しあげたように受難というつらい出来事を扱った作品ですけれど、ただつらく暗いだけではなく、どことなく祝祭的な雰囲気もあるんですよね。その後の復活を暗示しているような場面もありますし。例えばイエスを十字架につけた祭司長たちやファリサイ派の人たちが、総督ピラトに向かって「閣下、人を惑わすあの者がまだ生きていたとき、『自分は3日後に復活する』と言っていたのを、わたしたちは思い出しました。ですから、3日目まで墓を見張るように命令してください。」というセリフを合唱が歌う場面がありますが、そこで復活を象徴する上向きの音型を使ったりしているのです。こういうところはパッと聴いた感じ、とても楽しい音楽だと思います。

《マタイ受難曲》第66b曲(合唱)

優人 また、物語のストーリーの進行を止めて歌われるアリアで特にそうなのですが、とかく他人事のように思える聖書のストーリーの視点を変えて、聴く人が自分の気持ちと重ねられるようになっているのが特徴です。有名なアリア〈神よ憐れみたまえ〉などはその最たるものですよね。聴く人の弱さを代わりに告白して、さらに励ましてくれるというか。それがもちろん素晴らしいメロディに乗せて歌われますので、心が本当に動きます。バッハのこうした構成力は本当にすごい。彼は当時の礼拝をこのうえなく豊かにしたと思います。

《マタイ受難曲》第39曲(アルト)

――そして日曜日にキリストの復活を盛大に祝う、と。

優人 長い40日の節制の期間のあと、悲劇と復活の両方を一気に味わうということで、精神的にとてもドラマチックですよね。

ところで、ちょっと先ほどの補足です。金曜日に磔刑にあって、日曜日に復活するのだったら3日後じゃなくて2日後なのでは? と思う人もいるかもしれませんね。そこは数え方の違いというか……。「3日後」ではなく「3日目」と言ったほうがわかりやすいかもしれませんね。

――イースターは4月。日本では桜を連想する人も多いでしょうね。

優人 イースターの日にちはクリスマスと違って毎年移動するんです。先ほど申しあげたように、月の満ち欠けと連動しているのがユニークなところです。だからなのかはわかりませんが、桜の開花と重なるようなイメージも確かにありますよね。ちなみに今年のイースターは4月21日です。

ウクライナの伝統的なイースターエッグ © Luba Petrusha

――バッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJ)もコンサートを行ないます。

優人 はい。聖金曜日にあたる4月19日と、復活祭の21日に《マタイ受難曲》を演奏します。いま20年ぶりの再録音となるレコーディングも始まるところですが、実は今回から新しい通奏低音のオルガンを導入するんです。今までのような小型ではなく、16フィートまでついた立派なパイプオルガン。それなのに3~4時間で組み立てと調律ができるという、今までになかったタイプのオルガンです。

もともとホール付けのオルガンというのは、必ずしもバロック音楽に向いているわけではないので、一緒には演奏できない問題点があったのですが、この新しい楽器が今後、音楽的に大きな支えになってくれると思います。《マタイ受難曲》を演奏するうえでの大きなパラダイムシフトと言っても良いくらいです。このオルガンが入るということは、それぐらい画期的なことなんです。私たちもすごく楽しんでいますし、ぜひこの新しいオルガンが中心となって生み出すBCJの新しいサウンドを味わってほしいですね。

取材・文
山﨑隆一
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山﨑隆一 ライター

編集プロダクションで機関誌・広報誌等の企画・編集・ライティングを経てフリーに。 四十の手習いでギターを始め、5 年が経過。七十でのデビュー(?)を目指し猛特訓中。年に...

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