インタビュー
2024.11.03
演出・構成 岩田達宗が憧れのリートを歌劇でわかりやすく紐解く、東京文化会館 舞台芸術創造事業

歌劇『シューベルト 水車屋の美しい娘』がひらく、リートの芝居世界

リートは、シューベルトが生み出したとされる、ドイツ語の詩に曲をつけた歌曲。
長年、生の人間の声が持つ奇跡に魅せられ、リートへの想いを温めてきた、演出・構成 岩田達宗さん。岩田さん発案による、既存の歌曲集を歌劇として上演する企画第2弾、歌劇『シューベルト 水車屋の美しい娘』が、2024年11月9日東京文化会館 小ホールで幕を開けます。
開幕直前のいま、演出・構成 岩田達宗さんとドイツ・リートの名手、バリトン 小森輝彦さんに、リート入門にぴったりな本作の魅力をおうかがいしました。

山崎浩太郎
山崎浩太郎 音楽ジャーナリスト

1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...

メイン写真:岩田達宗が発案し、演出・構成した2020年東京文化会館 舞台芸術創造事業第1弾、歌劇「ヴォルフ イタリア歌曲集」より
©飯田耕治

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リートは芝居

歌劇『シューベルト 水車屋の美しい娘』作品紹介

シューベルト3大歌曲集の一つである『水車屋の美しい娘』。

20曲からなる作品に、ミュラーの詩による「プロローグ」と「エピローグ」の口上を織り交ぜ、若き青年の悲恋の物語を歌劇に仕立て上げます。

――岩田さん、シューベルトの『水車屋の美しい娘』は、古今の歌曲集のなかでも最も人気の高い作品の一つですが、なぜこれを歌劇にしようと思われたのですか?

岩田 この歌曲集は、詩人のヴィルヘルム・ミュラーの連作詩にシューベルトが曲をつけたものですが、曲を書かなかった、前口上と後口上という部分もあるんです。

今回はここも朗読したり演じたりしてもらうんですが、じつはそこにミュラーは「今日のお芝居は……」と書いているんです。実際に、小さなサロンで人々が一人ずつ順番に読んで演じたものらしいんですね。「お芝居だよ」とわざわざミュラーが言ってくれてるのだから、これはやらなきゃいけないと思いました。

岩田達宗(演出・構成)
東京外国語大学フランス語学科卒業。1991年より栗山昌良氏に演出助手として師事。96年五島記念文化賞オペラ新人賞を受賞。オペラ演出家として全国のオペラ・プロダクションで作品を発表し、高い評価を得る。2021年『稲むらの火の物語』は佐川吉男音楽賞を受賞。21年『蝶々夫人』は三菱UFJ信託音楽賞奨励賞を受賞。11年ブリテン作曲『ねじの回転』は文化庁芸術祭大賞に選ばれた。06年には自身が音楽クリティック・クラブ賞を受賞。その他、受賞多数。ひろしまオペラルネッサンス芸術監督。

――演劇的要素を加えることで、「歌劇」になるわけですね。

岩田 といっても、リートには声の魔法、歌手が自分の肉体だけでつくる声の魔法がありますから、舞台はあくまでも抽象的なセットで、お客様の想像力をより助けるためのものです。

でもリートはどうも敷居が高い、近づきにくいと思われている方にも、いまを生きる我々の切実な問題や社会のことを、こんなに鋭く、わかりやすく身近に言ってくれている、こんな不思議な世界があるんだと思っていただけるように、間口を広げました。僕が信頼する山本裕さん(振付)と船木こころさん(ダンス)の力を借りて、いろいろな仕掛けを用意しています。

――ありがとうございます。続いて小森さんにうかがいます。ふつうの演奏会で歌うときとは、どのような違いを感じられますか。

小森 僕は、リサイタルの場合でもリートは元々お芝居だと思っているところがあるんです。リートを歌ったとき、芝居を見ているようだったという感想を最近よくいただくんですが、最高の褒め言葉だと思います。

僕らが舞台でやることは楽譜の肉体化、もっと言うと具体化なんです。歌うときにも具体的に、その女の子の髪の色や目の色をイメージして、信じ込むことで、お客様にも伝わる。でもそれは押しつけるわけではない。僕は青い目と思っていても、お客様は黒い目と思ってもいいんです。

小森輝彦(バリトン)
日本人初のドイツ宮廷歌手。プラハ州立歌劇場で欧州デビュー後、独アルテンブルク・ゲラ市立歌劇場専属第一バリトンとして12年間活躍。ザルツブルク音楽祭などヨーロッパ各地に客演し演じた役は70を超える。帰国後は東京二期会、新国立劇場などの公演で主役を務める他、ドイツ在住時から現地で高く評価されたリート歌手としての活動も盛んに行い、その深い文学的解釈に裏付けられた表現力で聴衆を魅了し続け2019年にリリースした初CD「R.シュトラウス歌曲集」はレコード芸術準特選盤に選ばれた。二期会会員。東京音楽大学教授。

視覚化される『水車屋の美しい娘』の世界

――具体的だけど、押しつけない。

小森 その意味で、今回の松生紘子さんの舞台装置がほんとうにすばらしいです。押しつけないんだけど刺激する。具象なんだけど抽象。言葉遊びみたいですが、お客様のインスピレーションを刺激するという意味では具象なんですが、押しつけないという意味では抽象なんです。

僕はいつもどおりにアウトプットしますが、岩田さん、山本さん、松生さん、そして前田文子さんのすばらしい衣裳、そういうフィルターを通して、違うパースペクティブを持てる。虹のように、僕らにも制御ができない。稽古でも、何か答えを決めつけてそこに向かうわけではない。化学反応して、お客様には見たいところを見て楽しんでいただければ。

音楽というのは、それぞれの方が自分の人生と結びつける、楽しいものなんだと思っています。リートもそうで、そういう意味で、リートがよりリートらしくなると思っています。

岩田達宗が発案し、演出・構成した、既存の歌曲集を歌劇として上演する企画第1弾、2020年歌劇『ヴォルフ イタリア歌曲集』より。
リートの世界観を広げ、観客の想像を手助けする舞台美術に、今作でも期待がふくらむ。
©飯田耕治

岩田 リートが持っている可能性は、ものすごく広いんですよ。今はエンターテインメント全体で、映像とマイクの使用が必須になっていて、すべての席が同じように聞こえて、同じように見えなきゃいけない。どのお客様も同じパッケージを持って帰ってください、という感じになってますが、本来の演劇というのは、それぞれが好きなものを持って帰るところだと思うんです。

今回は舞台上に広げたものを、お客様にもっと広げて持って帰ってもらう。リートって、こんなに広い豊かな隙間があるんだ、と思ってもらいたいんです。

――なるほど。今回は小森さんのほかにダンサーの船木こころさんが出演されますが、娘の役を演じるのですか?

岩田 水車屋の娘は、言葉の上でしか出さないつもりです。船木さんは女性ですが、主人公である徒弟を演じてもらおうと思っています。つまり、文楽の義太夫が小森さんで、人形がダンサー。と、いうふうに始めるんですが、それがどんどんおかしくなっていく。

――二人の役割がぼやけていくわけですか。

小森 僕としては一人称で歌うので、僕が徒弟の役だと思ってたんです。でもぜんぜん違うことになっていて、打合せで話を聞けば聞くほどなるほどと納得して、僕にとっても、もうそれが当たり前になっちゃってます(笑)。

でも、そのほうが詩人のミュラーが想定した建て付けらしいなと思います。戯曲というよりも、サロンで順番に読みあう朗読劇みたいに書かれているんです。

岩田 『水車屋の美しい娘』って、19世紀初頭における、ラジオドラマみたいなものですね。聴いている皆さんの心の中で、イメージを勝手にどんどん広げてくださいという面白さがある。

ミュラーの書いた詩、自分は「台本」とあえて言いますが、この台本はせせらぎを聞くという聴覚で始まって、川を見てはいないんです。そして最終的には川の底の、音という棺桶の中から空を眺めている。そんなこともお客様に思っていただけるようにしたいですね。

小森 音の流れに溺れていただく。

岩田 そう、まさに音の流れに溺れていただきたいですね。

公演情報
歌劇『シューベルト 水車屋の美しい娘』[ドイツ語上演・日本語字幕付]

日時:2024年11月9日(土)15:00開演

会場:東京文化会館 小ホール

作曲:フランツ・シューベルト

演出・構成:岩田達宗

振付:山本裕

出演

バリトン:小森輝彦

ピアノ:井出徳彦

ダンス:船木こころ

料金:S席6,600円、A席4,400円、B席2,200円(A席・B席売切)

・25歳以下割引:S席3,300円

・65歳以上割引(50枚限定):S席5,940円

・障碍者割引(介添え1名まで同一料金):S席5,500円

問い合わせ:東京文化会館チケットサービス 03-5685-0650

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山崎浩太郎
山崎浩太郎 音楽ジャーナリスト

1963年東京生まれ。演奏家の活動とその録音を生涯や社会状況とあわせてとらえ、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。『音楽の友』『レコード芸術』『モーストリーク...

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