インタビュー
2022.09.19

牛田智大インタビュー【後編】ショパンの最後の8年間~その夢想と諦観を辿るアルバム

インタビュー前編では、牛田智大さんが子どものころからずっと取り組んできたショパンについて、その音楽の本質や演奏で心がけていることを詳しく伺ってきました。後編では、ショパン国際ピアノコンクールで得たもの、そして8月末にリリースされた最新アルバム『ショパン・リサイタル2022』に込められた意図を伺います。

道下京子
道下京子 音楽評論家

2019年夏、息子が10歳を過ぎたのを機に海外へ行くのを再開。 1969年東京都大田区に生まれ、自然豊かな広島県の世羅高原で育つ。子どもの頃、ひよこ(のちにニワトリ)...

デビュー10周年記念リサイタル「オール・ショパン・プログラム」の舞台から©サントリーホール

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ショパン国際ピアノコンクールで得た大きなこと

——コンクールからもうすぐ1年になります。コンクールに出場して得たもの、学んだことなどを教えてください。

牛田 なによりも良かったのは、ショパンの作品を数年間かけてじっくりと勉強できたこと。読譜が注意深くなり、音色の感覚も研ぎ澄まされ、タッチも以前に比べればきめ細かくなりました。

同時に多くの課題も見つけられたので、今後の指針も得られたという意味で非常に有意義だったと思います。

——ワルシャワでお気に入りの場所などありましたら教えてください。

牛田 ワルシャワから車で数十分の場所にコンスタンチン・イェジオルナという療養地があり、そこは特に好きな場所です。ショパン音楽大学の先生が近くに住んでいて、ご自宅でレッスンを受けたあと森の中を散歩するのが楽しみでした。

最新アルバムでショパンの愛国心や死生観を描く

——なぜショパンに特化したアルバムを考えたのですか?

牛田 今回は、偶然ショパンをメインに据えている時期にアルバムの制作が重なりました。

——選曲についてお聞かせください。

牛田 このアルバムでは、ショパンの中後期から晩年までの作品を通して、彼のポーランドへの愛国心や死生観を描くことを試みています。

彼の最も愛国的な作品といえる《幻想曲》Op.49と《幻想ポロネーズ》Op.61を両端に、《バラード第4番》や《舟歌》、《ポロネーズ第6番「英雄」》という後期の代表的な作品を挟み、アルバムの最後には彼の絶筆のマズルカを置きました。

《幻想曲》が手掛けられた1841年以降、ショパンが1849年に亡くなるまでの8年間で、彼の作風はそれまでの直情的なものから夢想的で諦観に満ちたものへと変化していきます。

書法的にも、例えば1840年代はじめまでの作品では左手にアルベルティ・バス(※)的な、あるいはオスティナート(※)的な音型が使われることが多かったのが、晩年に近づくにつれてよりポリフォニー(※)的な音型に変化し、いくつもの独立した声部が絡み合って和声を形成するようになっていきます。

今回収録した作品を通して、その変遷を楽しんでいただくこともできるのではと思っています。

※アルベルティ・バス:古典派の鍵盤音楽に特徴的にみられる分散和音の伴奏音型/ ※オスティナート:同一音型(旋律型やリズム型)を執拗にくり返して用いること/ ※ポリフォニー:複数の声部がそれぞれの旋律的独自性を保持しつつ動く音楽形態。多声音楽

ショパンが最期に見た音楽的な景色とは

——読者のみなさまに、このアルバムについてメッセージをお願いします。

牛田 ショパンは優れたピアニストで、作曲をするときにはピアノで試奏をしてから楽譜に書き留めていました。つまり、ショパンの音楽は、彼の演奏技術をもとに成り立っているということで、例えば精神的・身体的な不調でピアノに向かうことが辛ければ、それがそのまま音型に表れます。

その例として、フレーズの頂点となる場所に向けてディミヌエンドが書かれたり、ぺダルの踏み替えが極端に少なくなったり、con fuoco(熱烈に)という指示を書いておきながら非常に軽く鍵盤に触れなければ弾けないようなパッセージを書いたり、ということが起こっています。

今回のアルバムでは、ショパンが20代の初めに残した「人間が成しえるもっとも偉大な行為とは死であり、もっとも罪深き行為は生きることである」という言葉をテーマに、作品と死との関係をより意識して演奏しています。

まるでショパンが死の間際に過去の自作品を回想するかのように、例えば長調の音楽であっても悲しみや諦めを、華やかなパッセージにも影を持たせるようにしています。

実は、マズルカの最終音と幻想曲の冒頭は同じ音で、アルバム最後のマズルカを聴いたあとに幻想曲へ戻ると、ショパンが死の淵から見た音楽的な景色を追体験することができます。興味を持っていただけたら嬉しいです。

商品情報
牛田智大「ショパン・リサイタル2022」

[SHM-CD UCCY-1115] ¥3,300(税込み)

曲目:幻想曲 へ短調 作品49、バラード 第4番 へ短調 作品52、ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53 《英雄》、舟歌 嬰ヘ長調 作品60、ポロネーズ 第7番 変イ長調 作品61 《幻想》、マズルカ 第49番 ヘ短調 作品68の4(遺作)

 

牛田智大「ショパン・リサイタル2022」

[Blu-ray UCXY-1003] ¥5,500(税込み)

曲目:同上

牛田智大「ショパン・リサイタル2022」

[DVD UCBY-1007] ¥4,180(税込み)

曲目:同上

公演情報
牛田智大ピアノ・リサイタル2023

2023年

2/24(金)北國新聞赤羽ホール

2/25(土)ハーモニーホールふくい(小)

3/5(日)沼隈サンパル

3/10(金)入善コスモホール

3/12(日)岩手県民会館(中)

3/20(月)習志野文化ホール

3/21(火・祝)よこすか芸術劇場

道下京子
道下京子 音楽評論家

2019年夏、息子が10歳を過ぎたのを機に海外へ行くのを再開。 1969年東京都大田区に生まれ、自然豊かな広島県の世羅高原で育つ。子どもの頃、ひよこ(のちにニワトリ)...

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