ウィーン楽友協会のオットー・ビーバ博士に聞く

ウィーンから150年前の音楽史を象徴する宝物がやってくる!——「音楽のある展覧会」開催

インタビュー
2019.10.25

2019年は、日本とオーストリアの友好150周年。それを記念して、サントリーホールは日本でのウィーン・フィルの演奏会と同時期、11月2日(土)から「音楽のある展覧会」を開催する。会場は、ホテルオークラ東京 別館。
この監修を務める、ウィーン楽友協会アルヒーフ・図書館・コレクション室長、オットー・ビーバ博士にメールでインタビュー。
ウィーンの文化の土壌やウィーン人の気質、日本とオーストリアの交流とは?

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画像提供:サントリーホール
ナビゲーター
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
林田直樹
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林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

ウィーン楽友協会が所蔵する膨大な資料と11月の展覧会

この秋、音楽ファン垂涎の特別展覧会が開催される。日本・オーストリア友好150周年を記念して、サントリーホールが主催する「音楽のある展覧会」のウィーン楽友協会アルヒーフ展「19世紀末ウィーンとニッポン」である。

そこで、この展覧会の監修者であり、日本とオーストリアを結ぶ絆の中心的人物でもある、ウィーン楽友協会アルヒーフ・図書館・コレクション室長のオットー・ビーバ博士へ、メール・インタビューを行なった。

1812年に創設されたウィーン楽友協会のアルヒーフ・図書館・コレクション室長、オットー・ビーバ博士。

——日本とオーストリアの友好150周年をきっかけに、この秋にサントリーホールの主催で展覧会が企画されていますが、どんな展示になりそうなのか、そのコンセプトと見どころを、具体的にお教えください。

ビーバ 展覧会は2つの大きな部分に分けられています。

第一に、オーストリアと日本の音楽関係の始まりと、修交関係が始まってからの関係がいかに強く開花したかを展示します。オーストリアと日本との間の多くの音楽の懸け橋は、今では当たり前となっていますが、それには始まりがあり、徐々に立ち上げられてきたものです。

第二に、150年前の時代、ウィーンの音楽史上のハイライトを展示します。ブラームス、ブルックナー、フーゴ-・ヴォルフ、グスタフ・マーラー、ヨハン・シュトラウス、リヒャルト・シュトラウス、リヒャルト・ワーグナーなどの偉大な人物が活躍しましたし、ウィーン楽友協会とウィーン国立歌劇場も150年前にできました。

当時、ウィーンの街がどのように発展したかも展示します。オーストリアの絵画は日本の影響を受けていましたし、それは当時の楽譜の表紙にも見られるのです。

日本画家の守屋多々志(1912-2003)による作品「ウィーンに六段の調(ブラームスと戸田伯爵極子夫人)」。この大垣市守屋多々志美術館が所蔵する四曲一隻の屏風と、ウィーン楽友協会から届くブラームスの遺品の楽譜が、同展で邂逅する。
ブラームスの肖像。
ブラームスの所蔵本である、ハインリヒ・フォン・ボックレット 編『日本の民族音楽』より。
ブルックナーの肖像。
今年のウィーン・フィル公演で演奏される、ブルックナーの交響曲第8番の自筆スコア。

——ウィーン楽友協会には、途方もない膨大な点数の資料があると思いますが、その中で、ビーバさんが就任以来、特に力を入れて研究されてきたテーマや分野について、お教えください。

ビーバ 前任者たちのように、既にある重点的資料をさらに拡張し、隙間を埋め、アクチュアルな現代の在庫を補足するようにと努力しています。

私は、既にある重点的資料を補足するために、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、マーラーの自筆の楽譜を獲得することができました。さらには、古い楽器のコレクション、絵画のコレクション、自筆のコレクション(例えば、楽友協会と緊密な関係にありながら、自筆がコレクションになかったバルトークとヤナーチェク)の隙間を埋めることができました。

——ウィーン楽友協会の本質とは何でしょうか。他の音楽都市にはない特別な性格のもののように思えますが?

ビーバ ウィーン楽友協会の本質は、コンサートの主催者、コンサート会場であるだけではないところです。

協会の設立目的は、コンサートを主催する、コレクションをする、資料を作る(=アルヒーフ)、そして教育をすることでした。教育に関しては、今日では、講演会、出版、青少年のコンサートが行なわれています。

音楽の都を形づくる土地柄やウィーン人の気質

——ウィーンが偉大な音楽の都である、最大の理由は何でしょうか。音楽が美しく花開くためには、きっとその土壌が豊かであるはずです。その土の秘密についてお教えください。多民族国家の首都だったからですか。オスマン・トルコに接したヨーロッパの東だったからですか。それとも?

ビーバ ウィーンはヨーロッパの東でなく、中央に位置しています。大切なのは、バロック時代も音楽の古典時代も、神聖ローマ帝国のドイツ、ハプスブルグ帝国の国家群も、ウィーンから統治されていたということです。つまり、ウィーンは、ドイツ、オーストリア、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、さらにポーランドの大部分、ルーマニア、ウクライナ、イタリア、ベルギー、そしてフランスの小さい一部(19世紀の後半には西バルカンの部分も)の首都として統治していたのです。

ウィーンは政治的にも文化的にもヨーロッパの中心でしたし、これは音楽のロマン派の時代も、そうであり続けました。多くの音楽家がウィーン出身であり、またウィーンに移住してきたり、ウィーンを訪問する音楽家も多かったのです。

それはウィーンに定住している作曲家たちの競争心を駆り立てました。また、ウィーンの音楽界は多くのインスピレーションを与え、ここではさまざまなスタイル、様式を知ることができたのです。作曲家も音楽家も、蹴落とされてしまわないよう、ベストを尽くさなければなりませんでした。

そういうことから、ウィーンではベストの音楽、ベストの演奏者、そして最高の楽器製造が生まれたのです。

——昔も今も変わらない「ウィーン人気質」というものがあるとすれば、それは何でしょうか。ある音楽家は「すべてが曲線的」なのがウィーンだと言いました。またある音楽家は「たとえ冗談でも、パパゲーノのように、すぐ死について口にしたがる」のがウィーンだと言いました。ビーバさんが考えるウィーン人らしさとは?

ビーバ 一般的に、ウィーン人はとても熟慮し、哲学をし、よく考えます。その結果として、とても陽気になったり、メランコリックになったりします。ウィーン人は、伝統と結びついていて、しかも未来への好奇心も強いのです。その結果として、とても批判的になり、懐疑的になり、または陽気にもなります。

この二つの理由(熟慮する、伝統と未来)から、ウィーン人は他の人たちよりも、すべてを区別したり、複雑化させたり、相対化したりするのです。白と黒、直線と曲線だけではないその間が、とても大切なのを知っているのです。

上記で挙げた気質は、音楽にも影響しています。
それ以上に、ウィーンには多くの音楽の伝統があることも忘れてはなりません。音符だけを演奏するのではなく、それらの音符がその教師によりどう演奏されるかを知り、また他の土地の音楽家がまったく違う演奏をしたのを聴いたこともあり、作曲された音楽がローカルな民族音楽とどう関係を結んでいるかを、知っているのです。

ですから、ウィーンで学んだ音楽家の演奏は、ウィーンで音楽を学んでいない、ウィーンの伝承を知らない音楽家の演奏とは違う(大変に違うことが多い)のです。

——2020年はベートーヴェン生誕250年です。私たちがいっそうベートーヴェンを深く理解し、愛し、再発見するよいきっかけです。ビーバさんが個人的に、ベートーヴェンに魅了されるのは、どんなところですか。人間的な面、音楽的な面、両方についてご説明ください。

ビーバ ベートーヴェンは今日ではあまり知られていません。知られているのはベートーヴェンの紋切り型の固定観念だけです。

彼は、難しい音楽を書いた、難しい人間でした。多くの顔をもつパーソナリティであり、多彩な音楽を書きました。モダンであり、保守的でした。遠い未来を予見し、過去を深く振り返りました。

とてもポピュラーな曲であっても、そのポピュラーな表面の下は複雑です。他方では、ポピュラーになってもよさそうなのに、あまりポピュラーにならなかった作品が多くあることは理解ができません。

ベートーヴェンの年、2020年には従来の固定観念(偉人、変人、不愛想、革命家、庶民的芸術家など)が消えて、真のベートーヴェンが広く知られるようになってほしいです。これまでの固定観念がなくなれば、私たちはベートーヴェンを再び私たちのために(新しく)発見し、より深く理解し、本当に愛することができるでしょう。

サントリーホールとの蜜月が生んだ資料展示

以上が、ビーバ博士とのメール・インタビューの全文である。

少しでもウィーンの音楽を理解するきっかけになるような、啓示に満ちた、誠実な回答を送ってこられ、それをこうしてご紹介できるのは、光栄なことだ。

ウィーン楽友協会の本質に「教育」の理念が入っていること、ウィーンがヨーロッパの東ではなくて中央だという強い意識、伝統と結びつきながら未来への好奇心も強いというウィーン人の哲学的な気質、そして「ベートーヴェンは今日ではあまり知られていません」という言葉に秘められた、ほとばしるような思い——どれも興味をかき立てられることばかりである。

このたびの展覧会では、資料の総数は200点近くになる。150年前のウィーンはブラームス、マーラー、フーゴー・ヴォルフ、ヨハン・シュトラウス・ファミリー、リヒャルト・シュトラウスなど、そうそうたる音楽家たちが活躍した時期でもあるが、彼らの肖像画はもちろんのこと、自筆譜、手紙類など、すべてオリジナルで、あまり外には持ち出さないような、貴重なものが多く含まれているという。

今回東京にやってくる資料の興味深いポイントは、音楽都市ウィーンがひとつのピークを迎えた19世紀後半以降、日本の情報や文化や音楽がどのように受け入れられ、ヨーロッパに影響を与えたかということも含めて、紹介していることだ。

単にウィーンの音楽の一方的な展示ではなく、こうした双方向的な文化交流を学術的にも踏まえようとするところが、ビーバ博士ならではの思いが感じられる。

こうした展覧会は、サントリーホールとウィーン楽友協会との長年の信頼関係あってのもの。1983年以来、ウィーン楽友協会アルヒーフ・図書館・コレクションは、「サントリー音楽文化展」やサントリーホールでの「音楽のある展覧会」などにおいて、歴史的音楽史料を日本で何度も紹介してきた。

今回は日本とオーストリア友好150周年の記念の年でもあり、150年前のウィーンに焦点をあてて日本との関連についても触れ、より充実した展覧会で超一級の宝物のような品々が展示されることは、音楽ファンにとって胸躍る機会になることだろう。

展覧会情報
音楽のある展覧会

会期・時間: 2019年11月2日(土)~11月17日(日)10:00~18:30

※最終入場18:00
※11月12日(火)は一般観覧はございません
※11月16日(土)は17:30閉館(最終入場17:00)
 
会場: ホテルオークラ東京 別館 地下2階 アスコットホール

料金: ウィーン楽友協会アルヒーフ展+特別写真展 前売券 800円/当日券 1,000円
※展覧会には未就学児は無料で同伴可能

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