【映画公開中】妻夫木聡×豊川悦司W主演『パラダイス・ネクスト』

作曲家出身の映画監督、半野喜弘が描くノワール・サスペンス――鮮やかな色彩と光、音楽が織り成す世界

インタビュー
2019.08.05

台湾を舞台に、妻夫木聡と豊川悦司が演じる2人の男の逃亡劇を描く映画『パラダイス・ネクスト』。本作は、半野喜弘の劇場長編第2作目にあたり、監督・脚本・音楽を務めている。
作曲家として、台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)や中国の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)等、巨匠監督の作品で音楽を手がけた半野喜弘。音楽家ならではの感性がどう映画に生かされているのか。音楽観点からお話を伺った。

この記事をシェアする
写真:atacamaki photography
取材・文
東端哲也 ライター
東端哲也
取材・文
東端哲也 ライター
1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

――台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)や中国の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)等、現代アジアを代表する巨匠監督の映画音楽を数多く手掛けられていて、カンヌ国際映画祭やヴェネチア国際映画祭などでも高く評価されています。10代の頃はどんな音楽がお好きだったのですか?

半野 主に洋楽を聴いていましたが、特に好きだったのは70年代のソウル。カーティス・メイフィールドやダニー・ハザウェイ、マービン・ゲイが僕のヒーローでした。ジャズも好きで、フリー・ジャズにはまったりもしましたが、最終的にはマイルス・デイヴィスに行き着いた。それで自分でも音楽をやるようになって、なんとなくプロに(笑)。ずっとクラブミュージックを作っていたら突然、映画音楽の世界に誘っていただいて、1998年あたりから人生ががらりと変わりました。

――侯孝賢監督が台湾×日本の合作で撮った《フラワーズ・オブ・シャンハイ》(1998年10月日本公開)が最初ですね。そのきっかけが、すごい“偶然”だったとか?

半野 はい。日本側の製作(松竹)が音楽に日本人を起用することを提案して、監督に送った候補の中にたまたま入っていたんです。何でも、スタッフが渋谷のタワーレコードで候補者のCDを選んでレジに並んでいたときに、たまたま僕のドラムンベースの曲がストア・プレイで流れていて「じゃあこれも」ってCDをカゴに入れたのが監督のもとに届き、「こいつにする!」で、決まったとか。確かにあの時代のタワレコのフロアは面白いところだった……現代音楽とクラブ音楽が接近していて、テクノやっていた奴がヤニス・クセナキスを聴いたり、渋谷系の子がジョン・ケージのCDを手にとったりするような、当時の雰囲気が売り場に溢れていましたね。そんな流れの中で楽譜の勉強もしていない自分のようなミュージシャンが、たまたま映画音楽の世界に足を踏み入れることになったのです。

――侯孝賢監督とはどんな話を?

半野 とにかく監督は「君の思ったようにやればいい。選んだ時点で全面的に信頼しているから」って。「とりあえず中国の長い歴史を感じさせるような曲であればいい、チェロの音色とかどう?」……みたいな人(笑)。チェロの曲なんか知らないし、これはとんでもないことになったなと思って、知り合いに相談しながら猛勉強しました。そしたら3週間後くらいにまた連絡があって「君もカンヌに来い。みんなでレッドカーペットを歩くときにメインテーマを流すから」って。まだ、テーマを書いてもいないのに(笑)。

――カンヌ国際映画祭では、日本人が侯孝賢の音楽を担当するということもあって、海外メディアから沢山の取材を受けたそうですね。

半野 特に「お前は坂本龍一の弟子なのか?」っていう質問が多かった! それで「いやいや、自分はアカデミックな音楽教育を受けてもないし、主にクラブで活動しているストリート系のミュージシャンだから……」みたいに答えたのを憶えています。それで日本に戻ったら、坂本龍一本人から「君の音楽を聴きました……連絡下さい」っていうFAXが届いていて吃驚。絶対に友だちのイタズラだと思った(笑)。そこから坂本さんとの付き合いが始まりました。

――やはり、坂本龍一こそが、いちばん学ぶべき先輩作曲家だったのでは?

半野 坂本さんは作品も素晴らしいけれど、作曲家としてのスタンスが尊敬できる。クラシック音楽が根底にあって現代音楽にも造詣が深いけれど、決してそのことに囚われていないところが。彼なら西洋音楽史の流れの最先端に自分を据えて、前衛的な作風をとことんまで突き詰めることだってできるはずだけど、そうしない。カテゴリーに縛られることなく、自分が本当にやりたい音楽と大衆が求める音楽のバランスを上手くとりつつ、自然体で良い仕事を続けていると思うから。

――作曲家にとっても、劇伴(サントラ)というものは、また特殊な世界ですよね。

半野 劇伴の世界にもいろんなやり方があると思うのですが、僕の場合はラッシュ(まだ編集していない映像)だけを観て作曲することが多いです。映像を観る上で自分でも重視しているポイントが3点あって、まずは監督の描き方や俳優の演技が醸し出す「テンポ」。それからフィルムが持っている「温度」と「湿度」。この3つが決まると自分の中で音楽のスケールが出来上がる気がします。もちろん監督が何を表現したいのか、打ち合わせのときによく話し合ってコンセンサスを得る。「ここは画面ではジメッとして見えるけど、本当はドライな感情を表現したいんだ」とか。

――賈樟柯のやり方はまた、侯孝賢とは違いますよね。

半野 違いますね。最初に《プラットフォーム》(2000年)で組んだときに「言いたいことは全て台詞や演技に反映させて、見せたいものもすべて映像で表現した。でもたったひとつ、僕が捉えたくても捉えることができなかったものがある。それはこの二人の登場人物が心の中でついた無言の溜息。あなたはそれを音楽にして下さい」って言われたことが印象的でした。前回はメインテーマを書いて渡したら「すごくいいのだけれど、まだこの音楽は僕の遠くにある。半野さんの手で直接、僕の心に触れているようなものにして下さい」って。オーダーの仕方が独特なのです。

――そんな巨匠監督たちと組んで仕事を重ねていくうちに、いつか自分でも映画を撮りたいと思うようになったのですか?

半野 以前から興味はあったのですが、むしろあの才能溢れる二人を見ていると、わざわざ自分が映画を撮る意味があるんだろうか? って自問するばかりでしたね。きっかけは今から10年程前に友だちと、脚本書こうぜっていう軽いノリで始まって、でも書き上げるのに3年くらいかかった。その出来上がった脚本をいろいろな映画会社の人に見せたんですが、まったく相手にされなくて……その後、思い直して別の脚本を書いて短編や共同監督作品などを作り続け、初めて監督したのが前作の《雨にゆれる女》(2016年)でした。僕は映画を勉強したわけでも、過去の作品をものすごく観ているわけではないので、何が正解なのかはわかりません。ただ僕みたいな立場の人間が敢えて映画を撮るのであれば「ここはこうしないとおかしい、間違っている」って業界で言われているようなことを貪欲に採り入れてチャレンジしていくことでしか映画を作れないと思うのです。

――確かに本作《パラダイス・ネクスト》はストーリーを綿密に積み重ねて、話の流れで魅せていく映画とは違いますね。当然あるはずの説明的なシーンがなかったりする。特に台北の街中や路地に幾度となく姿を見せ、現れる度に死体を増やしながら、着実に主人公たちに迫ってくるスーツ姿の男・346(カイザー・チュアン)の存在についてあまり語られなくて謎のまま。それがかえって不気味で恐ろしい。

半野 もう徹底的にそうしたかったんです。もともと上手く「語る」ことができないなら、いっそ「語らない」のもありかと(笑)。音楽に例えるならば、ロジカルにきっちりと積み上げられてコードも完璧な楽曲はそりゃ、素晴らしいだろうけれど、でもこことここを敢えて抜いてみて、それでも整合性がとれたら、さっきまで聴こえてこなかった倍音を聴くことができるかもしれない。例えばモートン・フェルドマンとかはそれを目指しているようなところがありますよね。僕の作品の場合も、本当はここで説明を入れたほうがわかりやすいけど、それじゃあシャープさが失われてしまうからやめよう。かっこいいことを言わせてもらえるなら、説明しないからこそ観客が感じられる「揺らぎ」みたいなものがあるんじゃないのかなって。

――画面の色使いもかなりユニークですね。

半野 ありがとうございます。物語の展開よりも今回優先したかったのは、色彩や光の加減なんです。会話さえあればどこでも成立する場面だとしても、どうしてもこの台詞は、暗闇の中のひとつライトの下で撮りたい、そうすることによって昼間の自然光の下で交わした会話が生きてくるから……みたいな。ストーリーの繋がりよりも、色や光の関連性にこだわってシーンを紡いでいくことを大切にした。その結果、自然な流れが少し崩れても構わないって腹をくくりました。もちろんスタッフは映画畑の人なので戸惑うことも多かったでしょう。でも自分としては普通の監督の映画の撮り方ではなかったとしても、レンズを通して現実とは違う光と色をフィルムに焼き付けることに興味があったのです。

――そういう監督にとって、首都の台北から自然豊かな東海岸の花蓮(ファーリエン)まで、全編にわたる台湾ロケはご自身の撮りたかったものを実現できる場所として理想的だったのですね。

半野 巨匠監督たちと一緒に仕事をしていくうちに、日本ではないアジアの風景が自然と自分のなかにあったのと、この作品では主人公である二人が孤立している状況を描きたかったので、最初から異国を舞台にして撮りたかった。そしてトップスターである妻夫木(聡)くんや豊川(悦司)さんの普段とは違う芝居が見られたり、いつもはない空気感が出せたらいいなと思って。そのためにスタッフもほとんどすべて現地の人で固めて――最終的にカメラマンは日本人の池田(直矢)くんにお願いしましたが――臨みました。だからこそ出せたのがあの雰囲気です。

――いわゆる、海外ロケで撮った他の日本映画とは趣が異なりますね。主演のお二人も本当に、映画の登場人物の人生を生きているかんじでした。豊川さんとか、ほとんど喋らない役なのに。

半野 2人とも演技派なので、やればやるほどいい芝居になる。でも今回は追い詰められている人間のギリギリの焦燥感を描きたかったので、できるだけファーストテイクでOKを出すことを目指しました。

――それにしては長回しが多かったですよね!

半野 だから大変でした。こちらとしては1回しかやらせたくないので、動きが決まったら、すぐ撮る。瞬間瞬間の彼らの躍動感、街や自然の風景の美しさ。そのいきいきとしたところをスクリーンで楽しんで貰えたらうれしいです。

――登場人物たちがバイクで走ったり、ただ車に乗って移動しながら窓から顔や手を出しているシーンを眺めているだけで楽しいし映画的だと思いました。過去の名画に対するオマージュも感じます。

半野 特にラストの海辺での撮影では次々に予測不可能な事態が起こり、最終的には奇跡のようにして撮り終えたシーンです。どうかご期待下さい(笑)。

――そしてやはり、音楽家ならではの「音」に対するこだわりも随所に感じます。

半野 現場での同時録音を主体にしつつも、画面に映っていないものを大胆に音源に活用したり、割と作り込んだフィクショナルなサウンドを目指しました。一種のアクション映画並みに。

――使用されている音楽もブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブで知られる南米キューバの伝説的歌手、イブライム・フェレールの名バラード〈Como fue〉から、台湾の先住民族のものまでさまざまですが、どこか普通のサントラっぽくない使われ方をしている気がしました。

半野 バックグラウンドで作品を補強するのではなく、まるで音楽そのものが登場人物のようにぱっとそこに出現して、そのシーンを引っ張っていくような使い方……恐らく通常の映画音楽としてはもっとも悪い例を、敢えて目指しました。ずっとやってみたかったから(笑)。そのためにメインで使用しているのはどれも「歌声」のある曲ばかりです。

――例外は、坂本龍一の圧倒的に美しいテーマ音楽です。

半野 やはり、ここぞというテーマ音楽には、映画的ロマンを感じさせる名旋律が欲しかった。それに誰が相応しいかって聞かれたら、それはもう坂本さんしかないでしょう、ってことで即決。前作の後に対談させていただいたとき、今度映画撮ったら絶対に曲を書いてくださいってお願いしてOKをもらっていまして、それを忘れるはずありませんから。

映画『パラダイス・ネクスト』

出演:妻夫木聡、豊川悦司、ニッキー・シエ、カイザー・チュアン、マイケル・ホァン、大鷹明良
監督・脚本・音楽:半野喜弘
音楽:坂本龍一

文化庁文化芸術振興費補助金(国際共同製作映画) 2019年/日本・台湾/日本語・中国語/カラー/ビスタ/100分/原題:PARADISE NEXT  

配給:ハーク
© 2019 JOINT PICTURES CO.,LTD. AND SHIMENSOKA CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED

7月27日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

公式サイト http://hark3.com/paradisenext/

ツイートする
シェアする

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ