ジャズやアート、教育の世界と多彩にコラボする三舩優子が、ピアノと朗読で描くリスト『巡礼の年』
2019年でデビュー30周年を迎えるピアニストの三舩優子さん。ジャズやパントマイムなどさまざまなアートとのコラボレート、子どもたちへの教育活動や、本を紹介する番組でのホストまで。多くのことにチャレンジしてきました。
三舩さんが記念すべき年に演奏するのは、デビューアルバムでも録音したリスト作曲『巡礼の年』。若きリストが旅したスイスとイタリアの絵画、文学、景色に感化された大曲に、神津カンナさんとのコラボレーションで挑む心境を語っていただきました。
スランプさえも「チャレンジ」のマインドで乗り越えてきた30年
——今年でデビュー30周年を迎えられました。小学校時代をニューヨークで過ごし、桐朋学園時代には日本音楽コンクールで優勝。文化庁から派遣されて留学したジュリアード音楽院時代にはアメリカでの演奏活動も行うなど、若い頃から走り続けてこられた三舩さん、30年という年月をどうお感じになりますか?
三舩: 自分の中では「まだまだ新人!」と思っていた期間が長かったように思います。でも、あらためて振り返ってみると、さまざまな活動をやってこれたかなとも感じます。デビュー当初から「何事も経験」というのが自分のスタンスで、自然の流れに乗っていろいろなことに挑戦してきました。
——ピアニストとして非常に充実した年月でしたね。
三舩: ただ、自分の中でスランプというのはあって、とても意欲的な時期もあれば、自分の演奏が嫌になることもありました。ピアノ自体はずっと好きでしたけれど。仕事が重なると消耗してしまう時期というのは、誰にでもありますよね。そんなとき、私は自分の弾き方を見つめ直してきました。
——具体的には、どのように過ごされてきたのですか?
三舩: ジュリアード時代からの恩師マーティン・キャニン先生のもとにお伺いして、近況報告をしたり、レッスンをしていただいたり、悩みを相談させていただいたりしてきました。89歳になられるキャニン先生には、昨年もお会いしたばかりです(2019年5月9日に逝去)。
また、自分の活動にマンネリを感じてきてしまったときは、何か新しいことにチャレンジするようにしています。
全米の珍しい作品からドラムとのデュオでのアウトリーチまで! 多岐に渡る活動
——これまで本当に多岐にわたる取り組みをなさってこられました。コンサートピアニストとしての演奏会、日本の調律師の草分け的存在である村上輝久さんとの対談シリーズ、バーバーやガーシュウィン、ヴィラ=ロボスやヒナステラといった、北米や南米の作品を中心としたCDリリース、そして最近ではギロックのアルバムなど、教育作品にも力を入れていらっしゃいますね。
三舩: 実力と才能のある作曲家、轟千尋さんがお書きになった「きらきらピアノ」というシリーズもやりましたね。180曲を3日間でレコーディングしました。教則本というよりは大人も楽しめる作品集で、今ではコンサートで弾くこともあります。
——ピアノとドラムという、ありそうでなかったユニット「OBSESSION(オブセッション)」の活動も展開中ですね。ボロディンの《だったん人の踊り》、ラフマニノフの前奏曲『鐘』といったクラシックのレパートリーを、この編成で演奏されるというのには驚かされました! お2人は小学校へのアウトリーチも行なっているそうですね?
三舩: ドラムの堀越彰さんとの活動も、5年目を迎えました。ピアノとドラムは打楽器という共通点もありますが、まったく違った音色です。見た目が大きい楽器ですし、子どもたちはとても興味を持ってくれますね。ピアノが好きな子と、ドラムが好きな子、はっきり分かれたりしておもしろいですよ。
子どもたちの叩くドラムに私がピアノで合わせたり、ピアノで連弾をしたり。楽器の経験のない子どもたちとも、ガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》やラヴェル《ボレロ》を使って、楽しくアンサンブルしています。今は「参加型」の時代ですから、いろいろと工夫しています。親御さんもやりたくなってしまうようです(笑)。
——三舩さんご自身は、ピアノ以外の楽器や、クラシック以外のジャンルの音楽のご経験は?
三舩: 実は10代のころ、ロックバンドを組んでいたことがあります。私はヴォーカル担当でした。TOTOやフォリナーをカバーしましたね。フュージョン・グループの「スクエア」の追っかけをしたり、ジャズバンドを組んだこともありました。
——そうでしたか! ジャンルも幅広くご経験なさっているのですね。
三舩: ピアニストとしても、同じ作曲家の作品を網羅するというよりは、常にいろいろな時代のさまざまなスタイルのものを弾いていこう、というのが30年を通じてのポリシーだったように思います。
抒情性、歌そして浄化する心――リストの真髄を表現したい
――6月2日に開かれるデビュー30周年記念リサイタルでは、リストの『巡礼の年 第1年:スイス』と『巡礼の年 第2年:イタリア』を取り上げられます。
三舩: 『巡礼の年 第2年』は、1994年のCDデビューの際に取り上げた作品でもあります。高校時代からリストやラフマニノフらの規模の大きな作品を弾くことが増えましたが、リストについては海外の先生からよく褒められたこともあり、とくに好きでした。
リストは文章を書くなど、多面的な人でもありました。『巡礼の年』はバイロンの詩やセナンクールの小説など文学作品に触発され、絵画的な世界が表現されいます。鍵盤を端から端まで満遍なく使い、壮大なテーマを華やかに仕上げた素晴らしい作品。
リストというと、技巧的・派手といった印象から、あまり好まない方もいらっしゃるかもしれません。しかし彼の音楽の真髄はそういったところにあるのではなく、叙情性や、歌や、浄化する心にあるのだ私は思っています。人間の奥底にずーんと響くような、普遍的な力のある音楽なのです。
——文学といえば、三舩さんもかつてNHK-BS「週刊ブックレビュー」の司会を6年間務めるなど、本がお好きというイメージも強いです。
三舩: 子どもの頃からずっと詩を書いていましたし、詩集もたくさん読んできました。やはり、好きなものって変わらないんですね。絵画も大好きなのですが、『巡礼の年』にはそのすべてが詰まっています。風景や詩、そして宗教的な性質も持った作品です。
リストは「天国と地獄」というテーマを描き続けてきました。天と地、そして浄化というのは私自身のテーマでもあり、「Angel’s Hymn」(天使の賛歌)というタイトルでリサイタルを構成したこともありましたね。
神津カンナの朗読、イタリアの旅、ピアノを通じて広がっていく世界観
——リサイタルには、作家・エッセイストの神津カンナさんがゲストとして出演なさいます。どのようなコラボレーションになりそうですか?
三舩: カンナさんは親友です。とにかく博学で、何に対しても知識が深く、お話していてとても楽しい方なんです。ご家族(母は女優の中村メイコ、父は作曲家の神津善行)とも長くお付き合いさせていただいていますが、神津ファミリーは皆さん話術に長けていて素晴らしいですね。
実は以前、とあるサロンコンサートで、『巡礼の年 第2年』でリストが触発されたペトラルカの詩(ソネット)を、カンナさんに朗読していただいたことがあったのです。その際、既存の訳文を用いるのではなく、ご自身で原語の古いイタリア語を、古式ゆかしい日本語へと、とことん突き詰めた形で翻訳されて、素晴らしかったのです。ソネットの真髄、奥深い感情を訴える朗読でした。
ぜひ再演したいと思っていたので、今回再びお披露目できるので嬉しく思っています。音楽家の視点とはまた違うアングルから、『巡礼の年』や当時のお話をしてくださると思います。
——この節目の年に、改めてリストと、この作品に向き合うことで、新たに感じらたことはありますか?
三舩: 実は私……ずっとイタリアに行ったことがなかったんです。それで、つい先日、弾丸ツアーで行ってきました! 見たいものを見ようということで、私の「巡礼の旅」をしてきました。
リストが巡った場所、見たものを訪れ、ひたすら歩いて……。どこを見ても、歴史を感じましたね。とくにバチカン美術館には、あれだけの絵画や建築物を創造した人間の可能性の深さに圧倒されました。「トレヴィの泉」も、実は勝手に可愛らしいイメージを抱いていたのですが、行ってみたらすごい迫力で(笑)!
わたしたちクラシック・アーティストは、古い時代の音楽をやっているけれど、現代の社会や思いを投影するというのはアーティストとしての使命だと思うのです。古いものをただ再現するというだけではなく、人々が生きてきた長い年月の息吹、生き生きとしたものを音楽に吹き込みたい。イタリアでリストが感じ取ったであろう景色を、今を生きる私が鮮やかに描きたいという思いを新たにしています。
来年には『巡礼の年 第3年』を演奏することも視野に入れています。より宗教的な性質を帯びた作品で、あまり演奏されることはありません。私がやり続けたいと思っているのは、ピアノを通じて世界観を広げていくこと。さらに大きな広がりをお客様にも感じていただけるよう、そのポリシーを胸に臨みたいと思っています。
日時: 2019年6月2日(日) 開場 13:30/開演 14:00
会場: 白寿ホール(東京都渋谷区富ヶ谷1-37-5)
出演: 三舩優子
料金:
5,000円 全席指定・消費税込
4,500円 シニアチケット(65歳以上)
2,500円 学生席
問い合わせ: 0570-00-1212(ジャパン・アーツぴあ)
曲目:
フランツ・リスト作曲
『巡礼の年 第1年:スイス』
第1番「ウィリアム・テルの聖堂」
第2番「ワレンシュタットの湖で」
第3番「牧歌」(パストラール)
第4番「泉のほとりで」
第5番「夕立」
第6番「オーベルマンの谷」
第7番「牧歌」(エグローグ)
第8番「郷愁」
第9番「ジュネーヴの鐘」
『巡礼の年 第2年:イタリア』
第1番「婚礼」
第2番「物思いに沈む人」
第3番「サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ」
第4番「ペトラルカのソネット 第47番」
第5番「ペトラルカのソネット 第104番」
第6番「ペトラルカのソネット 第123番」
第7番 「ダンテを読んで―ソナタ風幻想曲」
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