水谷川優子がチェロで奏でる歌曲の世界~人間の声にいちばん近い楽器で歌い、語る
現在、日本とドイツを拠点に国際的に活躍しているチェリスト、水谷川優子さん。指揮者だった祖父・近衛秀麿氏の勧めでチェロを始め、モーツァルテウム音楽院に留学されましたが、水谷川さんは今回リサイタルのテーマに、恩師の教えをもとにした「Songs~奏(かなで)・唄(うたい)・語(かたる)」という言葉を選びました。その言葉に込められた想いや、リサイタルでの選曲について、じっくりとお話をうかがいました。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
チェリストの水谷川優子さんが自身でプロデュースするリサイタル・シリーズの第17回が、6月5日に東京文化会館小ホールで開催されます。テーマは「Songs〜奏(かなで)・唄(うたい)・語(かたる)」。シューベルトから武満徹まで、これまでに水谷川さんがライフ・テーマとして取り組んできたさまざまな歌曲を演奏するコンサートです。水谷川さんにとって「歌」とはどのようなものなのか、リサイタルにかける思いと共に語っていただきました。
「弾く」ことの先に「歌う」ことがあるという恩師の言葉
——歌曲を楽器で演奏するコンサートというのはとても興味がありますが、その発想はどこから生まれたのでしょうか。
水谷川 1990年にザルツブルクのモーツァルテウム音楽院に留学したのですが、そこで師事したハイディ・リチャウアー先生をはじめとする先生方から教えられたのが、「ただ音を弾くことが演奏ではない」ということです。リチャウアー先生のほかには、アーノンクール先生が「音でどう語るか」ということを常に語られましたし、シフ先生は常に「ただ弾けるだけでは問題外」とおっしゃっていました。単に「弾く」ことと「語る」こととは何が違うのか、というのが、私が20代で最初にもらった大きな課題だったのです。
5歳からチェロを始め、桐朋学園女子高等学校音楽科卒業、同大学ディプロマコースを経て、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院首席卒業、同大学院修士修了マギスターの称号を得る。同時期にローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミーのソリストコースにおいて研鑽を積みながら、ヨーロッパでの演奏活動を開始した。
いままでに勝田聡一、松波恵子、ハイディ・リチャウアー、故アルトゥーロ・ボヌッチ、室内楽を故ハンス・ライグラフ、メナヘム・プレスラー、ハーゲン弦楽四重奏団の各氏に師事、故アレキサンダー・シュナイダーに招かれNYストリングセミナー参加。第6回東京国際室内楽コンクール優勝、併せて齋藤秀雄賞とアサヒビール賞受賞、イタリア・カラブリア芸術祭コンクール優勝、ピネローロ国際室内楽コンクール2位、バロックザール賞など多数受賞。
現在、日本とドイツに拠点を置いて、各国でソリスト、室内楽奏者として活動中。日本での「リサイタルシリーズ」は毎年オリジナリティーに溢れるプログラミングを披露し『日本人離れしたスケールの大きさが大きな魅力』(ぶらあぼ)『豊麗な美音や見事な運弓運指から生み出される朗々たるカンタービレ』(音楽の友)と高評されている。邦楽をはじめとする異分野アーティストとのコラボレーションも多く、また「Trio SolLa(トリオ・ソラ)」メンバーとしても活動中。近年はアラブ諸国やシンガポールに招聘されオーケストラと協奏曲を共演、現地の音楽院でマスタークラスも行っている。これまでに伊勢神宮遷宮奉祝行事、熊野本宮大社御創建奉祝式年、京都・東寺において開宗1200年記念弘法大師恩謝・世界平和祈願奉納演奏を行なった。
活発なコンサート活動の傍らで、ライフワークとして少年院、ホスピスなどへの施設訪問演奏、スペシャルオリンピックス日本・東京のチャリティコンサートのプロデューサーを務めている。ユニークな活躍ぶりでラジオやテレビへのゲスト出演も多く、出演したNHK-FM「長崎・祈りの音色」が第73回文化庁芸術祭において優秀賞受賞、受賞理由のひとつにチェロ演奏が挙げられた。
ソロCDは「勇気づけ、包んでくれるような暖かい音色」(東京新聞)「心をノックするチェロ」(毎日新聞)と評され、黒田亜樹(ピアノ)と共演した最新アルバム「Black Swan〜ヴィラ=ロボス作品集」はNY Public Radio で月間ベスト新譜選出、各国のラジオ局で流れるなど好評を博している。
——デビューCDもブラームスの歌曲「歌の調べのように」がタイトルになっていましたね。
水谷川 モーツァルテウム音楽院を卒業するときにリチャウアー先生からいただいたのが、この曲が収められている「ブラームスの歌曲集Op.105」でした。リチャウアー先生からは「ただ弾くのではなく歌うのです。そうして歌えたら、今度は語れるように」と教えられました。デビューCDでは他にもいくつか歌曲を演奏していますが、その中には、祖父の近衛秀麿が北原白秋の詩に感銘を受けて作曲した「ちんちん千鳥」も入っています。歌曲を演奏するということは、作曲家が言葉を超えて音で描こうとしたものに近づくことだ、ということをいつも感じさせられる作品です。
実は2025年は、デビューCDをリリースしてからちょうど20年に当たります。このリサイタル・シリーズではいつも、そのときの自分が未来の自分に託す課題というような思いで選曲することが多いのですが、今回はそうしたチャレンジングな選曲ではなく、これまで自分が選んできた道は当然自分が通るべき道だった、という思いが強く出たプログラムになっています。
人の感情に語りかけるようなチェロの音色を
——ぜひ、今回のリサイタルの選曲についてお聞かせください。
水谷川 これまで、ピアニストである義父のラルフ・ゴトーニが演奏するシューベルトの歌曲をたくさん聴いてきましたが、ピアノが道を作って歌がその上を歩いていく、というようなイメージを持ってきました。シューベルトの歌曲は言葉を越えている、メロディにすべてが入っていると思っています。
シベリウスは、シューベルトの歌曲こそが歌曲だ、と思っていた私に、また違った歌曲の世界を拓いてくれた作曲家です。2枚目のCDでグリーグと共にシベリウスを弾きましたが、シューベルトの歌曲が心の内側にある声にならない叫びだとすれば、シベリウスの歌曲は自分の外側に向かっていく。そして音楽がとてもシンフォニックで、こんな世界があるのかと感動しました。
武満徹は、モーツァルテウムの修士論文で選んだ作曲家ですが、実は器楽曲よりも歌曲のほうに惹かれました。器楽曲は魂を抜き取られるような怖さがあるのですが、歌には怖さと茶目っ気の両方があって、シンパシーを感じます。
狭間美帆さんのアレンジによるガーシュウィンは、2014年のCD『Con anima〜魂を添えて〜』に収録した作品です。“狭間流”の素敵なジャズを楽しんでいただければと思います。他に、ピアノを弾いてくださる山田武彦さんの編曲による日本の歌も演奏する予定です。
よくチェロの音色は人間の声にいちばん近い、といわれますが、人の感情に語りかけることができるのがチェロの魅力であり、そんなチェロでしかできない表現をお届けしたいと思っています。
日時: 2025年6月5日(木)19:00開演
会場: 東京文化会館 小ホール
出演: 水谷川優子(チェロ)、山田武彦(ピアノ)
曲目: F. シューベルト/音楽に寄せて、魔王、J. シベリウス/逢引きから戻った娘、夢なりしか、G. ガーシュウィン=挾間美帆/Summertime、I Got Rhythm、武満 徹/ワルツ(映画『他人の顔』より)、うたうだけ、ほか
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