高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第17回

ダンスと能、究極の一期一会——笠井叡×津村禮次郎「伝統と創造シリーズ」vol.11『nevermore ネバーモア』

記事
2019.12.17

能楽堂の空間でコンテンポラリー・ダンスの振付家が創作を行ない、話題の舞台を送り出している、セルリアンタワー能楽堂の「伝統と創造シリーズ」。2020年1月、舞踊家の笠井叡と能楽師の津村禮次郎が初共演。高橋彩子さんが『究極の一期一会』と語る2人の注目公演を紹介してくれました。

高橋彩子 舞踊・演劇ライター
高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

舞台は一回性の芸術だ。その時だけのキャスト、スタッフが揃い、すべてのタイミングが合致して至上の瞬間が生み出されても、享受できるのは一握りの観客だけ。やがてその瞬間は、時の経過とともに消え去り、二度と蘇らない。そのことが舞台芸術を、儚く美しく、抗し難いほど魅力的にしている。

そんな舞台の中でも究極の一期一会と呼ぶべき公演が1月に行なわれる。舞踊家の笠井叡(かさい・あきら)が演出・振り付けし、能楽師・津村禮次郎(つむら・れいじろう)と共演するセルリアンタワー能楽堂の「伝統と創造シリーズ」vol.11『nevermore ネバーモア』。津村は42年生まれ、笠井は43年生まれと、ほぼ同世代ながらこれまで交わることはなかった2人が、満を持して初共演する舞台だ。

能楽師・津村禮次郎(左)と舞踊家の笠井叡。

©熊谷直子

ダンス界の最前線を走る舞踊家・笠井叡

笠井のキャリアは、2人の偉大な舞踊家、大野一雄と土方巽との出会いなくしては語れない。大学生の時に大野に師事し、その稽古場で土方と出会った笠井は、彼らとの活動や自身のソロ活動で頭角を現す。71年に人間の身体にアプローチする技術を研究する場として“天使館”を設立するが、79年、突如ドイツのシュトゥットガルトに移住。ドイツではルドルフ・シュタイナーの人智学やオイリュトミーを研究する。85年の帰国後は15年間の沈黙ののちに活動を再開。

舞踊家の笠井叡(かさい・あきら)

近年は、古事記、フランス人権宣言、大日本帝国憲法、三島由紀夫「英霊の声」など、現在の日本国憲法に至るさまざまなテキストを扱った『日本国憲法を踊る』や、シューベルトの同名の歌曲集24曲すべてを踊る『冬の旅』などのソロ作品も話題に。時に言葉を発しながらのパンキッシュな踊りで、今なおダンス界の最前線を走っている。

笠井がシューベルトの歌曲の世界に挑んだ『冬の旅』©bozzo

古典、新作、ダンス界にも貢献する能楽師・津村禮次郎

津村のキャリアもまたユニークだ。大学在学中に能に出会い、津村紀三子、二世観世喜之に師事。津村紀三子は、女性が能を演じることが許されていなかった時代に演能したため一度は破門され、後年、能楽界に復帰して女性で初めて師範の免状を取得した、女性能楽師の草分けだ。

津村は彼女の養子となり、74年に緑泉会を継承。そのあいだに日蓮宗本山海光山佛現寺で出家し、僧籍を取得してもいる。

能楽師・津村禮次郎(つむら・れいじろう)

能の古典や新作への取り組みに加え、近年特筆すべき津村の活動として、コンテンポラリー・ダンス界への貢献が挙げられる。森山開次、アレッシオ・シルベストリン、森優貴、小㞍健太、酒井はな、小野寺修二、平原慎太郎、黒田育世……など、津村を通して能の世界に触れた舞踊家は多い。

セルリアンタワー能楽堂の「伝統と創造シリーズ」は、能楽堂という空間をコンテンポラリー・ダンスの振付家がどう解釈し扱うかを問う企画だが、津村は毎回顔ぶれの変わるこのシリーズのすべてに出演している。

シェイクスピアに基づく舞踊作品と、ヴェルディのオペラを併演した「伝統と創造シリーズ」vol.7『オセロー&オテロ』で、津村はイアーゴを演じた。
©Toshi Hirakawa

時の経過とともに“私”の心が動く......ポーの『大鴉』を題材に共演

さて、すぐにピンと来た人もいるかもしれないが、今作のタイトルは、アメリカ出身の作家エドガー・アラン・ポーの詩『大鴉(おおがらす)に由来する。

読書をしながら眠り込んでしまった“私”の部屋のドアを誰かが叩く。やがて大鴉が部屋に入ってくる。名を尋ねると大鴉の返答は「Nevermore」。その後、“私”が何を言っても大鴉は同じ単語しか発しない。そんな大鴉の答えが鏡のように“私”の心の闇を映し出し、恋人レノーアを亡くした絶望が“私”を覆い尽くす——。

エドガー・アラン・ポー(1809-1849)
フランス人画家エドゥアール・マネ(1832-1883)による『大鴉』の挿絵。

原語は韻や暗喩に満ちた精緻な詩になっており、日本語では日夏耿之介や西條八十が格調高い翻訳を施している。

かつて笠井が土方から将来作ってみたい作品を聞かれたとき、挙げた作品の一つが本作だったという。今回、笠井の中には、自身が“私”、津村が大鴉とのイメージがあるというが、これは稽古の中で変わっていくかもしれない。リハーサル映像を見る限りでは、笠井と津村は“対”のようにも“分身”のようにも感じられる。

『nevermore』リハーサル映像

この2人のデュオを中心に、“逍遥”としてモデル甲田益也子によるレノーアや川村亘平斎の影絵も絡んで進行していく。さらにカポーティの小説『冷血』の世界も交錯するとか。音楽には、ガムラン、カントリーミュージック、ヴァイオリンの音源などを予定。

この詩では、本稿の冒頭で述べた舞台芸術の特性同様、時の経過が重要になってくる。大鴉が発する「nevermore」は終始同じなのに、“私”の問いかけによりそのニュアンスが変わり、それを受けて“私”の心も動いていく。この舞台の創作および上演にも、“私”と同じように予想だにしない変化が訪れ得るだろう。

リハーサル風景

これまでは若い振付家を相手に、能舞台についてアドバイスをしてきた津村が、今回は同世代の笠井とのコラボレーションでどのような姿を見せるか、能舞台という特殊な形状・雰囲気の中で笠井の世界はどう展開するのか、気になるばかりだ。

いずれにしても、今回の舞台は、今後もう決してない(=nevermore)ほど特別な公演となるに違いない!

リハーサル風景
公演情報
伝統と創造シリーズ vol.11『nevermore ネバーモア』

日時: 
2020年1月17日(金)17:00開演
                    18日(土)19:30開演
会場: セルリアンタワー能楽堂(東京都渋谷区桜丘町26-1 地下2階)

演出・振付: 笠井叡
出演: 津村禮次郎、笠井叡
影絵: 川村亘平斎
逍遥: 甲田益也子

衣裳: 萩野緑
照明: 渡辺敬之
音響: 市村隼人

宣伝写真: 熊谷直子
宣伝デザイン: 坂本陽一

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