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2022.11.11
イギリス音楽ファン必携の一冊!『英国音楽大全』を著した人物

「イギリス音楽」の普及に尽力した昭和の音楽評論家 三浦淳史を知っていますか?

今でこそ、「イギリス音楽」は日本のオーケストラによって頻繁に取り上げられ、CDも数多く発売されるようになりましたが、昭和の頃の日本の音楽界では、まだまだマイナーな存在でした。しかしそんな時代にも、愛情をもって熱心にイギリス音楽を紹介し続けた音楽評論家がいました。

中沢十志幸
中沢十志幸 音楽之友社 出版局

東京生まれの千葉県育ち。大学の文学部を卒業後、音楽之友社に入社、1991年から、若干の空白を挟み、『レコード芸術』編集部に所属、2007年より同誌編集長。13歳からク...

三浦淳史 写真提供:三浦頡剛

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日本の「イギリス音楽」受容に大きな足跡を残す

20世紀の後半に活躍した音楽評論家・三浦淳史(1913.11.1~1997.10.13)をご存じでしょうか? 

作曲家の伊福部昭に興味を持っている方なら、伊福部との交友関係で三浦淳史という名前を目にしたことがあるかもしれません(伊福部を作曲家の道へと導いたのは三浦だったといわれています)。

しかし昭和からのクラシック音楽ファンにとって、三浦淳史という名前と真っ先に結び付けられるのが「イギリス音楽」であることに、異論の余地はないでしょう。当時(主に1960~80年代)発売されたイギリス音楽を収録した国内盤レコードやCDのライナーノーツ、イギリス音楽に関する雑誌等の記事の、おそらく8割近くを執筆していたのが三浦だったからです。当時のイギリス音楽の聴き手の多くが、彼の文章の恩恵にあずかっていたと思われます。

三浦淳史は1913年(作曲家ブリテンと同年)に鉱山冶金学者を父に、五人兄弟の長男として秋田に生まれました。父親が北海道大学で教鞭をとることとなったため一家は北海道に渡り、札幌第二中学校で生涯の友となる伊福部昭と知り合います。そして北大予科に進み、三浦は在学中の1934年に伊福部、早坂文雄らと「新音楽連盟」を結成、そこで同時代の音楽を紹介する一方、音楽雑誌などに寄稿を始めるのです。

その後、三浦は東北帝国大学に移って、1940年に卒業しました。卒業後は中国で日本語教師の職につきますが、終戦で帰国します。

戦後は高等学校の英語教師を務めるかたわら、洋書や欧米の雑誌の収集・購読を熱心に行ない、それらを通じて海外事情に精通していたことから、音楽雑誌やレコード会社から執筆依頼が多く寄せられるようになります。そしてそれ以後は音楽評論家として幅広く活動、最初の著作は『現代アメリカ音楽』(新興音楽出版社、1948)でした。

音楽之友社では、『音楽の友』や『レコード芸術』、『音楽の窓』(現在の同名メールマガジンの前身で、かつて紙で発行されていた宣伝誌)等で連載を持ち、『週刊FM』のディスク評を担当したほか、『音楽芸術』にも頻繁に寄稿しました。

指揮者のロリン・マゼール(右)にインタビューする三浦淳史 写真提供:三浦頡剛

愛情あふれる文章で数多くの読者を感化

音楽や音楽家への愛情あふれる三浦の文章は、『レコードのある部屋』(湯川書房)、『レコードを聴くひととき ぱあと1』『同 ぱあと2』(東京創元社)、『演奏家ショートショート』(音楽之友社)、『続・演奏家ショートショート』(同)、『20世紀の名演奏家 今も生きている巨匠たち』(同)、『アフター・アワーズ』(同)などで単行本化されています(いずれも現在は絶版)。三浦は主に英米の作品や、海外の演奏家事情に関する文章を得意とし、特にディーリアスブリテンなど、イギリス音楽に関する文章では、数多くの読者を感化し、影響を与えました。

三浦淳史没後25周年&ヴォーン・ウィリアムズ生誕150年記念

今年、2022年は、そんな三浦が亡くなってから25年の節目に当たり、作曲家ヴォーン・ウィリアムズの生誕150年の記念年でもあります(さらにディーリアスも生誕160周年!)。このたび音楽之友社から刊行された書籍英国音楽大全 「イギリス音楽」エッセイ・評論&楽曲解説集は、これを記念して、三浦によるイギリス音楽に関する「エッセイ・評論」と「楽曲解説」を可能な限り集めてセレクトし、まとめたものです。意外にもこれまで、三浦によるイギリス音楽に特化した著作が刊行されたことはなかったので、本書は初の一冊となります。

『英国音楽大全「イギリス音楽」 エッセイ・評論&楽曲解説集』三浦淳史 著
定価:本体3,600円+税
判型・頁数:A5(ハードカバー)・416頁
(音楽之友社)
〔この本に登場する作曲家:アーノルド/バックス/ブリッジ/ブリテン/バターワース/ディーリアス/エルガー/フィンジ/ハーティ/ホルスト/アイアランド/ランバート/マッカン/モーラン/パーセル/ローソーン/ティペット/ヴォーン・ウィリアムズ/ウォルトン/ウォーロック/ライト・クラシカルの作曲家たち(ケテルビー、コーツ、サリヴァン等)〕

この本は全2部構成で、第1部が「エッセイ・評論集」、第2部が「楽曲解説集」となっていますが、ディーリアスブリテンエルガーホルストなど、三浦のお気に入りの作曲家について、読み手の琴線にふれるような文章で語られた心温まる「エッセイや評論」は、21世紀の今、読んでみても少しも色褪せていません。また、現在とは異なり、インターネットなどがなかった時代に、手段を尽くして海外から資料を集め、時間をかけて書き綴られた「楽曲解説」の充実度には、驚嘆するしかないでしょう。

イギリス音楽ファン必携の一冊!

この本に収録されているエッセイ「シナラ」(ディーリアスの同名作品にちなんだもの)に登場する作家・翻訳家の南條竹則がそうだったように、三浦淳史は読者からのぶしつけな手紙や問い合わせにも丁寧に対応する人でした(今では考えられませんが、当時は出版社の発行する年鑑や手帳に、関係者の連絡先が普通に掲載されていました)。この本の巻末に「三浦淳史さんのこと」を執筆した仙波知司もそうですし、かくいう私も大学生時代に、卒業論文を書くために作曲家バターワースに関する質問を記した手紙を書き、温かい返信を頂戴した一人です。その時の感激は今でも忘れられません。その後、音楽之友社に入社し、『レコード芸術』で原稿をお願いできる立場になってからは、原稿を頂戴するたびにお会いして、イギリス音楽のいろいろな話をお伺いすることが楽しみでした。

ところで、この本に収録されている文章は、さまざまな時期に、出版社やレコード会社、演奏団体等による、さまざまな形の依頼に応じて執筆されたもので、三浦自身もこれらの原稿が一冊にまとめられることを想定していなかったでしょうから、各文章間で書き方等の統一がないこと(特に楽曲解説については、短いものがあれば長いものもあり、「楽器編成」があるものとないものが混在するなど、書式がまちまちです)、複数の文章で記述の重複があること、また、内容については執筆された時代――1970〜80年代中心――の情報がもとになっていることなどに留意する必要がありますが、それでもイギリス音楽に関する文章や楽曲解説(全219曲収録!)を、これだけまとまった形で読めるものはこれまで皆無でしたから、この本の存在意義は大きいと思います。まさしく「イギリス音楽ファン必携の一冊!」といえるでしょう。

中沢十志幸
中沢十志幸 音楽之友社 出版局

東京生まれの千葉県育ち。大学の文学部を卒業後、音楽之友社に入社、1991年から、若干の空白を挟み、『レコード芸術』編集部に所属、2007年より同誌編集長。13歳からク...

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