音楽療法で心とからだをととのえよう!好きな音楽を使って一人でもできる健康法
音楽の心身への効果を治療に生かす音楽療法は、20世紀前半のアメリカでその基礎が築かれ、日本でもここ約半世紀以上にわたって実践と研究が進められてきました。好きな音楽を聴くだけでなく、それが心身の健康にも役立つのなら、こんなに嬉しいことはない!ということで、家でも気軽に実践できる方法を、音楽療法士の佐治順子先生に教えていただきました。
東京藝術大学音楽学部卒、同大学院修了。東北大学大学院後期博士課程修了、博士(教育学)。昭和音楽大学、宮城大学、鈴鹿短期大学などで教鞭をとり、世界音楽療法連盟臨床実践委...
音楽療法とは
——佐治先生は、音楽療法士として数多くのセッション**に取り組んでこられたと同時に、音楽療法*の研究者でもおられました。
音楽療法ときくと、グループで楽しむ音楽プログラムのようなイメージがまず浮かんでしまうのですが、「療法」とあるように、対象となる人の心とからだの状態が改善に向かうように、データを取りながら科学的に取り組んでいくものなのですね。
佐治 はい。1990年代から、日本国内でも音楽の医科学的な研究が行なわれてきました。私が県立宮城大学に在職していた時も、病院の医師、大学の医学・理工学研究科や加齢研究所、そして看護学研究科の先生方とともに、音楽療法前後の脳波解析や音声分析を行なったり、実践中の心電図や呼吸数、心拍数、酸素飽和度(SPO2)などを計測しながら、音楽療法によって心身にどのような変化が起こるのか、科学的なデータを収集してきました(1…記事最後の参考文献の番号、以下同)。
*音楽療法とは:音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること(日本音楽療法学会の定義)
**セッションとは:音楽療法士と対象者が、設定した目標を達成するために行なう一連の音楽支援活動のこと
アルツハイマー病予防は40歳代から
佐治 音楽療法によって生活の質向上や維持、改善が期待できるものの一つに、初期の認知症があります。アルツハイマー病は、認知症の中でもっとも多い疾患で、体外に排出されずに脳内に残った蛋白質(βアミロイド)が、脳の神経細胞に絡みついて、細胞数を減少させていく病気です。実は、発症は20年ほど前からすでに始まっていると言われています(2)。
認知症は、通常60歳代から症状が出てくることが多いので、そこから20年逆算すると、40歳代から少し気をつけて過ごすことが大切ですね。
この年代は、ちょうど子育てや仕事でストレスが多い時期ですよね。過度の(不快)ストレスは、脳内老化を促進させ、とくにβアミロイドを脳内に蓄積させる原因となります(3)。
好きな歌を歌って脳をきれいに!
――「βアミロイド」という言葉を初めて聞きました。これは何のことでしょうか?
佐治 アルツハイマー病の原因と考えらえる、脳内に蓄積される悪性のタンパク質のことです。
このβアミロイドは、若いうちは老廃物と一緒に体外に排出されますが、40歳代を過ぎて、とくに過度のストレスが多くなると、排出される流れが滞ってきて、脳神経に絡みついてしまいます。
ですから、音楽などの有効な外部刺激によって、脳血流をスムーズにして、βアミロイドが老廃物として体外に輩出されるようにすれば、脳内はきれいな状態でいられるということになります。
――そのために音楽療法が使えると?
佐治 はい。とくに、歌を歌うことは有効です。なぜかというと、歌うためには肺で呼吸をし、口を動かし、声を出しますから、脳、肺、心臓、口、喉、目、耳など、全身の機能を使うことになるからです。
音楽療法では、口を開けることを意識して、はっきり発音して歌うことを奨励しています。口や喉周辺の筋肉を、会話するとき以上に動かし、呼吸も周期的になりますので、脳が活性化され、βアミロイドが排出されやすくなります(4)。
――でも、家の中であっても、なかなか大声では歌いづらいですよね。
佐治 そうですね、音が漏れないか気になったり、家の人に聞かれたら恥ずかしいということもあるかもしれません。口を動かすことが大事ですから、小声でもいいんですよ。
そもそも、歌詞全部をはっきり発音して歌うと疲れますので、歌のフレーズの最初の歌詞だけはっきり歌えばいいのです。最初をはっきり歌えば、あとは口がそのまま自然に動いてくれます。
口の周りの筋肉も、何もしないでいると、30歳代後半から下降の一途らしいですね(5)。その老化現象をなだらかにするためにも、歌うことは有効です。
歌は高血圧にも効果あり
――年齢を重ねると、血圧が高めになる傾向がありますが、音楽療法は血圧にも効果がありますか?
佐治 はい、ありました。3年間、病院での音楽療法で、音楽療法の前後に看護師さんに計測してもらったデータを分析したところ、音楽療法が、血圧の正常化にも効果があることが明らかになりました。
音楽療法のセッションの後では、血圧が平均してだいたい10mmHgは下がりますが、心拍数・呼吸数(1分間に行なわれる心拍・呼吸の回数)も下降し、安定します(6)。
たとえば、認知症高齢者の集団音楽療法で、歌唱中の心拍数・呼吸数を測定したとき、重度認知症の方も、中軽度認知症の方も、1年後にはどちらも減少しました(健常値内)。従って、継続して歌を歌うことは、周期的な呼吸をすることになり、呼吸数や心拍数の安定へ繋がると考えられます(7)。
転倒防止に足首運動も組み合わせて
佐治 それから歌を歌うとき、足首運動も組み合わせると、転倒防止にも役立ちます。
――高齢の方が、家の中で転倒される例をよく聞きます。
佐治 それは、足首が硬くなっているのが原因の1つなんです。私たちは、日常的に手首はよく動かしていますが、足首は手首ほど動かさないですよね。椅子に座って歌いながら、歌を歌う前に、たとえば、4/4拍子の場合は4拍目でブレスをし、同時に足首を上げ、最初の1拍音と一緒に足首をおろす動きをします。
私の卒業生には看護師や養護教諭、幼稚園や保育園の教員が多いのですが、「休憩時間に、座って交互に足首を上下に動かすだけでむくみが少なくなった」「夜寝る前に、この足首運動をしたら、足が以前よりつらなくなった」と、好評でした。
① 背筋を伸ばし、椅子に浅く座ります。両手は椅子の横を軽く持ちます。この姿勢が、腰への負担を少なくするいちばん良い姿勢です。
② 両足のかかとを床につけたまま、右足だけゆっくりつま先を上にあげ、おろします。同様に、左足だけゆっくりつま先をあげ、おろします。
③ 両足のかかとをつけたまま、両足のつま先をゆっくりあげて、おろします。
④ 次は反対に、両足のつま先をつけたまま、右かかとを上にあげ、おろします。同様に、左かかとを上にあげ、おろします。
⑤ 両つま先をつけたまま、両かかとを上にあげ、おろします。
⑥ 両手で椅子の横を押さえながら、ゆっくりと足踏みをします。
佐治順子著、2023:『音楽でかわる 高齢者の心とからだ』音楽之友社、39より
歌が苦手な人は リズム打ちはいかが?
——歌うのに適した曲はありますか?
佐治 弱起*ではなく、強起**の曲がいいですね。弱起の曲だと、いつ歌っていいか、足首を上げていいか迷ってしまいますからね。
歌うだけでなく、手や膝などを叩くのでもいいんです。音楽に合わせてリズムを打つだけでも、周期的なリズムに乗って、音楽を楽しむことができます。
*弱起とは:ある楽曲が弱拍、すなわち小節内の第1拍(強拍)以外の拍から始まっていること
**強起とは:ある楽曲が、小節内の第1拍(強拍)から始まっていること
——リズム打ちは、好きなようにやっていいのでしょうか? 机をたたいたり、手拍子をしたり……。
佐治 はい。まずは、毎回1拍目を強調します。ただし、同じリズムが続くと、脳は「ああ分かった分かった」といって、眠ってしまうらしいんです。
なので、たとえば4/4拍子の場合は、ときどき1拍目と3拍目を強調したり、その後、1拍目だけ強調するに戻したり、あるいは、2小節ごとに1拍目を強調するに替えたりすると、脳が「おっ」と起きてくれる。あるいは、緊張して、ずっと起きていてくれます。
つまり、変化のあるリズム刺激が、脳血流を促してくれます。また、リズムに強弱をつけることも、新たな刺激となって、より効果的になります。
——歌と同じく、フレーズの初めの音で打つのもよさそうですね。
佐治 ええ。手から骨伝導で脳を刺激するので、いいですね。ただし、リズムを打つためには、初めの音が始まる前に、打つ準備、歌でいえばブレスが必要です。
タオル体操で脳を刺激
佐治 タオルを棒状にして両端を持って、好きな曲に合わせて頭の上にゆっくり上げたり、下げたり、腰の前で両手をのばして、そのまま右端までもっていったり、左端までもっていったりすると、いいストレッチ運動にもなります。
運動は、ゆっくりでいいのです。ポイントは、上下や左右にもっていったときに、少しそこで止めておいてから戻すことです。1回血流を止めておいてから、緩めて一気に流す。そうすることで、血流の流れに変化をつけることができます。
実際に、音楽療法時の筋血流をとった研究もあり、効果がありましたから、ぜひやってみてください(8)。
音楽で気分を整える方法
—―音楽の三要素(旋律・リズム・ハーモニー)の中で、リズムがいちばん原初的で基本的な要素といわれています。佐治先生の音楽療法のセッション記録でも、リズムをとる能力は、人間の生命のいちばん最後まで残っていました。
佐治 はい、そうなんです。その最たるものが、心臓の鼓動ですね。実は人には、それぞれに固有テンポがあります。みんなでこのテンポで歌いましょうといっても、ある人にとってはちょうどよくても、ある人にとっては遅すぎたり、速すぎたりして、なかなか一斉に全員が心地よいテンポは難しいですね。
—―その固有テンポは、人が本来持っているものなのですか? 性格も関係しますか?
佐治 せっかち気味だったり、のんびりタイプだったりと、その人の性格によって生活のリズムが異なりますので、固有テンポも異なってきます。また同じ人でも、嬉しいことがあるとテンポが上がり、悲しいことがあるとテンポが下がる、ということもあります。
—―では、気分を上げたいときはアップテンポの曲がいいのでしょうか?
佐治 それが違うんですよ。気分が落ち込んでいる時は、その時の気分に合った、ゆっくりした曲を聴くのがよいのです。まずは殻の中に入っている自分の気持ちを外に出すことが必要なんです。そのためには、自分の気持ちと同じような音楽があると、リラックスして、殻の扉が開き、気持ちが外に出やすくなるからです。
完全に心が閉じている、たとえば引きこもりのような症状のある方でも、その方のつらい気持ちに合わせた音楽を提供していくと、扉が開いては閉じ、開いては閉じながら、少しずつ心の扉を開いてくれるようになります。完全に開いた時にはじめて、少し明るめの音楽を加えては、様子を見て調節して行きます。
これは音楽療法のセッションになりますが、そこまで重症ではなくて、ちょっと疲れている場合にも、まずは、自分の気持ちに合う、暗めのゆっくりした曲を聴くのがよいのです。
それとは逆に、カッカしているときは静かな曲ではダメなんです。そのときの気持ちに合った、かなりテンポの速く強めの音楽を聴く。それからだんだんテンポを下げていくと、最後には「なんでさっきはあんなに怒ったんだろう?」と、気持ちが落ち着いてきます。
一人もいいけれど 誰かと一緒にやるのも楽しい
—―これまで家で一人でできる方法を教えていただきましたが、だれかと一緒にやる、たとえば家族や友人とでしたら、どういうことができますか?
佐治 いちばん簡単なのは、「手遊び歌」ですね。たとえば、「♪お寺の和尚さんがかぼちゃの種を蒔きました(交互に手を合わせる)。芽が出てふくらんで(各人が両手を合わせ膨らませる)、花が咲いたら(両手を開く)、じゃんけんぽん(じゃんけんをする)♪」。こういう手遊びを、2人ずつ何組かでやるとか。すると、一気にその場の距離が縮まり、笑顔になります。
踊りもいいですね。たとえば、夏の風物詩の盆踊りなど。旋律や踊りを知らなくても、身振り、手振り、手拍子だけでも参加でき、楽しめますね。
—―好きな曲を聴きながら、勝手に踊ってもいいですよね。
佐治 もちろん結構です。人に迷惑をかけない限り、いつでも、どこでも、自由に歌って、踊って、楽しんでください。
手づくり楽器で癒される
—―音楽療法に使う楽器で、おすすめはありますか?
佐治 私の音楽療法では、トーンチャイムをよく使います。残響が長い打楽器なので、とくに、緩和ケア病棟や高齢者施設、精神的に落ち込んでいる方には最適です。
もし少人数でトーンチャイムを使うのでしたら、5度(属音)と1度(主音)の関係にある音(たとえば、ハ長調の場合は、「ソ」と「ド」)を用意し(1本ずつ)渡します。
こちらが「ソ」を鳴らして、相手が「ド」を鳴らす、あるいは逆でもOKです。できればお子さんや対象者の方には、主音「ド」を与えて、最後は主音のロングトーンで終わるようにしてあげると満足感や達成感が得られ、精神的に落ち着きます。
いちばん喜ばれたのは、子育て中のお母さん方でした。子育て中は、いつもどこかで気を張っていますよね。ある時、トーンチャイムを使って、《夕やけ小やけ》の和音奏(9)(1度4度5度グループに色を分けて、色指示を出して演奏)をすると、泣き出す方もいらっしゃいましたね。「疲れがとれました」とか、「私、今まで何をしていたんだろう」と話し出す方もいました。
—―このトーンチャイム演奏だったら、楽器ができなくても音楽をつくることに参加できる喜びがありますね。他にも小物打楽器ですとか、いろいろな楽器が使えるようですね。
たとえば鈴やマラカスは、軽くチリチリチリチリってやさしく鳴らすと、手首の運動にもなります。鳴子やタンバリン、ボンゴなどは、強弱をつけて叩くと、楽しくなりますね。
おすすめは、「水カリンバ」です。作り方は、まず缶ジュースの空缶2本の一つに、水を半分だけ入れます。もう一つの空缶を、飲み口同士で合わせて、防水テープでしっかりと巻きます。まわりに包み紙や余り布を貼りつけて、傾けると、ゴロゴロゴロゴロ、チョコチョコチョコと、湧き水が流れるような音が響きます。
あるいは、小さいペットボトルの中に傷んだ豆を入れます。豆の代わりに、小さなホックやビーズでもよいでしょう。キャップを閉めて傾けると、マラカスのような楽器になります。
長い木の筒に木の実を入れたレインスティックもいいですね。厚手の紙(ポスターやカレンダー)を丸めて、片方を塞ぎます。中に、乾燥した木の実やビーズなどを少し入れて、もう片方も塞ぎます。静かに傾けると、シャラシャラシャラと、波や風の音のような音がします。好みの包み紙などを貼って、自分だけのオリジナル楽器を作ってみるのも、楽しいと思います。
今は、鈴やマラカス、鳴子などは、100均ショップでも売っていますよ。タンバリンも数百円くらいで買えたりします。初めは手作りやお安い楽器で楽しみ、その後もっといい音が聴きたくなったら、本物の楽器を購入してみてもいいですね。
—―ここまで教えていただいた方法は、ふだんの生活にちょっとプラスすればできることばかりですね。好きな音楽とともに、心もからだも気持ちのいい状態で毎日を過ごしていけたら最高です。ありがとうございました。
(1)佐治順子,2006:『認知症高齢者の音楽療法に関する基礎的研究』風間書房,34-228)
(2)田平武,2022:『認知症治療研究会会誌』N0.8-2,10の図1
(3)増尾好則・二木鋭雄,2009:大沢俊彦・丸山和佳子『ストレスと脳内老化.脳内老化制御とバイオマーカー』第4編271-280,シーエムシー出版)
(4)宮本秀和,2020:『神経治療』37-5
(5)西銘亮他,2018 :『名古屋文化短期大学紀要』43集13-19
(6)佐藤佑・石川利寛他,1977:『体力科学』No.26-4,165-176.
(7)佐治順子,2004:宮城大学看護学部紀要N0.7-1,23-31.
(8)石井圭, 2015:日本生理学雑誌, の, 77-4,64.
(9)佐治順子, 2023:『音楽で変わる高齢者の心とからだ』音楽之友社, 51参照
音楽でかわる 高齢者の心とからだ
すぐに役立つ スペシャリストの音楽療法
佐治順子 著
音楽療法の第一人者・佐治順子による、手軽な実践本。音楽によって輝き、元気になる音楽療法の知恵をあなたに。著者の豊富な経験をもとに、とくに高齢者に効果のある実践を行なうための方法を、イラストや楽譜、図表を使ってていねいに解説。本書で紹介するセッションの主な対象者は、健常者、デイケア通所者、施設入居者、パーキンソン病患者。
本書の内容は、高齢者専門の音楽療法士の方だけでなく、これから音楽療法を学びたいと思っている方、音楽療法に関心のある方、介護職、看護職、教員職、保健福祉関係職の方、そして高齢者がいらっしゃるご家族の方にも、即効性がある。
セッションで実際に使える4つの付録(アンケート用紙、和音奏の例、評価表、プログラム選曲リスト)は本書ならでは。
音楽の知識は少しで充分。心とからだは音楽でかわる!
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