金管楽器ならこれを聴け!人類が愛したブラスの響きとアンサンブル&バンド音楽14選
金管アンサンブルの王道やブリティッシュブラス、ジャズ系、ジプシー系……などなど、金管楽器ファン垂涎の音楽を、ブラス雑誌の編集長を歴任した榎本孝一郎さんがご案内!
1958年、東京生まれ。千葉県立国府台高校吹奏楽部、学習院大学輔仁会管弦楽団、市川交響吹奏楽団幹事長として活躍。1990年よりディキシーランドジャズバンド「温楽隊」主...
前説〜金管楽器に魅せられ続けた人類
その1
唇の振動を、ある長さの管に反響させると、一定の倍音列を奏でることができる。そんなシンプルきわまりない「物理現象」が、金管楽器が音を出せる原動力なんです。赤ちゃんも唇を震わせてバブバブやるけど、要するにアレの発展形。いわば人類の原点ともいえる遊び=PLAYが、金管楽器の根っこに存在しているわけですね。
そのためかどうかは知らないけど(笑)、洋の東西を問わず金管楽器(もしくは、その発音原理である唇の振動=リップ・リードにより音を奏でる楽器)は大人気。日本の山岳信仰には不可欠の法螺貝、オーストラリアの先住民たちの「神器」とも呼べるディジュリドゥも、同じリップ・リードの楽器といえます。
その2
管に口を当てて叫ぶのとは違って、なにか神秘的な響きを生み出すこの行為は、人類の心に不思議な力を及ぼすと考えられていたようで、考古学の世界では「骨(人骨の場合もある!)のトランペット」の存在は有名だし、ツタンカーメンの墓からも古代のトランペットと思しきものが出土しています。
その3
中世ヨーロッパを震撼させたオスマントルコの軍隊の切り込み隊は、唇を鳴らす金管楽器と、唇の疑似形態とも考えられる2枚の葦を鳴らす発音機構を持つ木管楽器、そして太鼓を「武器」とする軍楽隊。彼らの奏でる音楽は、今でこそ親しみやすく感じられますが、当時の人々にとっては威圧する「轟音」であり、畏怖の対象だったわけです。
その4
怖い! という畏怖の気持ちは、信仰=頼りにしたい! という気持ちと背中合わせなものなのでしょうか。唇の振動だけで音楽を奏でられる金管楽器は、やがてヨーロッパの教会音楽の中で重要な位置を占めるようになりました。
そして、まだ金属そのものが貴重だった時代、製錬も加工も、現代とは比べ物にならないプリミティブ(原始的)な状態にもかかわらず、当時の王侯貴族は、現在の倍くらいの長さの管をもち、しかしヴァルヴ機構を持たないシンプルなトランペットを作らせ、権力の象徴として、さまざまな儀式に用いました。
自然倍音系列しか発音することのできないこの種のトランペットを、現代の我々は「ナチュラル・トランペット」なんて呼びますが、これをリップ・リードで鳴らしたときの素晴らしさは、まさに神を感じさせる神々しさ!
その5
現代のトランペットに比べると2倍の長さ(だいたい、現代のトロンボーンと同じくらいの、約3メートルです)を持つナチュラル・トランペットには、管体に穴をあけたタイプと穴のないタイプがあります。中世の時代に大活躍した当時は「穴なし」が基本でした。
しかしバロック時代以降、穴をあけることでより正確な音程で演奏できることに気づいてから、「穴あり」の楽器で演奏する人が増えてきました。その後、息が通る管の長さを弁を使って操作できる「バルブ装置」が開発されて、現在に至ります。
ナチュラル・トランペットを作るオランダバッハ協会のトランペット奏者
ブラスの楽器の響き、エネルギーを味わう!15選
古いトランペットを操るジャン=フランソワ・マデゥフ
その「穴あり」の流れに反して、現在も「穴なし」にこだわる当代随一の達人が、フランスのジャン=フランソワ・マデゥフ(Jean-François MADEUF)。
貴族の「高価な持ち物」であった時代の衣装を身にまとい、17〜18世紀当時の音楽を奏でるアンサンブル「Les Trompettes de Plaisir」や、同じように古いスタイルのままの木管楽器の達人たちと組んだ「Ensemble Eolus」などで、その妙技が楽しめます。
シンプルな管を、唇と息の力だけでコントロールしているとは信じられないくらい、精緻にして優美なその演奏は、古きよき時代の音楽の魅力を余すところなく伝えてくれます。
アメリカ、日本のスター奏者による『ガブリエリの饗宴』
17世紀初頭のイタリアで大人気を誇った作曲家ジョバンニ・ガブリエリ。その作品を、現代の金管楽器の合奏で蘇らせて世界的な注目を浴びたアルバム『ガブリエリの饗宴(The Virtuoso Brass of Three Great Orchestras Performing the Antiphonal Music of GABRIELI)』。アメリカを代表する3大オケの名手たちによるその華麗にして圧倒的な名演は1968年にリリースされ、金管楽器合奏の魅力を改めて世界に知らしめた歴史的名盤です。
若き日にこのアルバムにしびれた日本のヴェテランたちが結成した「ブラス・プリンシパル・ジャパン」によるオマージュと呼べる同名アルバムも、我が国の金管楽器のレベルの高さを世界に知らしめた名盤といえましょう。
フィラデルフィア管、クリーヴランド管、シカゴ響のメンバーによる『ガブリエリの饗宴』
都響、読響、N響の首席奏者たちが集結したブラス・プリンシパル・ジャパンによる『ガブリエリの饗宴』
金管合奏の火付け役、フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブル&ロンドン・ブラス
英国に生まれ、フィルハーモニアやBBCなどの一流楽団を歴任した名手フィリップ・ジョーンズは、1970年に仲間たちと自らの名を関した「フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブル(PJBE)」を結成し、1枚のアルバムをリリースしました。
前述の『ガブリエリの饗宴』はアメリカの名手たちによるその場限りのセッションでしたが、彼が結成したアンサンブルは世界的なツアーを大成功させ、金管合奏の人気を決定づけました。日本にも1974年以来、計5回来日し、卓越した演奏技術と巧まざるユーモアにあふれたステージで、多くのファンを魅了。1970年の万博で火が付いた日本の吹奏楽ブーム(万博で初来日した米国大学マーチング連合バンドが、そのきっかけになったといわれています)をさらに過熱させ、金管合奏ブームを巻き起こしました。
1986年に惜しまれつつ解散した後も、「ロンドン・ブラス」の名の下でフィリップ・ジョーンズが提唱した「大人数金管合奏」の火をともし続けてくれています。
フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブル(PJBE)
ロンドン・ブラス
ユーモアを兼ね備えた新時代の旗手、カナディアン・ブラス
PJBEが初録音をリリースした1970年、カナダでもチャールズ・デーレンバック(Tuba)を中心に金管五重奏団、カナディアン・ブラスが結成されました。トランペット2本、ホルン、トロンボーン、チューバ各1本というこの構成はPJBEにも含まれていましたが、中世から現代ポップスまで含んだ幅広いレパートリーを見事にわずか5人だけで表現する金管五重奏のスタイルを世界に広めたのは彼らです。スーツにスニーカーといういでたちとともに、カジュアルかつ知的な大人の音楽としての金管合奏の存在意義を確立したのも、間違いなく彼らです。
そして、彼らの楽しいパフォーマンス哲学は、マーチングをベースにした驚異的なステージアクト「ブラスト!」を生み出した原動力のひとつともなりました。
下記の動画リンクは最新のもので、ワイシャツにネクタイ……そしてやっぱりスニーカー! チューバのデーレンバックさんは今も現役で、黒いベルはカーボンファイバー製のオリジナル。
輝かしく圧倒的なサウンド、エムパイア・ブラス
2015年に惜しまれつつこの世を去った名手ロルフ・スメドヴィクを中心に、1972年に結成されたのがエムパイア・ブラス。スメドヴィクと同じ創立メンバーのサム・ピラフィアンの素晴らしいチューバも、今となっては聴くことがかないません。
しかし、彼らが創設したエムパイア・ブラスは、先述のふたつとはまた違った輝きをもって今も輝き続けています。その魅力はなんといっても痛快無比な超絶技巧。金管楽器の技術的限界をはるかに超えて、その音楽は金管楽器の無限の可能性を感じさせてくれます。
硬派なドイツの大編成、ジャーマン・ブラス
PJBEが提案した大編成金管合奏の可能性を、ドイツ人独特の感性で磨き上げたのがエンリケ・クレスポ率いるジャーマン・ブラス。1974年に五重奏スタイルで始まり、1984年頃には10人編成に拡大して現在の名前に。
トランペットの名手マティアス・ヘフスを擁し、超絶技巧はもちろん、クレスポの卓越したアレンジセンスで、幅広いレパートリーを知的かつ愉快に楽しませてくれます。ドイツといいながら、使用している楽器は基本的にアメリカンなところもユニーク。
ユニークな楽器と本気の演技!? ムノツィル・ブラス
ウィーン音楽大学で学んだ異才たちが、学校の前の居酒屋「ムノツィル」(ハンガリー系の店主の名前だそうです)で1993年に結成したムノツィル・ブラス。使用しているのはドイツやオーストリアの基本スタイルであるロータリー式ヴァルヴを搭載したトランペット……ですが、それをさらに彼らなりにユニークに改造しているところもマニアには注目の的。
しかしなんといっても、超絶なパワーと狂気さえ感じさせる演技力が彼らの最大の魅力。音だけでは彼らの魅力の半分しか伝わらないし、ドイツ語がわからないと本当の面白さはわからない……などと言いつつ、音だけ聴いていても存分に痛快さを楽しめるのがムノツィル最大の魅力かな。
映画『ブラス!』のモデル、グライムソープ・コリアリー・バンド
英国では、労働者の福利厚生の一環として金管楽器による合奏が親しまれてきました。映画『ブラス!』ではその様子が活写されていましたが(ラストの演説、アマチュア音楽家といえど、政治に対して歯に衣着せぬ発言を堂々と行なうシーンは必見)、そのモデルとなったのがグライムソープ・コリアリー・バンド。
同名の炭鉱夫たちの福利厚生の一環として、1917年に生まれたバンド。コルネットからバス(彼らは「チューバ」と呼ばずにこの名にこだわります)まで全部金管。金管楽器だけでトラディショナルジャズの名曲からクラシック管弦楽の名曲まで難なくこなす懐の深い表現力は、アマチュア音楽家の鑑。(2020年9月16日追記)
英国の伝統、金管バンドの代表格ブラック・ダイク・バンド
誤って映画『ブラス!』のモデル……などと紹介してしまい、ごめんなさい! ご指摘いただいた数多くの金管ファンのみなさん、ありがとう!! そうです、おっしゃる通りモデルバンドは前項の「グライムソープ」。しかし、金管バンドを語るなら「グライムソープ」とともに忘れてはならない存在がこのブラック・ダイク・バンドであることは、間違いじゃない(きっぱり)。
1974年にはともに英国が誇る音楽祭「BBCプロムス」にも出演して話題を呼びました。数年前の来日公演では若きバリトン奏者カトリーナ・マーゼラ(Katrina Marzella)さんらの素晴らしい女性独奏者たちが名演を披露、新鮮な驚きを巻き起こしました。
1855年にブラック・ダイク紡績(=Mils)工場の企業バンドとしてスタート。現在はMilsが外れたバンド名になっていますが、これは「親元」の紡績工場が業績不振に陥り、バンドの運営法人を設立して権利を買い取って独立した結果。こちらも、働くアマチュア音楽家の鑑です。(2020年9月16日修正)
ジプシーの旋律を奏でまくる、ファンファーレ・チォカリーア
バンド名は「ヒバリみたいにさえずる楽隊」という意味。ドイツ人のヘンリー・エルンストが欧州放浪中に、ルーマニアの寒村ゼチェ・プラジーニで「発見」したのがその発端。彼らは農作業の合間に結婚式などの余興のために金管楽器を習得(木管楽器や弦楽器は、農作業で荒れた指では操作が難しかったから……と彼らは語っている)。
ロマ(ジプシー)の旋律を独特の節回しと超絶技巧で、一糸乱れぬユニゾンで演奏しまくるその様子にしびれたエルンストが、1996年に現在の名を命名し、欧米の音楽祭に売り込みを開始して、各地で大絶賛を博しました。DVDは廃盤だが、彼らの生態を克明に記録した映画「炎のジプシーブラス」、どこかで見つけたらぜひ!
炎のジプシーブラス
インド映画音楽を伝統楽器とのコラボで〜ボリウッド・ブラス
映画大国インドのムンバイ(旧ボンベイ)は、「ボリウッド」と呼ばれたりします。もともと英国領だったインドでは、本国同様、金管バンドが実は盛ん……なんですけど、豪放磊落、自由奔放な表現力で、捧腹絶倒の世界観が実にユニークなんですね。
「ボリウッド・ブラス」は、イギリス発ながら、その空気感が感じられるグループ。木管・金管の混成スタイルの管楽器部隊と、タブラなどインド特有の打楽器軍団を中心に、時には弦楽器やヴォーカルまで交えて、洗練された腕とセンスをもつ名手たちが、ボリウッド映画の音楽をおなか一杯満喫させてくれます。
ニューオーリンズの音楽文化育む、ダーティ・ダズン・ブラスバンド
アメリカの内戦である南北戦争(1861-65)は奴隷解放を生み、それが黒人文化と欧州の文化を融合させてジャズが生まれました。その舞台となったのがアメリカ南部ミシシッピ河畔のニューオーリンズ。
そこで1977年に結成された「ダーティ・ダズン・ブラスバンド」は、トラディショナルなジャズと現代のヒップホップな感覚を融合させ、現在も解決されない人種問題に疑問を投げかけるなど、新しい音楽文化を生みつづけています。
「リバース(ReBirth)・ブラス・バンド」「ボーンラマ(Bonerama)」など数多くの新しいバンドに影響を与え、その日本公演は1993年に「ブラック・ボトム・ブラス・バンド」が誕生するきっかけともなりました。
リバース・ブラス・バンド、ボーンラマ
ブラック・ボトム・ブラス・バンド
ドラム・コーから華やかなショーへ〜ブラスト!
70年代のアメリカは、青少年の非行問題に悩んでいました。インディアナ州ではその防止策として音楽の活用を画策、マーチング(組織化された行進)を取り入れた音楽教育が功を奏して非行は激減。
そこで磨き上げた腕を「仕事」にすべく、演出家ジェイムス・メイソンやカナディアン・ブラスのメンバーは、1993年にマーチングを芸術化した音楽劇「ブラスシアター」を企画。それが発展して1996年に「ブラスト!(Blast!:爆裂)」と命名されたステージショーが生まれました。
金管楽器と打楽器、そしてヴィジュアル・アンサンブル(ダンサー)と照明部隊が織りなす「感情の旅路(Emotional Journey)」は、今も世界各地で大きな感動を呼んでいます。
動物たちが繰り広げる卓越したエンタメ、ズーラシアン・ブラス
人間もすなる音楽なるものを、動物もしてみむとてするなり……と書いたのは紀貫之ではなく、とあるイベント屋さんでした。いや、もちろん実際には、子どもたちの感性をもっと豊かにしたいと、真剣に考えた末に、横浜の動物園「ズーラシア」専属の金管五重奏団「ズーラシアンブラス」が誕生。20世紀最後の年となる2000年のことでした。
以来、年間150本を超えるステージをこなす動物たちは、「お友達プレイヤー」である日本のトッププレイヤーたちとともに、日夜怠りなく腕を磨くことに精進を続けています。ただ動物が楽器を奏でるだけではなく、その卓越したアレンジや魅力的なオリジナル作品に、多くの音楽ファンの注目が集まっています。
ブラスだけでなく、多様な編成で活動するズーラシアンブラス
番外編 ダニ・デ・バーザ(ダニエル・ヒメネス・カストロ)
冒頭で述べた「ナチュラル・トランペット」はヴァルヴをもたないシンプルな構造ですが、これはいわゆる「軍隊のラッパ」も同じです。スペインの軍隊では半音分だけ管を長くするロータリーヴァルヴを搭載した「スパニッシュ・コルネット」が用いられています。
この楽器を使って優美な旋律を奏でる名手が、ダニ・デ・バーザさん。故郷のバーザを取り込んだ「バーザのダニー」というのは芸名で、本名はダニエル・ヒメネス・カストロ。
まるでヴァイオリンのように聴こえるその音色は、あの軍隊のラッパとは思えないほどの美しさ。これは、倍音が「密」になってドレミファソラシド……に近い音階が奏でられる第7倍音以上の超高音域を自由にあやつることができなければ不可能な技なのですが、ただ鳴らすだけでも至難な業であるこの音域で豊かな音楽を奏でる彼の技術とセンスには、まったく脱帽です。
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