ノートルダム大聖堂のオルガンの歴史を体感するプレイリスト

録音に刻まれたパリ・ノートルダム大聖堂に響くオルガンの音色

プレイリスト
2019.04.25

世界中に衝撃を与えた2019年4月15日、パリ・ノートルダム大聖堂の火災。13世紀につくられたバラ窓や多くの宝物、そして堂内に鎮座するパイプオルガンは無事との報道がありましたが、戻ってこないものがひとつ。それは大聖堂に響くオルガンの音色。建物と一体のオルガンは、再建すれば響きが変わることが想像に難くありません。

このプレイリストでは白沢達生さんが、ノートルダム大聖堂のオルガンによる録音を中心に、この楽器の素顔に迫る音源をセレクト。長い歴史の物語を読みながら、まるで大聖堂の中にいるような音体験。復興への祈りとともに、その響きを感じてください。

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パリ・ノートルダム大聖堂の南ファサード
©Zuffe
白沢達生 翻訳家・音楽ライター
白沢達生
白沢達生 翻訳家・音楽ライター
英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...

建築の8割が無事――しかしオルガンの響きは......

パリを象徴する建築物のひとつでもあるこの数百年来の大聖堂が、屋根の補修工事中に出火、大きな火災にみまわれたというニュースは世界中を驚かせました。中世以来の木造の天井を一夜にして焼いてしまった炎のようすは、ネット越しの映像や動画で見ても被害の大きさを想像させるに充分なほど。

信徒の方々やカトリック教会にとって、もっとも大切な聖遺物をはじめ、多くの貴重な宝物類は被災せず(多くは被害拡大前に運び出されたか保全整備中で別所にあったため無事)、建築物全体としての構造も崩れずに済みました。象徴的なステンドグラス入りバラ窓も健在との写真が公開されるなど、鎮火後は不幸中の幸いともいえる続報が相次ぎ、多くの人が胸をなでおろしました。

政教分離を旨とするフランス政府も、キリスト教を奉じない人々も含まれるフランス国民に配慮しながら、被害に対する強い悲しみを公式声明で表明していました。

パリ・ノートルダム大聖堂を象徴する歴史的遺産のひとつ、ステンドグラスで作られた円形の窓「バラ窓」。

ステンドグラスと並んで災害時から安否が心配されていた堂内構造物のひとつが、何世紀ものあいだ名工たちによって入念に調えられてきたパイプオルガンです。

火元とは反対側にあったので高熱でパイプが溶けたりはせず「楽器そのものは健在」と嬉しい続報が出ましたが、しかしオルガンは建物あっての楽器。堂内全体の空気を振動させて響きわたる音は、鎮火作業で舞いこんだ煤(すす)の清掃も含めオルガン自体の補修をすべて済ませたとしても、天井が焼け落ちる前の音響どおりにははならないでしょう。

楽器の復活は長い目で見ていく必要がありそうです。なにしろ、数世紀にわたって欧州屈指の大都市の中心にありつづけてきた楽器ですから。

カトリック信仰の中心のみならずフランスという国の歴史とも不可分だった大聖堂を「音」で彩ってきたこの楽器に、キリスト教徒やフランス国民のみならず世界中の人がインターネットを通じてほぼ同時に、宗教性や国境を越えて関心を寄せている現状は、21世紀の新しい人と人のつながり方を垣間みせてくれているようでもあります。

多くの人々が関心を寄せずにおれないノートルダム大聖堂のオルガンは、どんな音楽とともにあったのでしょう。数多く残されてる名手たちの録音を通じて、災害前の大聖堂に響いた音を、数世紀にまたがる音楽を通じてふりかえってみたいと思います。

(以下、特記のないオルガン演奏はすべてノートルダム大聖堂の大オルガンによるもの)

ノートルダム大聖堂の大オルガン

ノートルダム大聖堂の大オルガンの響きを1曲で体感するのに、まずは現在の正規奏者のひとりオリヴィエ・ラトリーの映像をどうぞ。

ラトリーは今年1月にバッハの作品集をこのオルガンで録音したばかりで、そのときのインタビュー映像です。火災前のオルガンの姿も演奏台のようすもよく映っています。

ノートルダム大聖堂の大オルガンの響きを1曲で体感するのに、まずはこんなトラックをご紹介。

1.オリヴィエ・ラトリーの自作自演による『サルヴェ・レジーナ』

その詩句は聖母マリアに向けたラテン語の祈りで、「我らが母マリア」を意味する名をもつこの大聖堂はもちろん、カトリック圏では古くからさまざまな曲になってきました。

教会の楽器オルガンは、こうして聖歌隊と連動して演奏されることも。かなり豊かな残響のある大聖堂だけに、その響きを意識しながら歌声との連携もはかりつつ音楽を組み立てる必要があります。正規奏者はその点ですぐれた技量を誇ります。

5段の手鍵盤とペダル、約8000本のパイプを有するパリ・ノートルダム大聖堂の大オルガン。

オルガンの存在は中世から

パイプオルガンがヨーロッパの教会に設置されるようになったのは、およそ1000年近く前、中世のこと。現存する多くの楽器は古いものでも16世紀以降のものがほとんどですが、パリ・ノートルダム大聖堂の大オルガンは実に15世紀から建造が進められていました。

それより前にも13世紀には小ぶりのオルガンが使われていたようで、ヨーロッパ中世教会音楽に大きな進展をもたらしたノートルダム楽派(12世紀半ばころからほぼ1世紀にわたり、パリのノートルダム大聖堂を中心に栄えた中世ポリフォニー音楽の楽派)の音楽家たちも、おそらくその響きのなかで過ごしていたに違いありません。

2.作曲者不詳(ノートルダム楽派)「主に祝福を」/ディアボルス・イン・ムジカ

ノートルダム楽派の音楽家たちは、祈りの詩句を単旋律で歌い上げてゆくグレゴリオ聖歌の伝統を大事にしながら、先進的な「オルガヌム」という曲種を編み出しました。

21世紀の私たちから見て斬新な曲も残っており、たとえばこの「主に祝福を」という曲は演奏時間5分近くものあいだ、Benedicamus Dominoという2つの単語だけを延々と引き延ばしながら歌い継いでゆく……という、かなり常軌を逸した音楽になっています。

『エティエンヌ・シュヴァリエ時祷書』(1452~60頃)より
ジャン・フーケ画による聖霊降臨の場面に描かれたパリ・ノートルダム大聖堂。(ニューヨーク・メトロポリタン美術館所蔵)

名工たちによる改築、革命前夜の18世紀

何百年も前からある教会建築のオルガンは、他の堂内の装飾物と同じく職人が保全につとめ、時代にあわせて拡張・補修がくりかえされてきました。ノートルダム大聖堂のオルガンにも数々の名工たちの手が加わっています。

1733年にはルーアン大聖堂のオルガン建造も手がけたフランソワ・ティエリーが現在の5段鍵盤と足鍵盤をそなえた楽器に改築。また革命前夜の18世紀後半には、ヴェルサイユ宮殿の王室礼拝堂のオルガンを建造した名工クリコが整備を請け負いました。

パリ中に重要な教会が数あるなか、ノートルダム大聖堂にも当時のフランスを代表する音楽家が多く関わってきました。俗世向けのオペラ作曲で人気を得たため聖歌隊監督を辞すことになったカンプラや、ピアノ小品としても有名なチェンバロ曲「かっこう」の作曲者ダカンなどはその代表格。オルガン奏者たちのあいだでは、今もダカンが書いたクリスマス音楽(ノエル)の数々が広く愛されています。

次の録音は、現在もクリコが建造した状態をとどめる貴重な現存例、フランス中部スヴィニのオルガンによる演奏です。

3.ダカン『新しいノエル集』より第8番「シャートルの市民はみな」/ミシェル・シャピュイ

フランス革命を生き抜く大聖堂とオルガン

しかしクリコの改築の直後、フランス革命が発生。1789年7月に起こったバスティーユ監獄襲撃事件は旧来の王権政治でまわってきたフランス社会を大いに揺るがします。市民階級の生活を圧迫してきた貴族や教会権力にくみする存在として、パリ中心部にあるノートルダム大聖堂にも教会を敵視する人々による部分的被害を免れられませんでした。

ディッタースドルフ(1739~1799):交響曲「バスティーユ占領」より/コンチェルト・ケルン

オルガンも破壊の危機にさらされましたが、時の正規奏者クロード・バルバストルが革命の象徴ともいえる歌「ラ・マルセイエーズ」をクリコ改築後の楽器で演奏。

ノートルダム大聖堂のオルガンは、宗教を排した「理性の神殿」として革命期も存続することとなったこの大聖堂でも破壊されず残りつづけるところとなったのでした。

4.バルバストル:「ラ・マルセイエーズとサ・イラ」(1793)/オリヴィエ・ラトリー

バルバストルもダカンと同じく今もチェンバロ曲集の作曲家として名を残しています。マリー=アントワネット王妃つきの鍵盤奏者だったこともある、ロココ期のフランスを代表する作曲家のひとりでした。

彼のような貴族社会で暮らしてきた音楽家たちの多くが、革命政府の思想をよく意識して生き残り、すぐれた音楽を世に送り出せる環境を保持したのがフランス大革命の時代でした。

歴史建造物が復権する時代の名工、カヴァイエ=コル

その後のナポレオン戦争と王政復古の時代を経て、パリの都市生活は徐々に新時代へと向かいます。世紀半ばの第二帝政期には、オスマン男爵による大規模な街区整理が始まり、大通りや緑地が整備されてパリは現在の姿に大きく近づきました。

その一方で『三銃士』や『ノートルダム・ド・パリ』など歴史小説、演劇やオペラの舞台にみる数世紀前の人々の物語などが刺激となって、古い建築物や彫刻・絵画などに目が向けられるようになったのもこの頃。

ドイツでも建造半ばに数世紀放置されていたケルン大聖堂の建築再開が始まったのを横目に、ノートルダム大聖堂にも補修の手が入ります。南仏の城塞都市カルカソンヌの復古整備にも関わった建築家ヴィオレ=ル=デュク(1814~1879、音楽家ではリストやグノーと同世代)がその仕事を請け負い、大聖堂の装いは整然と調え直されてゆきました。おのずと、関係者のあいだでは再度オルガンにも関心が集まります。

ヴィオレ=ル=デュク(1814~1879)フランスの建築家、建築理論家。ノートルダム大聖堂以外にもヴェズレーのラ・マドレーヌ教会堂、ピエールフォン城、サン・ドゥニ・ド・レストレ教会堂などの修復を担当した。

そこで白羽の矢が立ったのは、アリスティード・カヴァイエ=コル(1811~1899)。各時代にノートルダム大聖堂のオルガンを整備してきた数々の名工たちのなかでも、とくに重要な存在です。

ロマン派時代の作曲家たちがオーケストラ音楽を飛躍的に発展させつつあった頃、カヴァイエ=コルは古来の教会パイプオルガンにさまざまな革新的機能を盛り込み、オルガン奏者や作曲家たちの創意に刺激を与えました。演奏中の音の音量を増減できるエクスプレシオン・システム、多様な音色を響かせる新しい種類のパイプ……。

アリスティード・カヴァイエ=コル(1811~1899)が作ったオルガンはパリだけでもサン=シュルピス教会、サント=トリニテ教会、シャイヨ宮、サント=ジュヌヴィエーヴ修道院など多数。オルガン制作において技術面でも美術面でも強い影響力を誇った。

パリ・ノートルダム大聖堂のオルガンも1868年、成熟期のカヴァイエ=コルが手を入れたことで大きく存在感を変えてゆきます。オルガン音楽にだけ特有な音使いに縛られずに、壮麗さにおいても繊細さにおいても、オーケストラ・サウンドに似た多彩な表現を使えるようになったのです。

とくにクレシェンドやデクレシェンドが使いこなせるようになったことで、時には同じ鍵盤楽器のピアノでも不可能な表現さえ可能になったのがこの時代のオルガンでした。

5.ヴィドール:オルガン交響曲第6番より「間奏曲」/オリヴィエ・ラトリー

シャルル=マリー・ヴィドール(1844~1908)は後述するヴィエルヌの師匠。オルガン独奏で弾く交響曲を数多く書いたフランス・ロマン派の大家でした。

演奏0分40秒台付近の楽譜部分図。この時代のオルガンで可能となったデクレシェンド。
1860年代、エドゥアール・バルドゥスによって撮影されたノートルダム大聖堂の東側。

シンフォニックなレパートリーを支えた大家たち

パリのノールダム大聖堂は、その後も偉大な演奏家たちを正規オルガン奏者として招きつづけました。とくに1900年から30年以上にわたって正規奏者をつとめたルイ・ヴィエルヌ(1870~1937)は、室内楽曲やピアノ曲、管弦楽作品も残したフランス近代の重要な作曲家として見過ごせません。多彩な音色表現と印象主義音楽に通じる繊細さは、彼が書いた多くのオルガン作品をひときわ魅力的なものにしています。

オルガン奏者は昔から即興演奏をするのが常ですが、ヴィエルヌの演奏例は幸い一部録音でも残っています。ここでもやはり印象的なデクレシェンドが聴こえてきます。

6.ルイ・ヴィエルヌ:即興(1928年、ノートルダム大聖堂での演奏)

モーリス・ラヴェルが亡くなった年である1937年6月2日、ノートルダム大聖堂でヴィエルヌの演奏に聴いた人々は、最後に長く引き伸ばされた足鍵盤の低音がいつまでも鳴り止まないので不思議に思いました。

音栓操作で傍らにいたモーリス・デュリュフレは、最後の曲を顔面蒼白で演奏し終えたヴィエルヌが演奏直後に発作で倒れた場に居合わせ「どうにか手を鍵盤から放すや否や発作で倒れた師だが、足はそのまま鍵盤に置かれたままだった」と伝えています。演奏中の突然死でした。

ルイ・ヴィエルヌ(1870~1937)。フランクとヴィドールというフランス・オルガン界の大家を師にもち、オギュスタン・バリエ、リリ・ブーランジェ、モーリス・ドゥリュフレといった名だたる弟子を輩出した。
生前は「オルガンの演奏台で最期を迎えたい」と語っていたとされ、奇しくもそれは現実となった。

そして未来へ......

第二次大戦をへて、折々に改修も加わりながら保全がなされてきたノートルダム大聖堂のオルガンは、レコードやCDの時代に数々の忘れがたい録音物を通じても世界的に注目を集めてきました。

とくに上記デュリュフレの門弟、つまりヴィエルヌの孫弟子にあたるピエール・コシュロー(1924~1984)は数多くの名演を残しました。帝王カラヤンとの共演などでも知られていますが、ここではやはり即興演奏家・作曲家としてのセンスを感じさせる自作自演のトラックをご紹介しておきましょう。

7.コシュロー:交響的スケルツォ/ピエール・コシュロー

コシュロー亡き後、幾人かの名手が共同正規奏者として交代で演奏するようになったノートルダム大聖堂のオルガン。やはり録音の多いイヴ・カスタニェやジャン=ピエール・ルゲの演奏も多くの人を魅了してきましたが、先日の被害にさいしては2016年からの正規奏者のひとりヴァンサン・デュボワが楽器の現況調査に立ち会い、移設は免れ得ないものの、楽器そのものは安全だったことを確認してきたのが記憶に新しいところです。

ここに上げたトラックの数々は、もしかしたらヘッドフォンで聴いたほうが大聖堂そのものの振動を伝える「音の場」を追体験しやすいかもしれません。

オルガンは聖堂そのものの空気と一体となってこその楽器、その意味では聖堂そのものが火災により損傷を受けてしまった現在、在りし日と同じ響きは録音のなかにしか見いだせないのかもしれません。

とはいえ、教会建築は幾世紀もの年月をかけて無数の人々とともに歴史を刻んでゆくもの。オルガンもまた聖堂そのものと同じく、上にみてきたとおり折々に新しい感覚をもった名工たちによって手がくわえられてきました。

次世代のノートルダム大聖堂のオルガンがどんな新たな興奮と感動を呼び覚ますのか、歴史の行く末を期待とともに見守ってゆきたいと思います。

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