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2024.07.11
おとぎの国のクラシック 最終回

「眠れる森の美女」〜チャイコフスキーやラヴェルが作曲した人気作の“不人気”な本当の結末

毎回一作のおとぎ話/童話を取り上げて、それに書かれた音楽作品を紹介する連載。音楽、アート、アニメ映画でもお馴染みの「眠れる森の美女」。チャイコフスキーとラヴェルの名作、ドビュッシーの知られざる歌曲を取り上げます。そしてこの人気作の「不人気」な、ちょっと怖い結末もご紹介します。

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

19世紀〜20世紀ロシアの画家ヴィクトル・ヴァスネツォフ作『眠れる森の美女』(一部)

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眠れる森の美女は、なぜ眠っているのか。

童話「眠れる森の美女」にはシャルル・ペロー版やグリム版など、さまざまなバージョンがあるが、クラシック音楽界で人気なのはペロー版なので、以下ペロー版にしたがってストーリーを簡単に確認しておこう。

長く子宝に恵まれなかった王さまと王妃のあいだに、待望の王女が生まれた。仙女たちはさまざまな贈り物を王女に授けた。たとえば、世界一美しい人になれる天分を。あるいは、天使のような心の持ち主になれる天分を。だが、老婆の仙女は呪いをかけた。「王女はつむ(紡錘)に手を刺されて命を落とす」。一同は震え上がったが、ひとりの若い仙女が呪いをねじまげた。「王女はつむに刺されて100年の眠りにつくが、王子がやってきて目を覚まさせるでしょう」。仙女に呪いを完全にキャンセルする力はなかったが、100年の眠りに変更することはできたのだ。

「この善良な女性は、王がこの国でつむ(紡錘)を回すことを禁止していることを知りませんでした」〜『眠れる森の美女』ギュスターヴ・ドレの挿絵

こうして100年後、王子は王女を見つけて、愛し合うことになる。王女は100年も眠っていたのだから、目が覚めた頃には世界一美しい老婆になっているはずだが、この物語では眠っている者たちの時間は停止していたようだ。

「カーテンが四方に開いたベッドの上で、王子はこれまで見た中でもっとも美しい光景を目にしました」〜『眠れる森の美女』ギュスターヴ・ドレの挿絵

王子は王女の服を見て、おばあちゃんの服みたいだなと思う。いっしょに眠っていた廷臣たちがヴァイオリンやオーボエで食卓の音楽を奏でると、それは古風で美しい曲だったという。完璧にオーセンティックな古楽の再現だ。

おとぎ話の登場人物大集合! チャイコフスキーのバレエ版

さて、「眠れる森の美女」といえば、まっさきに思い出されるのは、チャイコフスキーのバレエ音楽だ。チャイコフスキーはペロー版をもとに、このバレエ音楽を作曲した。もちろん、バレエとペローの童話では細部が異なる。バレエでは終幕で「長靴をはいた猫」や「赤ずきん」など、いろいろな童話の登場人物たちが婚礼の宴に招かれる。特撮ヒーローものの最終回で過去のヒーローたちが集結するみたいな発想だ。

▼チャイコフスキー:バレエ音楽《眠れる森の美女》

「眠れる森の美女」は音楽界での人気作なので、チャイコフスキー以外にも何人もの作曲家たちが題材に使っている。この連載ではおなじみ、ラヴェルの組曲《マ・メール・ロワ》もそのひとつ。第1曲が「眠れる森の美女のパヴァーヌ」で始まって、おしまいが同じ童話にもとづく「妖精の園」で終わる。これは王女が王子の口づけで目を覚ますシーン。組曲の結びとして、これほどふさわしい場面もない。

▼ラヴェル:《マ・メール・ロワ》〜「眠れる森の美女のパヴァーヌ」、「妖精の園」

有名曲とはいえないが、ドビュッシーの初期の歌曲にも「眠れる森の美女」という作品がある。詩はヴァンサン・イスパ。

少しおもしろいのは、この詩は眠り姫に会いに行く王子の姿を描いている。ふつう、この物語で王子の視点に注目する人はいないと思うので、新鮮味がある。

▼ドビュッシー:「眠れる森の美女」

1930年にフランスで出版されたペロー版『眠れる森の美女』。森の中にある城へ向かう、白馬の王子の後ろ姿が表紙になっている

王女の母が人喰い鬼!? 作曲家たちが無視した本当の結末

ペローの「眠れる森の美女」を題材に用いた作曲家たちがこぞって無視しているのは、王女と王子が結ばれたその後である。ペローの童話では、王女が100年の眠りから目が覚めたところで話が終わらないのだ。

王女の母親には人喰い鬼の性向があり、幼い子どもを見ると食欲が抑えきれなくなってしまう。そこで王女は両親に隠れて王子と会うことにして、内密に子どもをふたりもうける。上の子は女の子で名前はオロール(曙)、下の子は男の子で名前はジュール(日の光)。ちなみに王女本人の名前は出てこない。娘オロールの名前が、チャイコフスキーのバレエでは王女の名前オーロラに転用されたのだろう。

やがて王さまが亡くなり王子が新たに王位につくと、王女は王妃となり、子どもたちの存在も公にされる。人喰い鬼である母親は王の不在の間に、オロールとジュールを食べたくなってしまい、料理長にふたりを殺して食卓に乗せるように命じる。料理長は子どもたちをかくまって、代わりに仔羊や仔ヤギの肉を出して母親をだますのだが、ある日、子供たちがまだ生きていることがばれてしまう。激昂した母親は城の庭に毒蛇や大蛇などを大量に入れた大桶を用意させる。そして、子どもも王妃も料理長もすべて大桶に放り込もうとするが、間一髪のところで王が帰ってくる。動転した母親はみずから大桶に飛び込んで、獰猛な生き物たちに食われてしまう。

このペロー版「眠れる森の美女」の後半部分はさっぱり人気がないようだが、この部分を使って「続・眠れる森の美女」を書いた作曲家はいるのだろうか。

ヴィクトル・ヴァスネツォフ作『眠れる森の美女』
飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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