秋を静謐に彩る、坂本龍一のピアノ
1998年にリリースされた坂本龍一のピアノアルバム「BTTB」が、最新リマスタリングによる20周年記念盤としてリリースされた。アルバムタイトルの「BTTB」は、「Back To The Basic」の略であり、その意味合い通りに、坂本龍一という音楽家の根幹をなす楽器であるピアノと坂本が一対一で向き合い、シンプルな音像のなかに深みや広がりを存分に感じさせてくれる作品集だ。20周年を機にあらためて聴き進めてみると、その清新で豊かな音楽性が軽やかに時代を超えて鳴り響くことに、いち音楽ファンとしてなんともうれしくなる。
今回は、20周年を迎えて新たな息吹が吹き込まれた「BTTB」にいくつかのフォーカスを当て、その魅力を探ってみたい。
レコード&CDショップ「六本木WAVE」勤務を経て、雑誌「BAR-F-OUT!」編集部、「マーブルブックス」編集部に在籍。以後、フリーランスに。現在は、バンドからシン...
坂本のルーツから生まれた美しい旋律
ピアノアルバムである「BTTB」=「Back To The Basic」の主体となっているのは、坂本が少年時代に初めて耳にしてすぐさま衝撃を受けたというドビュッシーから、サティ、ラヴェルなどまでを想起させる、シンプルながらもどこまでも美しいピアノの音色とメロディをもった楽曲たちだ。
さりげなくも自由な印象をもって奏でられるこれらの旋律こそが、紛れもない坂本のルーツから生まれた表現であり、どれだけキャリアを重ねても忘れ得ない大切な心象風景が昇華された楽曲であることは間違いないだろう。ピアニストとしての坂本の魅力がシンプルに伝わってくる楽曲たちであり、クラシックファンにとっても大いに魅力的なはずだ。
映画音楽のような物語性を魅せる抒情的調べ
坂本龍一の名を満天下に知らしめた「戦場のメリークリスマス」をはじめ、坂本は数多くの映画音楽を手がけているが、それらで聴かせるドラマティックな楽曲も坂本龍一という音楽家の大きな魅力だ。ブライアン・デ・パルマの同名の映画主題歌「snake eyes」など、「BTTB」にもそうした叙情性を湛えた楽曲が収められており、“薄明かり”とも“仄暗さ”とも表現できる絶妙なピアノの陰影が心をとらえる。時に繊細で、時に力強いタッチが描き出す物語性が堪能できるのも、「BTTB」の魅力である。
民族音楽と、実験音楽と
YMOや自身のソロ作でも見せてきた、民族音楽的な要素を盛り込んだ楽曲も本作には収録されている。まず、「do bacteria sleep?」はモンゴルの口琴を全面的にフィーチャーした楽曲で、その独特の倍音の響きが緩やかなトランス感覚を味わわせてくれる。「prelude」と「uetax」では、グランドピアノの弦にゴムや金属などの素材を付けて打楽器のように響かせるプリペアド・ピアノを用い、インドネシアの伝統音楽であるガムラン的な音色を聴かせている。ただし、そうして民族音楽的イメージを喚起させる一方で、多分な実験性をもはらんでいるのは、坂本龍一の坂本龍一たる所以だろう。
上記以外にも、坂本初のオペラ公演となった「LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999」に向けての習作として作曲したとされる【05】choral no.1と【06】choral no.2、水中マイクを使用した実験作【uetax】、YMOの名曲を一人で連弾した【tong poo】など、「BTTB」には聴きどころが多い。
今年8月にリリースされた、グレン・グールド生誕85周年記念ライブアルバム「グレン・グールド・ギャザリング」でも気鋭の海外若手音楽家とともに、ピアノと会話しながら戯れているような心地良い調べを聴かせていた、坂本龍一。この秋は、同作やYMO結成40周年コンピレーション「NEUE TANZ」(TOWA TEI選曲監修、砂原良徳リマスタリング/10月17日リリース)と併せて「BTTB」という作品を聴くことで、坂本龍一という稀代の音楽家の多面的で重層的な魅力を知る絶好の機会になるのではないだろうか。
1998年発売のピアノ・アルバム『BTTB』の最新リマスタリングによる20周年記念盤。『ウラBTTB』より「energy flow」を追加収録。
ライナー・ノーツ:村上春樹
発売中/2600円(税別)
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