坂本龍一が「Funeral」に選んだフランス音楽を解説! “教授”のフランス音楽愛が見えてくる
3月28日に71歳で亡くなった坂本龍一さん。自身の葬儀のために編集していたプレイリスト「Funeral」が公開されました。バロック、ジャズ、生前のコラボレーターの作品など、さまざまなジャンルから選曲されていますが、その中でも目を引くのは全33曲中14曲も選ばれているフランス音楽。東端哲也さんが、坂本さんのその作品への発言なども引用しながら解説してくれました。
1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...
“教授”こと坂本龍一が逝去した後、マネジメントチームによってSpotifyで公開された「funeral」。それは本人が生前、「自身の葬儀で流すために編集していた」というプレイリストでした。
クラシックからジャズ、映画音楽、親交のあったアーティストの作品…と幅広い選曲内容は彼が最後まで音楽と共にあったことを物語っています。そして興味深いのは全33曲のリストのうち、実に半分近くの14曲がフランス音楽によって占められていたこと。
ここではそれら“教授”が愛したであろう楽曲たちの横顔について、少しだけ詳しくみてみようと思います。
[02]ドルリュー:映画『軽蔑』より〈カミーユのテーマ〉
ジョルジュ・ドルリュー(1925-1992)は、パリ音楽院の出身で協奏曲なども手掛けている作曲家。ヌーヴェル・ヴァーグの台頭と共に映画音楽の作曲にも携わるようになり、フランス人の琴線に触れる音楽を書くコンポーザーとして、本国ではミシェル・ルグランなどと並ぶ巨匠として今なお絶大な人気を誇っています。また『ピアニストを撃て』(1960年)に始まり『突然炎のごとく』(1962年)、『アメリカの夜』(1973年)、『終電車』(1980年)…とフランソワ·トリュフォー監督との名コンビで世界中の映画ファンにも知られているかもしれません。
ただし、ここで選ばれているのは、夫婦の愛憎と映画製作の舞台裏を交差させながら美しくも残酷な“愛の終焉”を描いた、ジャン=リュック・ゴダール監督による初期の傑作メロドラマ『軽蔑』(1963年)から。ブリジット·バルドーが演じた女優で妻の“カミーユ”のテーマであり主題曲です。坂本龍一監修の音楽全集『commmons: schola vol.10』Film Music編でも“教授”は「ドルリューが書いた膨大な映画音楽の中でもこれが一番好き」と発言しています。
[04]フォーレ:《イヴの歌》Op. 95より第10曲〈おお死よ、星くずよ〉
近代フランスの国民的作曲家であり、パリ音楽院で教鞭をとり教育者としてもフランス音楽の発展に貢献したガブリエル・フォーレ(1845-1924)。
《イヴの歌》はメーテルリンクの学友でもあったベルギーの象徴派詩人レルベルグが、旧約聖書のアダムとイヴの物語を下敷きに書いた一連の詩に、60歳を超えたフォーレが10篇を選んで作曲した連作歌曲です。エデンの園の美しい朝の情景の中で目覚めた(誕生した)イヴの姿を描き出す長大な第1曲〈楽園〉に始まり、文字通り彼女の最期を謳ったこの第10曲で幕を閉じます。
[05]サティ:ジムノペディ 第1番
音楽史の中でも特異な存在感を放つエリック·サティ(1866-1925)は、数々のユニークな音楽作品を生み出す傍ら、ピカソやコクトーら他の天才芸術家たちとも交流を深めて多彩に活動を展開した作曲家。その斬新な響きは同時代のドビュッシーやラヴェルから現代音楽の作曲家にまで多大な影響を与え、後の環境音楽やミニマル・ミュージックの先駆者としても知られています。“教授”はそんなサティを軸とする20世紀音楽の流れを『commmons: schola vol.9』from Satie to Cage編でも詳しくとりあげていました。
ここで聴かれる有名な旋律は、パリ音楽院を中退したサティがモンマルトルの文学酒場「黒猫」のピアノ弾きとして生活費を稼いでいた頃に書いた《3つのジムノペディ》のひとつ。古代ギリシャの青年たちが裸で歌い踊りながら神々を称える儀式「ギムノパイディア」の様子を描いた壺の絵から着想を得たとか。
そしてこの管弦楽版は1897年にドビュッシーが友人の曲を世に広めるために(※本当はサティの才能に嫉妬していた?)第3番と共に小編成のオーケストラ用に編曲したものです。
オリジナルのピアノ独奏版
[06]サティ:《星たちの息子》より第1幕への前奏曲〈天職〉
サティは「黒猫」で詩人のペラダンと知り合い、1890年に秘密結社「薔薇十字会」の公認作曲家になります。そして彼の芝居《星たちの息子》の劇音楽を担当するのですが、もともと複数のフルートとハープのために書かれたオリジナルの楽譜は紛失してしまい、今ではピアノ版である3つの前奏曲しか残っていません。
後に日本を代表する作曲家である武満徹(1929-1996)が編曲し、フルートの小泉浩とハープの木村茉莉によって1975年に初演されています。
※“教授”がプレイリストに選んだのはアレクセイ·リュビーモフの演奏するピアノ版ですが、現在Spotifyでの配信は中止。Apple Musicでは視聴可能。
武満徹によるフルートとハープのための復刻編曲
[07]サティ:1886年の3つの歌曲より第2曲〈エレジー〉
「挽歌」や「哀歌」、「悲歌」とも訳される“elegy”はギリシャ語を起源とする言葉で親しい人の死、ひいてはこの世のはかなさを悲しみ嘆く詩、悲哀の情をテーマとする楽曲や歌曲のこと。若干20歳のサティがスペイン出身の学友ラトゥールの詩に作曲した〈エレジー〉は、ゆったりとしたテンポで「甘い希望から残酷な現実に引き戻される苦悩」を歌う静謐な歌曲です。
“教授”は『commmons: schola vol.9』from Satie to Cage編で「ぼくはサティの初期の歌曲が好きなんですけど、たとえば〈エレジー〉なんかを聴くと、とても可憐な曲で、この方向でいけばかなりのヒットメーカーになれたんじゃないかと思うんです」と発言しています。
[08]ドビュッシー:前奏曲集 第1巻 第6曲〈雪の上の足跡〉
クロード·ドビュッシー(1862-1918)は19世紀から20世紀という歴史の転換期を生きて、現代への扉を開いたフランスを代表する作曲家。音楽と美術や文学が互いに影響し合いながら新しい芸術を生み出していた時代に、さまざまな分野のアーティストたちと交流を深め、その進歩的な作風や思想から大いに刺激を受けました。
1909~1910年にまたがるわずか2カ月程で書き上げた12曲からなる前奏曲集 第1巻は、ドビュッシーが独自の作曲技法を発展させて到達した、ショパン以来の真に独創的な「ピアノ書法」の集大成のひとつです。ショパンと違うのは、各楽曲の末尾に小さく標題が添えられている点。
第6曲〈雪の上の足跡〉は寂寥感に満ちた、まるで時間さえも凍てついてしまったかのような世界をイメージさせる楽曲です。『コモンズ:スコラ 音楽の学校 第18巻』ピアノへの旅編で“教授”は「《前奏曲集》でいちばん好きな曲です。ドビュッシーの中ではもっとも音数が少ない曲ですね。聴けるだけいろいろなピアニストの演奏を聴きましたけど、やはりミケランジェリがいちばん好きですね」と、この完璧主義者として知られたイタリア人巨匠ピアニストによる1978年のスタジオ録音盤について絶賛しています。
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