プレイリスト
2023.01.03
特集「ととのう音楽」

何百年も前のバロック音楽で、現代人が「ととのう」いくつかの理由

心が落ち着く景色、お店、そして音楽。それらにも必ず「落ち着く理由」が存在している。音楽で考えたとき、それはどんな理由だろう。必ずしも穏やかなものばかりではないはずのバロック音楽をそんな視点で見つめ、白沢達生さんがプレイリストにしてくれました。

ととのう人
白沢達生
ととのう人
白沢達生 翻訳家・音楽ライター

英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...

バロック絵画を代表する画家の1人ヨハネス・フェルメール作『音楽の稽古』

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ととのう理由を探してみる

なんだか落ち着ける場所ってありますよね。人それぞれに。

そこで落ち着いているあいだ、自分がそこを好きでいる「理由」はほとんど意識すらしていないのではないでしょうか。場の広さや色調、温度や匂い、人との接点の頻度……安心できると知っている、いちいち気をかけなくても安心して自分を整えられる。でも「理由」は消えてなくなってはいなくて、常にそこに息づいて人を安心させつづけていて。

そこであなたの心が落ち着くのは、他の誰かがじっくり考え抜き、入念に手をかけた結果なのかもしれません。誰かが好ましい壁紙や席間を見極め、接客のタイミングに配慮を重ねていたり、季節ごとに色づく花の世話をしたり、そこに使われている良質の木材が育つ森を守り続けてきたり、あるいは、目に快い景観が損われない開発計画を進めたり……。

自然の営みに人の考えがうまく重なり、充実した成果を生んでいながら、その充実をもたらしている要素が過度に主張してこない。そういう場で人の心が「整う」のだとすれば、幾百年前に書かれて残っているバロック期の音楽も、まさにそういうことに向いている存在かもしれません。

今の私たちとは大きく違った社会や生活意識の中で、誰かがインクと紙を費やして書き残した音楽。それがなぜか21世紀の私たちの心にも響く。現代式のそれと一見似ていながら専門知識がないと読み誤りやすい、そんな古い時代の楽譜を誰かが解読し、演奏再現して、録音さえ残したいと思うほどの魅力が秘められている。不思議なものですね。

現代からほどよく距離を隔てたバロック音楽の中から、筆者が「ととのう」なぁ、と感じるのはどういうものか、いくつか紹介してみたいと思います。どういう理由でそうなるのか? を考えながら……。

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生楽器が奏でる、伴奏ぬきのメロディ

古い時代の楽器には、精密機械なくして作れないような金属部品が少なく、自然素材の質感がそのまま音の魅力に繋がっているものが少なくありません。耳が音楽の流れを辿り続けていなくても、その素材の味わいに体を預けているだけで落ち着いてくる。しかし安定感が欲しいとはいえ、聴き飽きてしまう単調さは逆に疲労感にも繋がりかねない……その点で絶妙なのが、伴奏なしに演奏される笛や弓奏弦楽器のための音楽です。

都市部を中心に、暮らしにゆとりを持てる人が増えてきたバロック期。余暇に楽器を演奏する楽しみも侵透していって、奏法指南書と並んで「気軽に演奏できる曲の楽譜」が求められました。バッハの友人テレマンはその需要に応え、聴き応えがあるのに演奏しやすい独奏曲を数多く自費出版して人気を得ました。誰も伴奏してくれなくても演奏できる無伴奏曲も書いていて、お抱え音楽家を持たない市民がひとりで楽しめるように……と新時代のニーズを的確に捉えてみせた彼の才覚にも舌を巻きます。

テレマンの無伴奏曲はフルート向けの曲も魅力的ですが、フルート2本を対話させて吹き手も聴き手も静かに楽しめる音楽を書いたのが、フランスの作曲家モンテクレール。細かな曲がいくつも連なる組曲形式で、ちょっとした隙間時間に楽しむのにも、ずっとかけつづけて空間を音になじませるのにも向いています。

音量差に頼らない上質さ

社会の根幹を揺るがすフランス大革命が起こる前の音楽には、ほんの数秒のうちに轟音と静寂を行き来するような激しい音量差と無縁のものが少なくありません。これは当時の楽器の特質によるところもありますが、たとえばピアノ発明以前に普及していた室内鍵盤楽器チェンバロは、鍵を叩く強さをどう変えても音量には殆ど影響しません。ただ、それは紡ぎ出される当時の音楽が単調だったことを意味しません。白黒のマンガでも自然界の玄妙な色合いを想起させる描写ができたりするのと同じです。バロック期の音楽家たちは、音を出すタイミングを微妙にずらしたり、適切な箇所で装飾音や和音を即興で盛り込んだりして音楽を精彩鮮やかにできたのです。

そんなチェンバロで奏でられる音楽も千差万別いろいろですが、16~17世紀に比較的寒い地域で書かれた小品や長めの変奏曲などは、聴き深めてゆく魅力があるのはもちろん、録音物を小さめの音量にして流す楽しみもあります。丁寧に淹れた珈琲の香りが場を満たすように、その音楽が生み出された400年ほど昔の気配が静かに広がります。

英国のヴァージナル音楽やドイツの鍵盤曲も素敵ですが、ここはルーベンスやハルスら北方画家たちと同じ頃オランダで活躍した名匠、スウェーリンクの曲集を。

ドビュッシーと同い年の米東海岸の画家ターベルが描いた娘メアリの姿(1923)。チェンバロを通じて昔日の音楽に接する楽しみは、すでに100年前にも知られていた様子。

華やぎを離れて、静けさを

バロック期のヨーロッパ社会は、万事がキリスト教のカレンダーに従って動きました。金曜には肉を避け魚を食べて暮らし、祝日には地域の教会に集まって礼拝や祝典に連なり、冠婚葬祭では誰もが聖職者たちにお世話になりました。音楽や芝居など娯楽が大事にされていた地域でさえ、復活祭前の節制自粛期間(四旬節)には劇場興行が禁じられ、演奏される音楽は宗教音楽が中心になりました。

フランス語圏では、そうした四旬節の最終週の儀式で演奏される音楽を、楽器を極力少なくして厳粛に、しかし俗人の権威を声高に主張することもない、敬虔に徹した静かなものにする風習がありました。歌もア・カペラか、独唱なら声楽家を一人か二人だけしか起用せず、伴奏はオルガンなど和音を奏でる楽器に低音弦楽器ひとつを添える程度。「暗闇の朝課(ルソン・ド・テネブル)」と呼ばれるこの曲種の音楽には、早春の四旬節でない時にも、聴く人の心を静かに整えてくれるものが多いようです。若くして太陽王ルイ14世に見出され、ルイ15世の青年期まで活躍した宗教音楽の大家ド・ラランドの作品をおすすめしておきましょう。

「暗闇の朝課」は薄明が近づくにつれ蝋燭を1本消してゆく祈り。ロレーヌ公国出身の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールが描いたマグダラのマリア(17世紀半ばの作/メトロポリタン美術館所蔵)も闇の中、蝋燭の前に佇んでいる。虚飾の象徴である鏡の前、限りある命の過ごし方に思いを馳せる一人の時間。

演奏の好みしだいで

18世紀以前の音楽は「当時のモデルの楽器(古楽器)を、当時の流儀で鳴らしてこそ、作曲当時のあり方や作曲者の真意に近づける」との考えから、古楽器で演奏・録音されることが一般的になってきました。この傾向が顕著になったのは20世紀も終わり近くになってからですが、それより前の時代には、現代式の楽器を現代式に弾いてバロック期の音楽を録音する演奏家も多くいました。表現の振れ幅を大きくとるロマンティックな演奏も好まれましたが、バロック期の音楽本来の持ち味がどこにあるか、19世紀以降の音楽とどう違うのかは20世紀半ば以前にもかなり理解されていて、その頃の録音物も音量の落差は激しくないものが多いようです。

小さく音を絞るか、はっきり聴き取れるボリュームにするか、聴き手が選べるのは録音物のよいところ。古楽器演奏がしっくりこない、現代楽器の音が落ち着く……という方も「ととのう」を経験できる、そんな古い録音物との出会いもあるかもしれません。

「バロックはロマン派より穏健」という刷り込みもあったのか、本来的には苛烈な表現にも向いているイタリア様式の音楽も、古い録音では穏やかなひとときの良き伴侶になってくれるものが多く見つかります。

「人の声」に近い音域の心地良さ

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