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2024.09.06
特集「吹奏楽」

吹奏楽の歴史を変えた10曲~作曲家・伊藤康英が『吹奏楽作品 世界遺産100』から厳選!

古今東西の吹奏楽曲から専門家たちのアンケートをもとに100の吹奏楽曲を厳選した『吹奏楽作品 世界遺産100』。ONTOMOではその中でもとくに、「吹奏楽音楽の歴史を変えた」と思われる作品を、著者のひとりで作曲家の伊藤康英さんに10曲選んでいただきました。チョイスの理由を、音源とともに掲載します!

伊藤康英
伊藤康英 作曲家

交響詩《ぐるりよざ》は、吹奏楽の世界的レパートリーとして知られ、これまでに100作以上の吹奏楽作品を発表。オペラ《ミスター・シンデレラ》は、2001年の初演以来たびた...

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通常、吹奏楽とは管楽器と打楽器による合奏形態で、英語ではWind Band、Wind Ensemble、Wind Orchestraなどと呼ばれる。この編成の直接の源流は「軍楽隊」(Military Band)と考えてよいだろう。一方で、「管楽合奏」(ドイツ語でHarmoniemusik)も昔から存在した。木管楽器を主体とする編成だ。さらに、20世紀以降、管楽器への注目度が高まり、作曲家独自の編成で多くの興味深い作品が生み出されている。

こうした、管楽器を主体とする作品を引っくるめて「吹奏楽」と呼んでみよう。そして、2024年3月に刊行された『吹奏楽作品 世界遺産100』(伊藤康英、鈴木英史、滝澤尚哉著、音楽之友社)に掲載した吹奏楽作品の中から、とくに「歴史を変えた」と思われる10曲を選び出してみる。これまでに吹奏楽に接することがなかった人たちにも楽しんでいただけるだろう。

G.ホルスト:吹奏楽のための第1組曲 変ホ長調(1909)

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日本の吹奏楽に多大な影響を与えたF.フェネル氏(1914-2004)によると、「何の予兆もなく突如として」この曲が生まれ、その後の吹奏楽のレパートリーの原点として重要な意義をもつ作品となった。

古典の形式であるシャコンヌを用いた作曲技法の確かさ。イギリスの作曲家ならではの「ブリティッシュ」な趣のマーチ。そして何よりトリオのメロディの美しさは、かの管弦楽組曲《惑星》の〈木星〉に引けを取らない。

R.ヴォーン・ウィリアムズ:イギリス民謡組曲(1923)

吹奏楽に限らず、さまざまな国の民謡が音楽作品に用いられることが多い。この作品は、一見、単なるアレンジあるいは接続曲のようではあるが、9つの民謡が巧みに構成されている。この時代、ヴォーン・ウィリアムズ以外にも、G.ホルスト、P.A.グレインジャー(もちろんB.バルトークも)など、多くの作曲家が民謡の蒐集に力を注ぎ、自作曲に活用した。セシル・シャープ、ルーシー・ブロードウッドといった民謡蒐集家も重要だ。吹奏楽曲では今も民謡が素材として使われるのは、このあたりからの潮流かもしれない。

P.A.グレインジャー:リンカンシャーの花束(1937)

P.A.グレインジャーの和声法やアゴーギクの指示、オーケストレーションなどはどれも独特な個性を放つ。民謡歌手のアクの強い歌い方を吹奏楽のスコアに反映させ、歌詞の内容を加味した魅力あふれた音楽を描き出した。自身もピアニストとしてE.グリーグの《ピアノ協奏曲》は作曲者本人から大いに評価されていた。

「これまでのどんな媒体も匹敵できないほど深く感情的な表現を生み出す演奏形態として、吹奏楽は無比のものだと思う」とこの作品の解説に自身で書き記すほど、吹奏楽をこよなく愛した作曲家だった。

K.フサ:プラハ1968年のための音楽(1968)

1968年のチェコ事件を受けて作曲されたこの曲は、吹奏楽作品で社会的な内容を扱った最初期のものだろう。チェコスロバキア(現在のチェコ)出身でアメリカの作曲家フサは、ソ連・東欧軍がプラハをはじめ全土を制圧した「チェコ事件」をアメリカで知った。祖国に思いを馳せつつスコアに書きつけたこの作品は、個人的には時に乱暴な筆致を感じる。エクリチュールをはみ出してでも表現せざるを得なかったフサの心境を思う。それでも、作品には十二音によるセリーを用いた緻密な構造。

A.リード:アルメニアン・ダンス(1972,1975)

たとえば何百人の奏者が集まって、あるいはいくつかのバンドが合同で演奏しようとなったときに必ず候補に上がるほど、日本の吹奏楽界での認知度が高く、演奏者の充実度が高い曲。「パート1」と、のちに書かれた3楽章構成の「パート2」とを合わせるとさながらシンフォニーの体裁をなす大作だが、ことに「パート1」が好まれている。委嘱者H.ビジャンの家系であるアルメニアの民謡を見事にまとめあげた。リードの、吹奏楽を色彩豊かに鳴らす手腕は見事なもので、アメリカの吹奏楽の一時代を築き上げたと言えるだろう。

J.P.スーザ:星条旗よ永遠なれ(1896)

吹奏楽のために書かれたマーチと言えばまずはこれ。前述の《アルメニアン・ダンス》同様、合同で何か演奏しようとしたら、この曲も上がるに違いない。赤い制服に身を包んだ大統領直属のアメリカ海兵隊バンドの演奏会では、アンコールの最後に必ず演奏される。アメリカ第二の国歌と言えるだろう。作品としても、シンプルながら美しいメロディのみならず、作曲技法の上でも優れており、まことに名曲というにふさわしい。

ただ一方で、マーチはこれだけではない。重いテンポのヨーロッパのマーチも魅力。

1893年セント・ルイスで撮影されたスーザと彼が率いたバンド

I.ストラヴィンスキー:管楽器のシンフォニーズ(1920)

前述のフェネル氏が「ウインド・アンサンブル」、つまり、合同バンドのようにひたすら大人数で演奏するのではなく、作曲者が指定した人数で演奏すべきという合奏形態を提唱した際に大いに参考にした作品の一つが、ストラヴィンスキーの管楽作品。ストラヴィンスキーはほかに《ピアノと管楽器のための協奏曲》や《エボニー協奏曲》などの管楽作品があるが、ひとまず表題作を挙げた。が、「コウキョウキョク」かと期待して聴くと、肩透かしを喰らうエンディングやサイズ感。

三善 晃:吹奏楽のための《深層の祭》(1987)

1988年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲として作曲されたこの曲は、難易度のみならず、芸術性の高さに吹奏楽関係者の誰しもが衝撃を受けた。三善のいつもの書法が吹奏楽のキャンバスに描かれており、4分程度の短い作品ながら凝縮した世界を作り出す。

なお、この拙稿では「歴史を変えた」吹奏楽作品を上げるべきなのだが、さて、この曲はその後の「課題曲」にどの程度影響を与えただろうか。毎年のように課題曲の質の問題をとやかく言う人が少なくないのは、これほどまでに優れた作品を知ってしまっているからかもしれない。

岩井直溥:復興への序曲《夢の明日に》(2012)

この作品というより、岩井直溥という存在が日本の吹奏楽を大きく変えた。管楽器や打楽器を主体とした合奏体である吹奏楽には、ジャズやポップスがよく似合う。事実、近年のアメリカの吹奏楽作品にはこの傾向が顕著だ。『吹奏楽作品 世界遺産100』共著者の鈴木英史は、「少人数の編成が欠けた楽団でも成立する和声配置がなされ、充実した演奏が可能」、「この卓越したオーケストレーションと構成の処方は、ビッグバンドなど現場の経験で学んだこと」と書いている。岩井がもしいなかったら、日本の吹奏楽シーンは大いに違うものになっていただろう。

伊藤康英:吹奏楽のための交響詩《ぐるりよざ》(1990)

自作を挙げるのはおこがましいし、そもそも『吹奏楽作品〜』の本に自作を挙げるとは何事だと思われるかもしれないが、アンケート、ことに海外の作曲家からの支持が大きく、さて、これはなぜだろうと著書の中で振り返って記述した。

1990年作曲のこの作品や1986年作曲の《抒情的「祭」》といった私の作品は、海外で広く知られるようになった日本の吹奏楽作品の比較的最初期のものだった。その後、多くの日本人の作品が海外で演奏され、出版され、「邦人作品」が世界の吹奏楽レパートリーの一角をなすに至った。その点で、日本の吹奏楽の歴史を変えた作品と言えるのかもしれない。

書籍情報

伊藤康英
伊藤康英 作曲家

交響詩《ぐるりよざ》は、吹奏楽の世界的レパートリーとして知られ、これまでに100作以上の吹奏楽作品を発表。オペラ《ミスター・シンデレラ》は、2001年の初演以来たびた...

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