
富山発! 地元ミュージシャンと本格オーディオとの邂逅

一般的に、オーディオショップが主催する試聴会といえば、「聴く側」がどう音を感じ、どのように楽しむかといったオーディオ的観点が主軸となる。しかし、その視点を「演奏する側」、しかも次世代の音楽文化とオーディオ文化を担う若いミュージシャンに向けたとしたら、どのような化学反応が生まれるだろうか。
富山県富山市に本店を構える北陸の老舗オーディオショップ クリアーサウンドイマイ は、まさにその発想から全国的にも例を見ない試みとなる試聴会を企画・開催した。

横浜生まれの福岡育ち。2016年より音楽之友社にてオンラインショップ担当として勤務。自分にとっては音楽の仕事が一番やっていて楽しいと思える。
演奏する側に目を向けた、これまでにない試聴会
本企画を担当した今井英樹(※1)氏は、その背景について次のように語る。
「音楽文化の発展とオーディオ文化の発展は、切り離せない関係にあります。演奏する人と、それを聴く人とが“音”を通して対話することで、音楽は文化として育まれてきました。その裏側には、常にオーディオ文化が寄り添っていたはずです」
オーディオは単なる再生装置ではなく、音楽を媒介に人と人をつなぐ重要な役割を担ってきた存在である。その認識が、今回の企画の根底にあるのだという。
一方で今井氏は、現代ならではの課題も指摘する。
「スマートフォンとヘッドホンで音楽を聴くことが当たり前になり、若いミュージシャンの中には、きちんとしたオーディオ機器で音楽を聴いた経験がほとんどない方も少なくありません。便利であることは確かですが、“音をつくる人”と“音を再生する技術”との距離が、あまりにも離れてしまっていると感じています」
これは音楽制作の問題であると同時に、オーディオ文化の将来にも関わる問題でもある。そこで同社が着目したのが、地元で活動するバンドマンや音楽家に向けた試聴セミナーという形だった。必ずしもハイエンド機器を並べるのではなく、「身近なオーディオ機器で音楽を改めて聴き直す」ことを重視。演奏者自身が自分の音、あるいは音楽そのものを客観的に捉え直す機会を提供することを目的としている。
※1今井英樹(いまい ひでき)
シーエスフィールド株式会社 統括本部長。自身もバンド経験者であり、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、ネイティブ・アメリカン・ロックバンドRED EARTHに参加した実績をもつ。活動拠点は米国ニューメキシコ州アルバカーキ、担当楽器はトロンボーン、パーカッション、ボーカルで、ロック、ファンク、ヒップホップ、ジャズなどを融合させた独自のサウンドを展開した。社会的・政治的メッセージを込めた楽曲で、当時ネイティブ・アメリカン音楽シーンを代表する存在に。RED EARTHの活動と並行して、シンフォニー、エレクトログループ、ラテンバンドにも参加。
NAMMYs(Native American Music Awards)受賞歴:
RED EARTH(レッドアース)の正式メンバーHIDEKI IMAIとして、以下の受賞に関わる。
* 2000年(第3回)Debut Artist/Group of the Year(新人アーティスト/グループ賞) 受賞
* 2003年(第6回)Best World Music Recording(最優秀ワールド・ミュージック録音賞/アルバム”ZIA SOUL”) 受賞
意義と評価
* 日本出身でありながら、ネイティブ・アメリカン音楽シーンに深く関わり、国際的な文化交流の架け橋となった。
* RED EARTH在籍時に、2度NAMMYs受賞に貢献した唯一の日本人音楽家。
* これらの受賞は、彼を含むメンバー全員の革新的な音楽活動の成果として高く評価されている。
すべてはひとつの出会いから始まった
今回の試みの直接のきっかけとなったのは、富山市内で開催された能登沖復興支援イベント「Back on FES LIVE」への協賛だった。クリアーサウンドイマイはこのフェスに協力するなかで、運営スタッフであり、同時に演者としても参加していた豊崎翔太(※2)さん(バンド「DUMMYKID」のドラマー)と出会うことになる。
豊崎さんは、復興支援に対する思いと並行して、自身のバンド活動や音楽制作についても率直に語ってくれたという。さらに、同社が主催する北陸オーディオショウにも実際に足を運び、本格的なオーディオ再生を体感。そんな彼と対話を重ねるうち、「今のミュージシャンは、どのような環境で、どのような意識をもって音を聴き、音をつくっているのか」という問いが今井氏の頭に浮かび上がってきたという。その疑問を一過性の感想で終わらせるのではなく、より深く掘り下げ、共有する場として形にしたい。その思いが、今回の「バンドマンのためのオーディオ試聴セミナー」開催へとつながっていった。
※2豊崎翔太(とよさき しょうた)
富山県のギターロックバンドDUMMYKIDのドラムス担当。15歳のときにASIAN KUNG-FU GENERATIONのドラムに魅せられドラムを始める。2020年、DUMMYKIDを結成、自身でRec、Mix、Masteringをしたデモ音源「DUMMYKID」を制作。2022年、コロナの規制緩和に伴い、デモ音源「DUMMYKID」をリリースし、県内外で精力的にライブ活動を行う。2025年、4曲入りEP「Q&D」をリリースし全国ツアーを開催。趣味はルームチューニング、シールド制作、料理(調理師免許有り)。
DUMMYKID オフィシャルホームページ
音楽を「大切に聴く」体験を取り戻すために
このイベントを通して参加者に何を体験してほしかったのか。その問いに対し、今井氏は次のように語ってくれた。
「まずは、音楽を届ける人自身が音楽を大切に聴き、そこから生まれる“音の感性”をアップデートしてほしいと考えました。さきほどの話と繰り返しとなりますが、スマートフォンやイヤホンの普及によって手軽に音楽を楽しめる一方、音質そのものへの関心が薄れてきている傾向があります。近年は一般のリスナーだけでなく、パフォーマー側にもその兆しが見られます」
その状況は、録音に対する意識の低下、さらには音楽表現力の低下にもつながりかねないと今井氏は危惧する。
「このセミナーを通して、パフォーマーにとってよい環境で音楽を聴くことが演奏力や表現力、さらには作品の音質向上につながるという意識を持ってほしいと思いました。それはリスナーにとっても、よい音/よい音楽の享受へとつながって感動が得られる。そのような相乗効果が生まれればと考えています」
演奏する側と聴く側が、同じ“音”を軸に向き合うことで、音楽文化そのものがより豊かになる。そんな思いが、この言葉には込められている。

バンドマン限定という思い切った判断
本企画は「参加資格はバンドマンのみ」という、オーディオ業界では前代未聞ともいえる条件で実施された。そのため、普段オーディオ試聴会に参加している常連客は残念ながら対象外となり、趣旨を曖昧にしないために、参加を希望された一部の方にお断りをしなければならない、まさに断腸の思いをすることもあったという。
集客については、主催者側にとってもまったくの未知数。それでも、企画の意図を貫くことを優先した姿勢が功を奏し、実際に参加したミュージシャンからは次のような声が寄せられた。
「音楽の聴き方に深みが出た」
「今日教わった要素を録音に取り入れたい」
「気にしていた部分がより鮮明に聴こえ、逆に意識するようになった」
「録音時のポイントが具体的にわかってよかった」
「宅録を考えていたが、やはりスタジオで録ろうと思った」
「イヤホンでは聴こえなかった音に気づけた」
「機材によって聴こえ方がこれほど違うとは思わなかった」
「ぜひ第2回も開催してほしい」
これらの声は、本企画が単なる試聴体験にとどまらず、参加者の制作意識そのものに変化をもたらしたことを物語っている。

再生環境が、録音と表現への意識を変える
成功裏に終了した試聴会の数日後、富山シティエフエムでのラジオ収録が行なわれ、豊崎さんをゲストに迎えてイベントの振り返りと率直な感想を語り合うトークが繰り広げられた。
収録中、豊崎さんは次のように語った。
「ハイエンドシステムで聴くと、ドラムの音の表現がすべて見えてしまいました。ハイハット上のシンバルのネジの締め具合や、シンバルにどれくらいの力を加えているかまで分かるのには驚かされました。よいシステムでは、表現の曖昧さがそのまま露わになるので、妥協は許されないと感じました」
再生環境が変わることで、演奏そのものへの向き合い方も変わる。その気づきは、演奏者にとって非常に大きな意味を持ったに違いない。
また、豊崎さんは近年の音楽リスニング環境にも危機感を抱いているようで、「最近のミュージシャンは、イヤホンやカーオーディオでしか音楽を聴かない人が多く、それをとても危惧しています。かく言う私は、自分自身でマイクをどの位置に立てるといいかなど、録音についてもそれなりに試行錯誤してきたつもりですが、リスナーに『おっ、これはちゃんとしたシステムで聴いてみたい!』と思ってもらえるようなよい音源を届けるために、演奏もレコーディングも、もっと細かなところまで意識していきたいですね」
本格的な再生体験は、音づくりへの姿勢そのものを問い直すきっかけとなったようだ。
最後に将来の目標について尋ねると、豊崎さんはこう語ってくれた。
「将来的には、『富山といえばDUMMYKIDだよね』と言われるくらいの、全国区のバンドになりたい。そして、地元のバンド文化の裾野を広げ、シーン全体を盛り上げていけたらと思っています」
個人の成長と地域文化の発展。その両立を見据えた視点も印象的だった。

音楽文化とオーディオ文化、その次の一歩へ
主催者にとっても、今回の試聴セミナーは、従来のオーディオ試聴会とは明らかに異なる手応えを残した。音楽的な視点から交わされる若いミュージシャンならではのワードや着眼点は新鮮であり、それは主催者にとっても新しい刺激であり思わぬ収穫となったようだ。
北陸オーディオショウなどを通じて同店が一貫して発信してきた「音楽文化の発展とオーディオ文化の発展は表裏一体である」という考え方は、今回の試みでより具体的な形を伴って示された。オーディオは、聴く側の感動を深めるだけでなく、演奏する側の意識や表現をも磨き上げる存在である――その事実を、参加者と主催者の双方が共有したことの意義は大きい。
すでに第2回の開催も計画中とのこと。次はどんなミュージシャンが、どんな「気づき」を持ち帰るのか。この試みが今後、地域の音楽文化とオーディオ文化をつなぐ継続的な場として根づいていくことを大いに期待したい。

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