人生に小さな変革? デア・リング東京オーケストラの音楽会を体験して
絵本作家の本間ちひろさんが綴る、詩とエッセイ。
昨秋に出かけた、指揮者を見ない、演奏者の立ち位置もさまざまに試みているという、デア・リング東京オーケストラの音楽会。その体験から数か月……自身の中に起きた小さな変化とは?
1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。作品には絵本『ねこくん こん...
音楽会 ほんまちひろ
沈丁花の花がどうやら
今日から咲きはじめたらしい
こんな時 思い出す音楽
ツツピーツツピー ツツピーと
シジュウカラが歌いはじめた
こんな時 思い出す音楽
擦り切れちゃったレコード
すごく面白かったオーケストラ
音の記憶を
春風にさらして
しずかで にぎやかな
音楽会をしよう
おいしい紅茶をいれて
台所の窓はあけたまま
デア・リング東京オーケストラ、秋の音楽会
演奏が始まる。ふんわりとシューベルトに包まれる。交響曲第7番《未完成》。
秋の野を散歩して、草むらから虫の音がきこえてくるような、やわらかな肌触りの音。
舞台にはクインテットが8つ。その外側にコントラバスが4人、後ろに一列、大きな金管楽器が並び、その後ろに打楽器。チェロ以外は、みな立っている。
「指揮者を見ないオーケストラがあるらしいんだけど、いかない?」と誘われて、「デア・リング東京オーケストラ」のコンサートへ。
たしかに、輪になったクインテットには、指揮者に背を見せている奏者もいる。学校の先生のお話し中に、よそ見をしている子どものような気持ちになって、楽しくなってくる。
第1部の最初に「3階席が空いているから、2部から移動していい」と、指揮者から説明があったので休憩時間に移動する。3階席はほぼ満員。配置や音の違いにみんな興味津々だ。小さな価値の大転換を求めて、アートにお金を払うのだとすれば、1階のS席から3階席に移動するなんてもう、大満足だ。
第2部は、ラグビーの試合の前のハカ(踊り)のように、奏者がみな客席を向いて並ぶ。チェロは座って、立てる楽器はみな立っている。ホールにわくわくした気持ちがみなぎって、ブルックナー「交響曲第7番ホ長調(ハース版)」が始まる。
「指揮者を見る、見ないは本質ではなく、空間力を求めた結果です」と、デア・リング東京オーケストラ代表・指揮者の西脇義訓氏はいう。
西脇氏の造語である「空間力」が、あの自然の空間にいるような音を生んでいるのだろうか。
草むらの虫たちは、右にキリギリス、左にコオロギなどと、種類ごとに集まって音を出してはいない。秋の虫の美しさは、そこにあるのだ。
後日、ほかの楽団のコンサートに行った。楽器ごとに配置された、見慣れた感じのオーケストラに、具の大きいカレーを想った。ジャガイモやニンジンが、ごろんごろん入ったカレーもおいしいが、「デア・リング」のやさしく溶け合うカレーは、一度食べるとやみつきになる。
よき芸術は、人の人生を少し変える。変わるのか、変えるのか、私はその自分の変化が好きだ。音楽の専門家は、演奏自体のことをいろいろに考えるのかもしれないが、私が求めているのは、人生ヘの小さな変革だ。
それは、とってもささやかなものだけれど、「デア・リング東京」を聴いて、私は絵を描くときの下書きをやめることにした。下書きを描くことに対して、なんだか、体じゅうがとてつもなくだるく感じてきたのだ。
デア・リング東京のスタイルは、「演奏者一人ひとりの自発性が、より発揮されるように願ってのこと」と、西脇氏は言う。演奏者自身が空間の響きを聴き、感性を鋭敏にさせ、音を出す。
絵描きだって、もっともっと、感性を鋭敏にして線をひきたい。より鋭敏な感覚で線をひいたら、いい絵が描けるかもしれない! と思い、下書きを脳内イメージですることにした。
ただ作業としてなぞって描いた線と、ドキドキしながら白い画用紙に線をつけていく線は、表情が全然違う。
傍からはわからないかもしれないし、だれも興味ないだろうけど、生きた線がひきたくて、ここ数か月、苦闘して、私の画風がちょっと変わった。
*
指揮者の西脇氏にきく、配置について
シューベルト:交響曲第7番《未完成》第1楽章
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(ハース版)第3楽章
従来のオーケストラの常識に とらわれることなく、日本からあらたな響きの創造を目指し、2013年に発足。
「デア・リング」の名称は、先進性、独創 性、開拓者精神で世界を席巻したワーグナーの代表作「ニーベルングの指 環」Der Ring des Nibelungenからの連想で、「輪」や「和」にも通じる、このオーケストラの基本理念を示す。
創立者:西脇義訓 プロフィール
1948年名古屋市生まれ。4歳より木琴を習い、15歳からチェロをはじめる。大学では慶応義塾ワグネルソサィエティ・オーケストラにチェロで在籍。1971年、日本フォノグラム(株)(現ユニバーサルミュージク)に入社。1999年にフリーとなり、2001年録音家・ 福井末憲と共にエヌ・アンド・エフ社を創立。2013年、デア ・リング東京オーケストラを創立、自ら録音プロデューサーと指揮者を兼ねる。
「ブルックナー交響曲第7番 ホ長調(ハース版)」ハイブリッドSACD(NF65809)を2020年5月20日に発売予定。次回のコンサートは2021年に予定。
関連する記事
-
土の上に生きた宮澤賢治の言葉、琵琶湖の自然を声にまとう——びわ湖ホール声楽アンサ...
-
都会の真ん中で聴く“静寂の音”——エストニア出身のマリ・ユリエンスの歌
-
手や足を動かして五感を解き放つ!「アルテ親子まつり」
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly