レポート
2020.03.20
絵描きの音楽ノートno.11〈3月〉

人生に小さな変革? デア・リング東京オーケストラの音楽会を体験して

絵本作家の本間ちひろさんが綴る、詩とエッセイ。
昨秋に出かけた、指揮者を見ない、演奏者の立ち位置もさまざまに試みているという、デア・リング東京オーケストラの音楽会。その体験から数か月……自身の中に起きた小さな変化とは?

絵と詩とエッセイ
本間ちひろ
絵と詩とエッセイ
本間ちひろ 絵本作家・イラストレーター

1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。作品には絵本『ねこくん こん...

写真&動画提供:デア・リング東京オーケストラ

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音楽会   ほんまちひろ

沈丁花の花がどうやら
今日から咲きはじめたらしい
こんな時 思い出す音楽
ツツピーツツピー ツツピーと
シジュウカラが歌いはじめた
こんな時 思い出す音楽

擦り切れちゃったレコード   
すごく面白かったオーケストラ
音の記憶を
春風にさらして
しずかで にぎやかな
音楽会をしよう

おいしい紅茶をいれて
台所の窓はあけたまま

デア・リング東京オーケストラ、秋の音楽会

演奏が始まる。ふんわりとシューベルトに包まれる。交響曲第7番《未完成》。
秋の野を散歩して、草むらから虫の音がきこえてくるような、やわらかな肌触りの音。

舞台にはクインテットが8つ。その外側にコントラバスが4人、後ろに一列、大きな金管楽器が並び、その後ろに打楽器。チェロ以外は、みな立っている。

「指揮者を見ないオーケストラがあるらしいんだけど、いかない?」と誘われて、「デア・リング東京オーケストラ」のコンサートへ。

たしかに、輪になったクインテットには、指揮者に背を見せている奏者もいる。学校の先生のお話し中に、よそ見をしている子どものような気持ちになって、楽しくなってくる。

 

第1部の最初に「3階席が空いているから、2部から移動していい」と、指揮者から説明があったので休憩時間に移動する。3階席はほぼ満員。配置や音の違いにみんな興味津々だ。小さな価値の大転換を求めて、アートにお金を払うのだとすれば、1階のS席から3階席に移動するなんてもう、大満足だ。

第2部は、ラグビーの試合の前のハカ(踊り)のように、奏者がみな客席を向いて並ぶ。チェロは座って、立てる楽器はみな立っている。ホールにわくわくした気持ちがみなぎって、ブルックナー「交響曲第7番ホ長調(ハース版)」が始まる。

正面を向いて演奏するデア・リング東京オーケストラと指揮の西脇義訓氏。東京オペラシティコンサートホールにて2019年9月4日に公演、翌5日に録音セッションを行なった。

「指揮者を見る、見ないは本質ではなく、空間力を求めた結果です」と、デア・リング東京オーケストラ代表・指揮者の西脇義訓氏はいう。

西脇氏の造語である「空間力」が、あの自然の空間にいるような音を生んでいるのだろうか。

草むらの虫たちは、右にキリギリス、左にコオロギなどと、種類ごとに集まって音を出してはいない。秋の虫の美しさは、そこにあるのだ。

後日、ほかの楽団のコンサートに行った。楽器ごとに配置された、見慣れた感じのオーケストラに、具の大きいカレーを想った。ジャガイモやニンジンが、ごろんごろん入ったカレーもおいしいが、「デア・リング」のやさしく溶け合うカレーは、一度食べるとやみつきになる。

 

よき芸術は、人の人生を少し変える。変わるのか、変えるのか、私はその自分の変化が好きだ。音楽の専門家は、演奏自体のことをいろいろに考えるのかもしれないが、私が求めているのは、人生ヘの小さな変革だ。

それは、とってもささやかなものだけれど、「デア・リング東京」を聴いて、私は絵を描くときの下書きをやめることにした。下書きを描くことに対して、なんだか、体じゅうがとてつもなくだるく感じてきたのだ。

デア・リング東京のスタイルは、「演奏者一人ひとりの自発性が、より発揮されるように願ってのこと」と、西脇氏は言う。演奏者自身が空間の響きを聴き、感性を鋭敏にさせ、音を出す。

絵描きだって、もっともっと、感性を鋭敏にして線をひきたい。より鋭敏な感覚で線をひいたら、いい絵が描けるかもしれない! と思い、下書きを脳内イメージですることにした。

ただ作業としてなぞって描いた線と、ドキドキしながら白い画用紙に線をつけていく線は、表情が全然違う。

傍からはわからないかもしれないし、だれも興味ないだろうけど、生きた線がひきたくて、ここ数か月、苦闘して、私の画風がちょっと変わった。

指揮者の西脇氏にきく、配置について

シューベルト:交響曲第7番《未完成》第1楽章

「従来の配置とはまったく発想を変え、同じ楽器を極力離すようにしています。オーケストラは、指揮者をはじめコンサートマスター、各楽器のトップ、隣など、合わせるところが多いのですが、そこから奏者を解放するためです」(西脇氏)

ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(ハース版)第3楽章

「指揮者なしでもできると思いますが、メンバーやスタッフからの要望があって立っています。大きく振ることはしていませんが、オーケストラは指揮者の微妙な動きや呼吸や気配に驚くほど反応しますし、特に曲のはじめや曲がり角では、オーケストラは迷わず演奏できると思います」と、西脇氏。
デア・リング東京オーケストラ

従来のオーケストラの常識に とらわれることなく、日本からあらたな響きの創造を目指し、2013年に発足。

「デア・リング」の名称は、先進性、独創 性、開拓者精神で世界を席巻したワーグナーの代表作「ニーベルングの指 環」Der Ring des Nibelungenからの連想で、「輪」や「和」にも通じる、このオーケストラの基本理念を示す。

 

創立者:西脇義訓 プロフィール

1948年名古屋市生まれ。4歳より木琴を習い、15歳からチェロをはじめる。大学では慶応義塾ワグネルソサィエティ・オーケストラにチェロで在籍。1971年、日本フォノグラム(株)(現ユニバーサルミュージク)に入社。1999年にフリーとなり、2001年録音家・ 福井末憲と共にエヌ・アンド・エフ社を創立。2013年、デア ・リング東京オーケストラを創立、自ら録音プロデューサーと指揮者を兼ねる。

 

「ブルックナー交響曲第7番 ホ長調(ハース版)」ハイブリッドSACD(NF65809)を2020年5月20日に発売予定。次回のコンサートは2021年に予定。

https://derringtokyo.jimdo.com/

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本間ちひろ
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本間ちひろ 絵本作家・イラストレーター

1978年、神奈川に生まれる。東京学芸大学大学院修了。2004年、『詩画集いいねこだった』(書肆楽々)で第37回日本児童文学者協会新人賞。作品には絵本『ねこくん こん...

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