レポート
2020.08.05
「コン・コン・コンサート2020」レポート

東京混声合唱団が「歌えるマスク」を着けて、5ヶ月ぶりのコンサートとライブ配信

東京混声合唱団が7月31日、合唱用として開発した「歌えるマスク」を着けて、5ヶ月ぶりにコンサートを開催。マスクを着用して、お互いの距離をとっての合唱は、音楽としてどうだったのだろうか。音楽評論家の山田治生さんがレポート!

取材・文
山田治生
取材・文
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

写真提供:東京混声合唱団

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プロの合唱団が満を持して活動開始!

音楽界で新型コロナウイルス感染の影響をもっとも受けたジャンルは、合唱に違いない。3月には、オランダのアマチュア合唱団での悲劇的な集団感染が、世界的なニュースとなった。

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そして、歌唱の際の飛沫による感染リスクゆえに、世界中のほとんどの合唱団が活動停止を余儀なくされてしまった。

そんな状況のなかで、東京混声合唱団は、活動再開のために、飛沫を防ぐだけでなく、音響的に影響が少なく、口周りやあごの動きに制約を与えず歌いやすい合唱用のマスク「歌えるマスク」を開発した。

東京混声合唱団が開発した合唱用マスク「歌えるマスク」。

現在、日本のプロフェッショナルの合唱団では、オペラ関係の団体の活躍が目立っている。新国立劇場合唱団、東京オペラシンガーズ、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブルなどがあげられよう。また、古楽では、バッハ・コレギウム・ジャパンが世界的な名声を博している。

そんな中で、東京混声合唱団(以下、東混)は、1956年の創設以来、バロックから現代まであらゆるジャンルの合唱曲に取り組むプロの合唱団として、日本の合唱界をリードし続けている。「歌えるマスク」の開発も、日本の合唱界のトップランナーとしての自覚の表れといえよう。

7月31日に開催された「コン・コン・コンサート2020」は、東混にとって約5か月ぶりの公演であり、「歌えるマスク」を使っての初めての演奏会となった。「コン・コン・コンサート」は「NHK全国学校音楽コンクール」や「全日本合唱コンクール」の課題曲を東混が歌うという企画であるが、今年は両コンクールが中止となり、プログラムの一部が変更された。東京芸術劇場コンサートホールは約2000人収容の大ホールだが、この日は、客席の密を避けるため、500席限定。その一方で、YouTubeによるライブ配信も行なわれた。

東混のメンバー32名は、「歌えるマスク」(女性は白、男性は黒)を着用して登場。布が広がっていて、マスクというより、イスラム圏のニカブに近いように見える。指揮者のキハラ良尚とピアノの鈴木慎崇もマスクを着用している。

リモート共演やVRのライブ配信も

第1部では、上田真樹作曲「ポジティブ太郎~いつでも始まり~」、越智志帆・蔦谷好位置作曲「Gifts」、岩崎太整作曲「僕が僕を見ている」、宮崎朝子作曲「君の隣にいたいから」など、「NHK全国学校音楽コンクール」の過去の課題曲と、2020年の全日本合唱コンクールの課題曲である山口龍彦作曲「4つの追憶の曲」より「骨」、が歌われた。

いつもよりメンバー間の距離をとり、マスクを着用しての歌唱であったが、声が溶け合い、大ホールの空間に美しい響きが広がっていった。「僕が僕を見ている」と「君の隣にいたいから」では、いくつかの高校や中学の合唱部とリモート共演し、VRでのライブ配信も行なった。

事前に収録された中学生、高校生との映像と共演。参加したのは、「君の隣にいたいから」では町田市立鶴川第二中学校と桐光学園中学校、「僕が僕を見ている」では神奈川県立多摩高等学校と桐光学園高等学校。

さまざまな状況下で歌ってきたプロの音楽

第2部では、上田真樹作曲「夢の意味」より「夢の意味」、三宅悠太作曲「祈りのうた」より「Vocalise」「風のうた」、木下牧子作曲「44わのべにすずめ」、信長貴富作曲「鉄道組曲」より「間奏曲」「上野ステエション」「恋の山手線」、信長貴富作曲「くちびるに歌を」より「くちびるに歌を」が歌われた。

32名が、ステージいっぱいに広がって、パートも交ざり合っての歌唱。そのような配置でも美しく広がりのある響きが作り出されていたことに、個々の能力の高さを感じた。

また、そのようなソーシャル・ディスタンス様式への自然な対応に、東混が小学校の体育館からオーケストラの定期演奏会まで、さまざまな状況下での百戦錬磨のプロフェッショナルであることを実感した。とりわけ、「祈りのうたで」での繊細な響きに魅了され、今年2月の定期演奏会での初演に続いての再演となった「鉄道組曲」が楽しかった。東混の常任指揮者であるキハラが真摯な指揮。

この日は「歌えるマスク」のお披露目の演奏会ではあったが、東混の演奏を聴き進んでいくうちに、いつのまにか彼らがマスクをして歌っていることを忘れてしまっていた。「歌えるマスク」は、確かに言葉が少し明晰さを欠くように感じられるところもあったものの、音楽を楽しむには何の問題もないように思われた。

普通にコンサートをするための「歌えるマスク」であり、ことさらマスクを強調することなく、いつものようにコンサートをやり遂げた東混に、プロの合唱団の矜持を感じた。

取材・文
山田治生
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山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

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