レポート
2020.11.15
H.G.ウエルズのSF短編が現代オペラとして上演

新国立劇場オペラ《アルマゲドンの夢》——思わずだれかと語りたくなる! あっという間の100分

2020年11月15日に世界初演を迎える新国立劇場オペラ《アルマゲドンの夢》。「現代オペラ」というと身構えてしまう方も多いかもしれませんが、現代的なテーマや演出、魅力的な音楽と楽しめる要素が満載。映画を観たあとのように、終演後だれかと語りあいたくなること必至! クラシック音楽界一のSF好き、飯尾洋一さんが、コロナ禍を乗り越え実現した公演のゲネプロをレポートしてくれました。

取材・文
飯尾洋一
取材・文
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

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新作オペラは想定キャストが隔離期間を経て、新国立劇場に集結!

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いよいよ11月15日に初日を迎える新国立劇場の新作オペラ《アルマゲドンの夢》。そのゲネプロ(11月13日)を観た。

作曲はロンドンを拠点に国際的に活躍する藤倉大。藤倉大のオペラといえば2018年に東京芸術劇場で《ソラリス》が演奏会形式で上演されたことが記憶に新しいが、今回はフル・ステージによる新作の世界初演とあって、大きな注目を集めている。

しかも、このウイルス禍にありながら、クーパー役のピーター・タンジッツ、ベラ役のジェシカ・アゾーディ、フォートナムおよびジョンソン役のセス・カリコ、演出のリディア・シュタイアーほか、当初の予定通りに海外から歌手陣・制作陣を招いて公演が実現しようとしている。昨今の感染状況を鑑みれば僥倖というほかないだろう。全員が14日間の自主隔離期間を受け入れてリハーサルに臨んだというのだから、頭が下がる。

H.G.ウエルズの先見性に満ちた短編小説をオペラ化

以下、若干のネタバレを含みますのでご注意ください。

 

《アルマゲドンの夢》の原作はSF小説の祖、H.G.ウエルズ。「透明人間」や「宇宙戦争」「モロー博士の島」といった代表作はよく知られているが、「アルマゲドンの夢」(邦訳題:「世界最終戦争の夢」)は、知る人ぞ知る短篇である。

通勤電車で話しかけてきた見知らぬ男が、自分は夢のなかで殺されたと語る。その男クーパーは、夢で美しい恋人とともに幸福なひとときを過ごしていたが、独裁的な指導者が民衆を扇動し、戦争に巻き込まれたというのだ。物語はきわめて予言的で、1901年に書かれたにもかかわらず、登場人物の夢という形で、全体主義国家や大量破壊兵器を描いており、第一次世界大戦どころか、第二次世界大戦までを見通しているかのような先見性がある。

現代の感覚にマッチした台本と演出

今回のオペラ化にあたっては、台本を作曲者の盟友ともいえるハリー・ロスが担った。原作は短篇なので、これをオペラ化するためには、なんらかの肉付けが必要になってくる。オペラ《アルマゲドンの夢》では、原作で明確な人物像を持たなかったヒロイン、ベラを確固たる意志を持った人物として描くことで、現代にふさわしい物語にアップデートしている。

クーパーとベラの関係性は原作にない注目点のひとつ。ストーリーの枠組みは原作通りであっても、独自の創意がふんだんに盛り込まれており、とりわけラストシーンについては、見終わったあとにだれかと語りたくなること必至だ。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

物語の出発点である通勤電車の場面は、現代ではなく、少し遡った過去に設定されている。人々はみな新聞を開いて読んでいる。そこから、スムーズに夢(あるいは別の時間軸の出来事と言うべきか)へと移行するのだが、こちら側のほうが私たちの生きる現代に近い。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

映像が効果的に用いられており、ニュース映像などはまさに今のスタイル。強権的な指導者ジョンソン率いる全体主義的な集団「サークル」が民衆の支持を集める様子に、奇妙な既視感を覚えずにはいられない。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

基本的なトーンはあくまでシリアスなものであるが、クーパーとベラのラブシーンやジョンソンの演説などにはユーモアも漂う。ヴェルディ《オテロ》の名場面で知られる「柳の歌」の歌詞が歌われるのもおもしろい。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

藤倉大の音楽がリピート欲を掻き立てる

藤倉大の音楽は情景にぴたりと寄り添って、清新にして雄弁だ。登場人物たちのキャラクターを明快に伝えてくれる。電車のシーンや戦場のシーンなど、描写的な要素も多い。

現代オペラといっても決して晦渋ではなく、身構える必要はないだろう。緊迫した響きに重心を置きつつ、抒情性にも富んでいる。そして、聴き終えてすぐに、もう一度聴きたいと思わせてくれる音楽でもある。

また、高水準の独唱陣に加えて特筆すべきは合唱団の活躍。冒頭場面をはじめ、この作品では音楽面でも演出面でも、民衆の声を表す合唱が陰の主役を担っている。

上演時間は休憩なしの約100分。あっという間に感じられるのではないだろうか。

公演情報
オペラ《アルマゲドンの夢》
日程: 2020年11月15日(日)~23日(月祝)
会場: 新国立劇場オペラパレス
 
台本:ハリー・ロス
(H.G.ウェルズの同名小説による)
作曲:藤倉 大
指揮:大野和士
演出:リディア・シュタイアー
美術:バルバラ・エーネス
衣裳:ウルズラ・クドルナ
照明:オラフ・フレーゼ
映像:クリストファー・コンデク
ドラマトゥルク:マウリス・レンハルト
 
キャスト:
クーパー・ヒードン: ピーター・タンジッツ
フォートナム・ロスコー/ジョンソン・イーヴシャム: セス・カリコ
ベラ・ロッジア: ジェシカ・アゾーディ
インスペクター: 加納悦子
歌手/裏切り者: 望月哲也
 
合唱指揮: 冨平恭平
合唱: 新国立劇場合唱団
 
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
芸術監督 :大野和士
 
チケット:
S席: 22,000 円   A席: 16,500 円  B席: 11,000 円   C席: 6,600 円   D席: 3,300 円   Z席: 1,650 円
取材・文
飯尾洋一
取材・文
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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