
バレンボイムが36年ぶりにパリ管の指揮台へ、ローザンヌ歌劇場の開幕公演

取材・文=三光 洋
Text=Hiroshi Sanko
フランスの9~10月の音楽シーンから、注目のオーケストラ公演とオペラ公演を現地よりレポートします。

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
チャンとバレンボイムの指揮したパリ管定期
シーズン前半のパリ管弦楽団定期演奏会でもっとも印象に残ったのは、9月20日に登場した38歳の女性指揮者エリム・チャンだった。
最初のコープランドの短い交響組曲《静かな都会》(1941年初演)で、エリム・チャンは的確なリズムによって弦楽器のビロードのようになめらかな音とトランペット・ソロを巧みにまとめ、曲の瞑想性を感じさせた。
次はソリストにリュカ・ドゥバルグを迎え、ガーシュウィン「ピアノ協奏曲ヘ調」となった。エリム・チャンはしなやかな身振りでアメリカの活気にあふれたリズムを引き出し、最初は硬さのあったデュバルグも第2楽章では指揮に導かれてオーケストラと一体となり、ブルースを想起させる詩的な雰囲気が漂った。
後半の最後に弾かれたラフマニノフ晩年の《交響的舞曲》は大げさな感じになることがままある曲だが、エリム・チャンはエネルギーに満ちていながら音色感のある演奏によって、第1楽章のサクソフォーンや第2楽章のヴァイオリンのソロをきれいに浮かび上がらせた。第3楽章もリズムの変化が明快で高揚感のあるフィナーレとなった。
10月16日には1975年から1989年まで首席指揮者を務めたダニエル・バレンボイムが36年ぶりにパリ管の指揮台に立った。ベートーヴェンの「交響曲第6番《田園》」と「交響曲第7番」というプログラムである。パーキンソン病を患ったため、指揮台の上では最小限の動きだった。それでも団員たちは指揮者の視線やわずかな腕や指の動きを次期コンサートマスター(2026年1月正式就任)のサラ・ネムタヌの背中を介してとらえ、バレンボイムの意図を一丸となって音にしていった。ドイツの伝統に棹さした、きわめてゆっくりとしたテンポの演奏が終わると、満席の観客は総立ちで長い拍手を送った。
なお、音楽監督のクラウス・マケラが2027年6月に退任したあとは、ヴェテランのエサ=ペッカ・サロネンが首席指揮者となる。離任後もマケラは単発的にオペラの演奏会形式を指揮する意向だ。

ローザンヌ歌劇場のマスネ《ドン・キショット》
フランス語圏スイスのローザンヌ歌劇場は今シーズンの開幕公演にジュール・マスネ《ドン・キショット》(《ドン・キホーテ》のフランス語題名)を選んだ(10月5日所見)。
セルバンテスの小説を題材としたオペラは148作品に上り、パーセル、ウェーバー、オッフェンバック、ファリャといった作曲家が名を連ねている。そのなかでもっともひんぱんに上演されているのが、マスネが晩年に作曲した5幕の英雄的喜歌劇で1910年に初演された。
現在ではメトロポリタン歌劇場(アメリカ、ニューヨーク)、ウィーン国立歌劇場(オーストリア、ウィーン)、バスティーユ歌劇場(フランス、パリ)といった大きなオペラハウスで上演されることが多いが、初演のあったシャルル・ガルニエ設計のモンテカルロ歌劇場は583席の小劇場だ。962席のローザンヌ歌劇場の規模は初演劇場にも近く、インティメートな作品にふさわしい歌劇場と言えよう。
ブルーノ・ラヴェッラの演出は、色とりどりの電球が並んだアーチを奥まで並べ、縁日を思わせる空間を構成して、主人公の内面世界を視覚化した。
最初は山高帽に礼服という社交人の姿で現れたドン・キショットが服を裏返すと、鎧になった。ときにキリストを想起させる姿は、アンリ・ケーンの台本の人物像にぴたりと似合っていた。すっきりとしたきれいな装置には夾雑物がなく、音楽に見合った詩的な雰囲気が生まれた。
これに加えて、フランス人歌手が主要な役にそろったことで、台詞の明瞭さときれいな旋律線が保証された。
バスのニコラ・クルジャルは情感のニュアンスに富み、「崇高な気狂い」をよく体現した。バリトン、マルク・バラールもゆとりのある歌唱と従者サンチョ・パンサにぴったりの風貌で的確に人物像を描き出した。
レヴューのダンサーふうの派手な衣裳をまとったステファニー・ドゥストラックは、艶のある声を駆使して、魅力的なドゥルシネだった。
フランス19世紀音楽に通じたローラン・カンペローネは、マスネらしい、かすかに哀愁の漂う甘美な音楽をローザンヌ室内管弦楽団から引き出し、演奏と舞台の両面ですぐれた公演となった。





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