林田直樹「人生を変えたクラシックの10曲」~聴くことの喜びにあふれた音楽と言葉たち
2023年1月31日(火)18時半から、教文館子どもの本のみせナルニア国において、林田直樹『そこにはいつも、音楽と言葉があった』刊行記念トークイベントが開催されました。
今回は「人生を変えたクラシックの10曲」(詳細はリスト参照)と題して、林田さんの人生に決定的な影響を与えた名曲を厳選。それぞれのエピソードを語ったうえで曲を紹介するという「DJスタイル」で、集まった30人近い方々の好奇心をくすぐりました。
本の内容にも関連するエピソードの数々。たとえば武満徹さんに初めて取材したとき、「映画を年間200本観るそうですね」と聞くと「いや、年間300本だ」と少しむっとされたとか。ギターによる「イエスタディ」のアレンジが秀逸だと返すと、「そうだ。あれはまさにオリジナルなんだ」と一気に機嫌が直った話。
あるいはフリーになるきっかけを与えてくれた音楽評論家・黒田恭一さんの思い出。「アルヴォ・ペルトを日本で初めて見出したのは黒田恭一さん。評論家は誰かの演奏を批評するのではなく、誰よりも先に『これは面白いぞ』ということのほうが何倍も素敵なんだと思います。そのことを彼は僕に教えてくれました」
ほかにも、林田さんの音楽評論家としての矜持のような言葉が次々と生まれました。
「フィリップ・グラスは『前衛の古典』のような人。新しい美に出会うことはとても大切なこと」(オペラ《浜辺のアインシュタイン》を聴きながら)
「音楽の醍醐味は音の減衰にあると思っています。どうやって消えていくか。そこに音楽の味があるのではないでしょうか」(アルヴォ・ペルトの「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」で最後に残る鐘の残響を聴いて)
最後のシルヴェストロフ《典礼聖歌》~「アヴェ・マリア」では、ラトヴィア放送合唱団のアカペラによる「アヴェ・マリア」の響きを、会場全体で息をひそめて味わいました。
林田直樹という人は、何に対しても「衝撃を受ける」人です。その心の揺れを、その意味するところを、深く考えて表現する。ただし、十分に抑制したうえで。だからこそ、あんなにも純粋で情熱的な文章が出来上がるのだと思います。
彼の初の著作集『そこにはいつも、音楽と言葉があった』。新しい「美」と「面白い」の数々が、そこには確実に息づいています。
「人生を変えたクラシックの10曲」リスト
~コロナ禍でホッとさせられた、親密な響き~
●クロード・ドビュッシー(1862-1918):《前奏曲集》第2巻~「ヒースの茂る荒れ地」
ヴィキングル・オラフソン(アップライトピアノ)
~時間を超越するフーガの歩み~
●ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750):平均律クラヴィーア曲集第1巻 ~第4番ハ短調BWV849よりフーガ
アレクセイ・リュビモフ(フォルテピアノ/アップライト、1843年製プレイエル)
~昭和ノスタルジーと映像の世界~
●武満徹(1930-96):「波の盆」
尾高忠明指揮 NHK交響楽団
~「枯れた」演奏なのか、「セクシー」な演奏なのか~
●ヨハネス・ブラームス(1833-97):間奏曲ロ短調 op.119-1
グレン・グールド(ピアノ)
~村上龍「トパーズ」で用いられた孤独の象徴~
●ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901):オペラ《ドン・カルロ》~国王フィリッポ2世のアリア「彼女は決して私を愛していない」
ボリス・クリストフ(バス)ガブリエーレ・サンティーニ指揮 ローマ歌劇場管弦楽団
~科学が人類にもたらすものは何か~
●フィリップ・グラス(1937-):オペラ《浜辺のアインシュタイン》~「ニー・プレイ3」
マイケル・リーズマン指揮 フィリップ・グラス・アンサンブル&コーラス
~ギターは時空を超える~
●フランソワ・クープラン(1668-1773):「神秘的なバリケード」
イョラン・セルシェル(11弦ギター)
~第1次世界大戦と死へのまなざし~
●モーリス・ラヴェル(1875-1937):《クープランの墓》~「リゴドン」
セルジュ・チェリビダッケ指揮 ミュンヘン・フィル
~情報社会に溺れてしまうのは私たち自身のせい~
●アルヴォ・ペルト(1935-):「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」
デニス・ラッセル・デイヴィス指揮 シュトゥットガルト国立管弦楽団
~風の声によって音楽に呼吸をさせる~
●ヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937-):《典礼聖歌》~「アヴェ・マリア」
シグヴァルズ・クラーヴァ指揮 ラトヴィア放送合唱団
林田直樹著 定価2530円
音楽ジャーナリスト・林田直樹が著した数々のインタヴュー、評論、エッセイ、コラムの中から厳選した38本を収録。アルヴォ・ペルトに「祈り」の本質を聞き、シルヴェストロフからはプーチン政権への批判を引き出し、チェリビダッケ、武満徹、小澤征爾、サイモン・ラトルらとのとっておきのエピソードを明らかにする。そのどれもが音楽に対する深い造詣と限りない愛情に満ちた、エモーショナルな「文芸」である。巻頭書き下ろしエッセイ「背中を押した言葉たち」も秀逸。クラシック音楽の本質を追求した、林田直樹の集大成。
関連する記事
-
「眠れる森の美女」〜チャイコフスキーやラヴェルが作曲した人気作の“不人気”な本当...
-
手紙から見えてくる「最高のコンビ」だったモーツァルト父子
-
「利口な女狐の物語」〜「ごんぎつね」に似てる? ヤナーチェクが伝えたかったことと...
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly