
70歳を超えたグレゴリー・クンデがピアチェンツァ市立劇場で初役に挑戦

イタリアの12月の音楽シーンから、注目のオペラ公演やニュースを現地よりレポートします。

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
アメリカのテノール、グレゴリー・クンデはイタリアでも人気のある歌手で、以前にも何回かとりあげているのだが、今回も興味深い話題だと判断して紹介することにした。
彼が主役を演じ、ピアチェンツァ市立劇場で12月19日と21日の2回上演されたヴェルディ《スティッフェリオ》は、ヴェルディのオペラのなかでは知名度の低い部類に入る。1850年の初演は大きな成功をおさめず、7年後に上演された改訂版の《アロルド》もそれを多少上回る程度の人気だったこともあり、その後しばらくは忘れられかけていた。現在は、ほかの名作には当然およばないものの、ときおり上演される。
さて今回のピアチェンツァでは、クンデはこの題名役に初めて挑んだ。70歳を超えてなお新たな役に挑戦する勇気に感心せざるを得ない。じつは彼がこの劇場で新たなレパートリーに挑むのはこれが初めてではない。3年前だったか、やはりヴェルディ《エルナーニ》で大好評だったのを覚えている。今回も情熱的な歌唱、張りのある声、熟達した演技など、彼の持ち味を十二分に発揮したパフォーマンスで聴衆を魅了した。とくに2日目の公演では、盛大な拍手を贈られていた。
盛大な拍手といえば、ほかの出演者もそれぞれすぐれた出来栄えで、公演全体を質の高いものにすることに貢献した。とくにリーナ役のリディア・フリードマンは暗めの音色と確かなテクニックで、そしてスタンカル役のウラディーミル・ストヤノフはノーブルな声と歌唱、派手すぎない演技で、それぞれの役を真実性のあるものにしていた。
演出はこれも95歳でなお第一線で活躍するピエール・ルイージ・ピッツィ。オーソドックスでありながら細部への配慮を欠かさない彼のスタイルは今回も見て取れた。オーケストラはパルマのアルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団、指揮は若いが評判のよいレオナルド・シーニ。コラード・カザーティに率いられたこの劇場の合唱団も好演であった。この公演が今シーズンの開幕ということもあって、マイナーな演目にもかかわらず、チケットは完売とのこと。まずは好スタートといえるだろう。

ムーティとフィレンツェ五月音楽祭
フィレンツェ五月音楽祭といえば、ズービン・メータとの長年の付き合いが思い出され、実際に劇場内には彼の名を冠したホールもあるくらいだ。しかし五月祭の歴史は長く、現在、イタリアではもっとも古いフェスティヴァルである。
現在の本拠となっている劇場は「フィレンツェ五月祭劇場」となっているが、この劇場ができる前はフィレンツェ市立劇場を本拠としていた。現在は取り壊されて別の建物ができているが、市立劇場の時代には多くの世界的なアーティストが活躍していた。その名声を受け継いで、現在新しい劇場で多くの聴衆を惹きつけているわけだ。そんなアーティストの一人がリッカルド・ムーティである。
彼は12月19日に五月祭劇場で行なわれた、指揮者ヴィットリオ・グイ没後50周年コンサートの際、「五月祭劇場にヴィットリオ・グイの名を冠する」ことを提唱し、さらに「次回私がフィレンツェに来るときはそうなっていることを願う。そうでなければ私は来ない」とまで述べたという。確かに、このオーケストラと合唱団、そして五月祭を創設したのはグイであり、ムーティ自身もそのキャリアの初期には、グイから多くを学んだという。五月祭のイタリア音楽界への貢献を思えば、劇場にその創設者の名が冠されて当然とは言える。この提案が実現するかどうかはわからないが、拒む理由はないといえよう。
ちなみにこのコンサートで演奏されたのは、シューベルト「交響曲第8番《未完成》」とケルビーニ「レクイエム」ハ短調。筆者は当夜はピアチェンツァにいたのでフィレンツェでのこのコンサートを聴くことができなかったが、すばらしい演奏であっただろうことは想像に難くない。





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