レポート
2022.12.17

ウクライナ国立歌劇場が戦禍をこえて来日。日本人初のバレエ芸術監督・寺田宜弘さんも

ウクライナ国立歌劇場の来日公演が12月17日から2023年1月15日まで全国13都市で開催される。公演内容は、ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)による《ドン・キホーテ》、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団による《第九》、ウクライナ国立歌劇場(旧キエフ・オペラ)による《カルメン》、ウクライナ国立歌劇場による新春オペラ・バレエ・ガラで、キーウから総勢181名が来日した。

キエフ・オペラは2006年に初来日、翌年2007年から光藍社の招聘で「キエフ・バレエ」も開催し、以来ほぼ毎年冬にバレエ公演を行なってきた。夏には主に子どもたちのためのバレエ・ガラ公演を開催し、オペラとオーケストラの公演を合わせて合計500公演以上を開催し、これまで延べ50万人以上が鑑賞している。

公演の開始にあたり、ミコラ・ジャジューラ(ウクライナ国立歌劇場の首席指揮者・音楽監督)、寺田宜弘(12月6日付けでウクライナ国立歌劇場のバレエ芸術監督に就任)、オリガ・ゴリッツァ(プリンシパル)、ニキータ・スハルコフ(プリンシパル)が登壇して記者会見が開かれた。

ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

12月16日、神奈川県民ホールで開かれた記者会見より。左からミコラ・ジャジューラ、寺田宜弘、オリガ・ゴリッツァ、ニキータ・スハルコフの各氏。
写真提供:光藍社

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日本人初のバレエ芸術監督に就任した寺田宜弘さんの大きな使命

会見でもっとも注目されたのは、12月6日付けでウクライナ国立歌劇場のバレエ芸術監督に日本人として初めて就任したばかりの寺田宜弘さん。バレエ教師の両親のもと京都で生まれ、11歳で単身キエフに渡り、日本人初の旧ソ連の国費留学生としてキエフ国立バレエ学校で学んだ。その後ウクライナ国立バレエ団でソリストとして活躍し、2012年からはキーウ国立バレエ学校芸術監督を10年間務めた。

寺田さんは2月24日のロシアによるウクライナ侵攻後、3月にミュンヘンに移り、ウクライナのダンサーや子どもたちをヨーロッパの国立オペラ劇場やバレエ学校に入団・入学させるサポートをしてきた。7~8月には光藍社の協力のもと、ウクライナから30名のダンサーを呼んで日本公演を実現している。

その後、夜行列車でキーウに戻り、駅の特別な匂いをかいだとき、35年前に初めて夜行列車でこの街を訪れたことを思い出したという。「今まで以上に空気を大きく吸えたんです。そのとき、やっぱり自分はウクライナが好きなんだな。この国で育って本当に幸せな人間だなと感じました」。

囲み取材で話す寺田宜弘さん

次の日に劇場に行くと、団員たちが驚きとともに、とても喜んでくれたという。「オペラ劇場の総裁から、バレエ芸術監督として新しい時代を作ってほしいと言われた。今はウクライナではチャイコフスキーを我慢すべき時です。しかし世界中の芸術家がサポートしてくれて、今シーズンはジョン・ノイマイヤーとハンス・ファン・マーネンの振付(2人とも無料で提供)を初めてウクライナで上演します。これによって世界にウクライナ、キーウの芸術はすばらしい方向に進んでいるというメッセージができる」。

12月16日に行なわれたゲネプロの舞台から。ウクライナ国立歌劇場は1867年創設。キーウからバレエ団、指揮者&オーケストラ、オペラ、合唱他の総勢181名が無事来日を果たした。写真提供:光藍社

「ウクライナと芸術は一つ」。避難サイレンが鳴る中でも公演を必ず続ける

ウクライナ国立歌劇場は、2月24日の侵攻後に一度閉鎖したが5月に再開し、10月に戦況が再び激化してからは、サイレンが鳴るたびに避難のため中断しながらも、練習が続けられている。そのような状況下でも週2回のバレエ公演、週2回のオペラ公演を必ず続けてきた。

観客は劇場の地下に避難できる人数の400人までしか入れられないが、「芸術がないとウクライナの人たちは生きていくことができない。ウクライナと芸術は一つなのです」(寺田さん)。「オペラ《ファウスト》《椿姫》、バレエ《雪の女王》のプレミエも行ないました。私たちの仕事がウクライナ人にとって非常に大切で必要とされているという実感がある。私たち芸術家が舞台に上がるのは、前線で戦っているのと同じことだと思っています」(ジャジューラさん)

「警報にはいつも恐怖を感じ、慣れることはありません。はじめのころはどこに隠れたらいいのか、どうしていいかわからず、非常に混乱していました。空襲でずっと地下に隠れることになるかもしれない、停電もあるかもしれない、そのために食料も準備しないといけない……というふうに、毎日の計画さえ立てることができない。それでも劇場で仕事ができることが嬉しいし、皆にとって大切なことだと思っています」(ゴリッツァさん)

記者会見で話すオリガ・ゴリッツァさん(プリンシパル、左)とニキータ・スハルコフさん(プリンシパル、右)。

ゴリッツァさんは今回、《ドン・キホーテ》のキトリを踊る。明るくて前向きな演目で、ウクライナ人の強さ、負けない気持ちを伝えたいという。想像を絶する過酷な環境におかれている芸術家たちの口から、「前向きな(ポジティブな)気持ち」という言葉がたびたび聞かれたこの会見。芸術のもつ力を噛みしめる、特別な公演となるだろう。

※公演詳細はこちら

 

12月16日に行なわれたゲネプロの舞台から。写真提供:光藍社
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

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