務川慧悟、阪田知樹の入賞に沸いた、エリザベート王妃国際音楽コンクールとは
2人の日本のピアニスト、務川慧悟さんと阪田知樹さんが入賞し、あちらこちらから喜びの声が沸いたエリザベート王妃国際音楽コンクールのピアノ部門。
ショパンコンクールやチャイコフスキーコンクールと並んで三大コンクールの一つとされますが、他にはない課題やしきたり(!)があります。
ここでは、その特徴や今回の結果、オンライン配信で聴いた演奏の印象について、音楽ライターの高坂はる香さんがご紹介します。
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...
コロナ禍を乗り越えて、無観客で開催
ベルギーのブリュッセルで2021年5月3日〜29日に行なわれた、エリザベート王妃国際音楽コンクール・ピアノ部門。新型コロナの影響による1年の延期の末、無観客、コンテスタントの数もこれまでより絞るというスタイルで、無事に開催されました。
今回その頂点に輝いたのは、フランスのジョナタン・フルネルさん、第2位はロシアのセルゲイ・ラドキンさん。そして日本の務川慧悟さんが第3位、阪田知樹さんが第4位に入賞しました。
第1位、聴衆賞 ジョナタン・フルネル Jonathan Fournel/27歳 フランス
第2位 セルゲイ・ラドキン Sergei Redkin/29歳 ロシア
第3位 務川慧悟 Keigo Mukawa/28歳 日本
第4位 阪田知樹 Tomoki Sakata/27歳 日本
第5位 ヴィタリ・スタリコフ Vitaly Starikov/26歳 ロシア
第6位 ドミトリー・シン Dmitry Sin/26歳 ロシア
©Queen Elisabeth Competition - Derek Prager
©Queen Elisabeth Competition - Derek Prager
参加者にはハード? エリザベート王妃国際音楽コンクールとは
エリザベート王妃国際音楽コンクールは、1937年、ヴァイオリニストのウジェーヌ・イザイの名を冠したイザイ国際コンクールとして創設、その後、1951年に現在の名称となりました。王室の全面的な協力のもと行なわれる、国をあげての文化イベントです。年ごとに、ピアノ、ヴァイオリン、声楽、チェロ部門が開催されます。
ピアノ部門の優勝者だけ見ても、記念すべき最初がエミール・ギレリスさん(1938年)、続けて、レオン・フライシャーさん(1952年)、ウラディーミル・アシュケナージさん(1956年)、その後もヴァレリー・アファナシェフさん(1972年)、アブデル・ラーマン・エル=バシャさん(1978年)、フランク・ブラレイさん(1991年)など、優れた音楽家の名前がずらり。
日本人としては、ヴァイオリン部門で堀米ゆず子さん(1980年)や戸田弥生さん(1993年)が優勝しています。
公式サイトで、「もっとも多くのことを求めるコンクールの一つ(One of the most demanding international competitions)」、「すべてのそろったアーティスト(complete artists)を探している」と宣言しているだけあって、内容もハード。
たとえばセミファイナルでは、モーツァルトのピアノ協奏曲とソロリサイタルを一度に演奏しなくてはなりません。しかもこのリサイタル、まったく別の2プログラムを用意しておかねばならず、どちらを弾くかは演奏日の前日に知らされる、という。
思わず、なんでそんないじわるするの、と言いたくなりそうですが、コンクールで弾く曲だけがギリギリ準備してあるようなピアニストでは勝ちあがれない、このくらい余裕でこなせるピアニストを我々は求めているのだ! という意志の表れなのでしょう。
さらに、そこを突破してファイナルに進むと、自ら選んだピアノ協奏曲に加え、コンクールのために書かれた新作の協奏曲を弾かなくてはなりません。今回の課題は、1974年フランス生まれの作曲家、ブルーノ・マントヴァーニによる「 D’un jardin féérique(妖精の庭から)」。
阪田知樹によるブルーノ・マントヴァーニによる「 妖精の庭から」(フルバージョンは公式サイトへ)
そして、ここからがこのコンクールの伝統でもある有名なしきたり。ファイナリストは、演奏の1週間ほど前に新作の楽譜を手にしたら、誰にも相談せず自分だけで解釈を作り上げることが求められます。そのため、外部との交流を遮断するべく、携帯電話などを取り上げられ、チャペルに1週間、隔離されるのです。
とにかく求められることの幅が広い。適応力や音楽家としての余裕も試されるコンクールなのです。
入賞した2人は強みを発揮!
さて、今回入賞した二人の日本のピアニストについては、おそらく、この傍から見たら過酷としか言いようのない課題を飄々と乗り越えていたのではないかな、と思います。
というのも、まず阪田さんは、知られざる作品の発掘大好き人間。録音がほとんど残されていないレアなレパートリーを見つけては、大変嬉しそうにしているピアニストです。自ら作曲もされます。
いまだ誰の解釈もない現代の作品を研究し、組み立てるということは、彼にとっては難儀どころか楽しい作業だったのではないでしょうか。実際その演奏は、細部まで神経が行き届き、同時に阪田さん持ち前の卓越したテクニックが生かされた、余裕すら感じさせるものでした。
そして印象に残ったのは、セミファイナルのソロリサイタル。阪田さんが、音楽以上の何か、人の一生の旅を描いているように感じると話すリストの「ロ短調ソナタ」には、コンクールだということを忘れて引き込まれました。2種のプログラムからこちらが選ばれたことで、強みがより発揮できたのではないでしょうか。
阪田知樹セミファイナルの演奏/リスト「ピアノ・ソナタロ短調」
一方の務川さんについて思い出すのは、彼が入賞した前回2018年の浜松国際ピアノコンクールで、期間中、徹底的に人目を避けて孤独に過ごしていた、と話していたことです。作曲家と一対一の関係を築くことが目的だったとか。
そんな務川さんのことだから、きっとチャペルへの幽閉も嬉々として受け入れそうだなと思っていたら、想像通り、明日からチャペルというタイミングで、隔離生活への抑えきれないワクワクがご本人のSNSに投稿されていましたね。
「何かを見せようとするのではなく、自分がこの作品をとにかく好きだということが自然と聴く人に伝わればいい」と話していた務川さん。ファイナルのプロコフィエフの「ピアノ協奏曲第2番」、セミファイナルのソロリサイタルと、まさにそんな、音楽をすることの楽しさが滲み出るようなステージでした。
ちなみにセミファイナルのモーツァルトの協奏曲、指揮は、30年前に同コンクールで優勝したフランク・ブラレイさん。務川さんにとってはパリ国立音楽院で師事する先生です。予期せずして、大舞台で師弟共演が実現しました。
務川慧悟ファイナルの演奏/プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第2番」
上位2人の演奏、そしてフルバージョンはアーカイブ動画で!
第2位となったセルゲイ・レドキンさんは、シベリア生まれ、サンクトペテルブルクで学んだ29歳。2015年のチャイコフスキーコンクールで第3位に入賞、2017年からはエリザベート王妃ミュージックチャペルのアーティスト・イン・レジデンスを務めています。
ファイナルでは、祖国の作曲家、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を選択し、しっかりとした、それでいてあたたかみのある音で、ドラマティックな音楽を奏でました。
セルゲイ・レドキンによるファイナルの演奏/ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」
そして、優勝したジョナタン・フルネルさんは、フランス、サールブール生まれの27歳。ドイツのザールブリュッケン音楽学校、パリ国立音楽院で学んだピアニストです。彼もまた、2016年からエリザベート王妃ミュージックチャペルのアーティスト・イン・レジデンスを務めているとのこと。
ファイナルではブラームスのピアノ協奏曲第2番をダイナミックかつ情熱的に演奏、聴衆賞も受賞しました。伝統あるコンクールの優勝者として、活躍の場を広げていくことでしょう。
ジョナタン・フルネルによるファイナルの演奏/ブラームス「ピアノ協奏曲第2番」
コンクールの1年の延期は、コンテスタントにとって大変なところもあったと思います。しかしそのぶん、一人ひとりが時間をかけて磨き上げたレパートリーを披露してくれました。その演奏は、今もアーカイブ配信で聴くことができます。
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