音楽を大自然に戻し、五線譜が山と空の風景に化けた! 変幻自在な「音」作家、吉村弘
日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキストの小川敦生さんが、美術と音楽について思いを巡らし、“ラクガキ”に帰結する連載。今回は、東京メトロ南北線の発車メロディや横浜美術館前広場のサウンド・デザインなどを手がけた環境音楽作曲家の吉村弘作品を取り上げた展覧会「吉村弘 風景の音 音の風景」展を訪れた小川さん。サティの楽譜からはじまったという、音楽を「視覚」で表現した作品の数々を解説してくれました。
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...
音と風景の間をシームレスに行き来する作家——神奈川県立近代美術館鎌倉別館で開かれている「吉村弘 風景の音 音の風景」展(2023年9月3日まで開催中)を見た筆者の印象だ。
五線譜が風景に化けた!
ケーブルカーのための音楽とは?
少々変わった楽譜も展示されていた。普通は水平方向にのみ表現されている五線譜が、斜めに上下している。音符が書かれているので、楽曲であることがわかる。
タイトルの中に「ケーブルカー」という言葉がある。山を上り下りする実在のケーブルカーのために書かれた音楽だったのだ。斜めに上下すること自体は五線譜のルールを逸脱しているが、絵画表現がもたらすインパクトを楽譜に与えている。
トイピアノはなぜ梱包されているのか?
それにしても、吉村は自由だ。考えてみたら、音楽は多くのルールに縛られて成り立っている。だからこそ楽しめる部分は大きいのだが、吉村はルールから解き放たれる機会を見逃さず、そこから新しい表現が生まれる。たとえばこの作品はどうだろう。
トイピアノを使った作品としては、自動演奏をする装置として見せたこの作品も興味深い。パンチカードに曲が記録されていて、このトイピアノによって再生させる仕組みであることが類推できる。吉村は環境音楽の作曲家だが、楽器は独学だったという。だからこそ、楽器の扱い方も自由だったのだろう。
おもちゃ箱のような展示ケース
実際に自らパフォーマンスをすることで、その構想が実現するかどうかを試してもいる。
美術館の「サウンド・ロゴ」とは?
ところで、この展覧会が神奈川県立近代美術館で開催された大きな理由は、吉村が2003年に同館葉山館と鎌倉館(老朽化等のため2016年に閉館)のための「サウンド・ロゴ」を作曲したことにある。《FOUR POST CARDS》と題されたこの作品は、両館の開館時と閉館時に流すために作曲されたもので、吉村のラスト・アルバムとなったCDには合計4曲の音で作った「ロゴ」が収録されている。鎌倉館のために作曲された2曲は復活することになり、この企画展が開催されている鎌倉別館で朝夕に流されている。おそらくはそれを知らずに来た来場者の心をも、心地よさで満たしていることだろう。
ラクガキスト小川敦生のラクガキ
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