
チャイコフスキーの愛弟子タネーエフのカンタータ オルガン付きの未公開版が初演

取材・文=浅松啓介
Text=Keisuke Asamatsu
ロシアの10月の音楽シーンから、注目のオーケストラ公演を現地よりレポートします。

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」モスクワ初演でピアニストを務めたタネーエフ
タネーエフと言えば、ロシア国内の音楽学習者にとって作曲家であると同時に、音楽教師として名前を知られている。とくに音楽の高等教育では、対位法の教科書がタネーエフ著であったりするからである。筆者もペテルブルク音楽院時代の対位法の授業ではタネーエフの教科書を使用した記憶があり、今でも本棚にある。
タネーエフは1856年生まれで、チャイコフスキーより16歳ほど若い。チャイコフスキーがロシア最初の高等音楽教育機関(いまでいえば大学)のサンクトペテルブルク音楽院に学び、卒業後すぐの1866年には、モスクワに移り開設と同時にモスクワ音楽院で教鞭をとったことは周知のことだろう。
なぜ、あえて書いているかというと、タネーエフ自身がチャイコフスキーの下、モスクワ音楽院で学んだ弟子であるからである。ピアノの名手としても知られ、チャイコフスキー作曲の「ピアノ協奏曲第1番」のモスクワ初演でピアニストを務めた。直々に学んだ弟子であるばかりか、相当のお気に入りだったようである。
タネーエフ《イオアン・ダマスキン》未公開版はオルガン付き
今回の演奏会は「ロシアの運命に翻弄される教師(偉大な教師と偉大な弟子たち):チャイコフスキー・タネーエフ・ラフマニノフ・グネーシナ」の一環で行われた。このプログラムはロシア文化基金による支援を受けモスクワのグネーシン音楽院が主導して行われている。
連綿と受け継がれる「音楽の知」を強調するプログラムのなかで、この師弟関係に触れないわけにはいかないのである。そうした文化基金がサポートするタネーエフ「カンタータ《イオアン・ダマスキン》」の未公開版の出版事業に伴い、その成果発表という形で今回のお披露目となったのである。
演奏には、ペトロザボーツク州立音楽院交響楽団とアレクセイ・クビシキン(指揮)が、また合唱にはロシア音楽アカデミー・グネーシン名誉アカデミー合唱団、オルガン・ソロにアレクサンドル・フィセイスキーが起用された。こうした演奏会では自前のオーケストラが登場するのが常だが、わざわざペトロザボーツクという別の都市から団体ごと招待している点については珍しい。モスクワとの交流という、昨今のロシア国内での行き来を盛んにする風潮で資金的にも思惑が合致したのかもしれない。

さて、この未公開版というのは具体的にどこが未公開だったのか。実は、カンタータ《イオアン・ダマスキン》はロシア国内では比較的頻繁に演奏される作品である。年に数回プログラムで見かけるほどである。それに未公開版があるというのだから、当地ではインパクトのある演奏会と言うことができよう。
じつは、これまで演奏されてきた版との大きな違いは、オルガン付きであるかどうかである。新しい版にはオルガンが入っているのである。この作品のアカデミック版出版事業を進めるなかで、オルガン付きの版を発見するにいたったのだそうだ。
演奏会で、プロジェクト・マネージャーのアレクサンドル・リジンスキーは「今日の演奏会が、奇跡から生まれた歴史的な出来事で、おそらく、各人の音楽人生にとって重要な1ページを飾ることでしょう」と語り、大きな拍手が送られた。115年ぶりとなる演奏、そしてオルガン付きのより重厚なサウンドに胸が熱くなった。
同時に演奏頻度のひじょうに少ないタネーエフ「ピアノ協奏曲」(変ホ長調)も披露された。こちらは、第17回チャイコフスキー・コンクールで入賞したスタニスラフ・コルチャーギンが登場し、演奏された。《イオアン・ダマスキン》とは対照的に、こちらはほとんど演奏されることがなくなってしまった作品だ。ドラマティックな作品である。冒頭のオーケストラ部分が比較的長いので、ピアノ・ソロが出てくるのがいつかヤキモキしてしまう。曲全体を通して、オーケストラと共同で音楽を紡ぎ上げていくというよりは、オーケストラとピアノが交互に語り合うかのような構成で、おもしろい。
そんな、歴史的で希少な作品の演奏会は、音楽を聴いて盛り上がろうという客層ではなく専門家や音楽同業者が多く、ある意味で冷めた反応だった。もっと演奏されることを期待したいところだ。
(2025年10月20日・モスクワ音楽院大ホール)





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