
モーツァルト《イドメネオ》 マリインスキー劇場がゲルギエフ指揮で新演出上演

ロシアの2月の音楽シーンから、サンクトペテルブルクのオペラとコンサートのレポートをお届けします。
2026年はモーツァルト生誕270年にあたる。それを記念して、マリインスキー劇場ではモーツァルト作品が演奏されたり、オペラの新演出が行われたりしている。とくにモーツァルトの誕生日が1月27日であるため、この時期に集中していた。
そんななか、モーツァルト「歌劇《イドメネオ》」の新演出版が、マリインスキー劇場第2ステージで公開になった(1月30日)。今回はそのプレミエ公演のうち、2月15日の公演を取り上げる。新演出を手がけたのはロマン・コチェルジェフスキー。1987年レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)生まれで、生粋のペテルブルクっ子である。新進気鋭の演出家で、これまで芝居関係の演出が多かったが、最近オペラでもその力を発揮し評価されている。ロシア国内では、極端な読み替え演出(現代演出)の流行はいち早く淘汰され、昨今、現代演出と古典の融合を目指す風潮が強くなりつつある。今回の新演出もそうで、観念的なイメージがバックグラウンドに巨大に描かれるいっぽうで、細かな舞台装置や衣裳は古典回帰のオーソドックスなものが使用されている。読み替え演出にへきえきしていたロシアの音楽ファンから、たいへん好意的に受け入れられている。
さて、このプレミエは、音楽監督ヴァレリー・ゲルギエフみずからの指揮で上演が行われた。イドメネオ役をイーゴリ・モロゾフ(T)、イダマンテ役をロマン・シロキク(T)、イリア役をエカテリーナ・サヴィンコヴァ(S)、エレットラ役をアンジェリカ・ミナソヴァ(S)らが務めた。比較的若いキャストで固められ、音に伸びとハリのあるモーツァルトらしい演奏を聴かせた。なかでもサヴィンコヴァとミナソヴァの透き通る声質に多くの聴衆が感心していたのが印象的だった。イドメネオ役のモロゾフは力強さがあり勇敢な英雄というキャラクターを見事に体現していたといえるだろう。
新演出はとても美しく、音楽の邪魔をしないたいへん素晴らしいものだった。ぜひ今後もこの演出とキャストでの上演が続くことを期待したい。

© Mariinsky Theatre
現代のチャイコフスキー 80歳記念演奏会開催

©Union Composers
ロシアでいちばん多い姓はイヴァノフ、スミルノフ、クズネツォフ、ポポフ、ソコロフなどとされる。音楽家の姓は比較的特徴的なものが多いので、あまり同姓同名の人物はいないと思われるが、それでも数人はいるのである。しかも、あまりにも有名な音楽家の姓であるために、プログラム上で見ると面食らう。筆頭はディミトリ・ショスタコーヴィチだろうか。サンクトペテルブルク・フィルハーモニーの正式名称にその名を冠している作曲家であるが、じつはあの作曲家の息子(マクシム)がサンクトペテルブルクを拠点に指揮者をしている。ショスタコーヴィチ指揮のショスタコーヴィチ作品というプログラムが15年ほど前にあったように記憶しているが、もちろんそれは作曲家の自作自演ではなく、父親の作品を息子が演奏するというもの。
ところで、チャイコフスキーも言わずと知れたロシアを代表する作曲家である。直系の家族はいないものの、遠戚でチャイコフスキーという姓を維持している。このなかの一人がモスクワ音楽院の作曲科の教授で、現在も活躍しているアレクサンドル・チャイコフスキーである(歴史的作曲家チャイコフスキーの名はピョートル)。この姓もあまりにも有名であるため、チャイコフスキーと聞くだけで作曲家が思い出される。さきほどのショスタコーヴィチは息子が音楽家ではあるが指揮者なので、わかってしまえば混同することもないだろう。しかし、現代のアレクサンドル・チャイコフスキーも作曲家だから、ファーストネームをしっかり確認する必要がある。ロシア国内の演奏会でもときおり、この現代のチャイコフスキー作品が演奏されることがあり、チャイコフスキーの交響曲の演奏会と思って行ったらアレクサンドルのほうだった、なんていう笑い話もあるくらいだ。
今回取り上げるアレクサンドル・チャイコフスキーは1946年生まれの80歳。80という区切りの歳を祝うために、モスクワではいくつかの演奏会が開かれた。なかでも2月13日にチャイコフスキー・ホールで、第7回モスクワ冬季国際文化フェスティヴァルの一環として行われた「アレクサンドル・チャイコフスキー80歳記念演奏会」が注目されていたので取り上げたい。
まず、出演者の豪華さが注目を集めた理由の一つだろう。ユーリ・バシュメットが登場すること、またソ連時代の映画などでおなじみの俳優セルゲイ・ガルマシュが、朗読で登場するというのが目玉だった。オーケストラは、バシュメットのオーケストラである国立ノーヴァヤ・ロシア(新ロシア)交響楽団と国立リュドミラ・ジーキナ記念ロシア国民アンサンブル「ロシア」の2団体が出場。指揮はフレッディ・カデナが務めた。おもしろいのは、通常の西洋楽器のオーケストラとロシアの民族楽器オーケストラが共同で演奏したことだ。これには後述するわけがある。
演奏会では二つの作品が取り上げられ、作曲家の80歳を祝った。前半では、同作曲家のドラマ交響曲《スヴャトスラフの子、オレグの孫イーゴリの遠征物語》が取り上げられた。ドラマ交響曲は、ストーリーがあり物語性が強い。オペラと交響曲の合体版とでもいおうか。オペラは演出付きで視覚的効果をともなって物語の一部始終がわかる仕組みだが、このドラマ交響曲は視覚効果の部分がない代わりに、朗読によって物語を先に進める。ある意味、芝居のような雰囲気もあるのはこの朗読のおかげだろう。
スラブの叙事詩を元にした作品で、イーゴリ公が遊牧民のボロヴェツ族に遠征して、敗北し捕虜になる出来事を描いている。ご承知のとおり、このテーマではボロディンのオペラ《イーゴリ公》があるくらいで、ロシア人にとっての古典だと言っていい。バシュメットの弾くヴィオラの行先の見えない不穏な音と共に、現代的な和声でありながら明瞭な旋律でひじょうに満足感のある演奏となった。「古さ」が音によって描かれているような不思議な印象を持った。
後半は、合唱オペラと銘打った《聖ボリスと聖グレブ、その兄弟である賢明王ヤロスラフと邪悪なスヴャトポルク、さらに悪しき盗賊たちと善良なロシアの民をめぐる物語》が演奏された。モスクワ音楽院の合唱団、グネーシン音楽院合唱団などが集まり、演奏会形式でありながら半演出付きで壮大な上演となった。
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