レポート
2023.06.22
浅井佑太×岡田暁生の対談講座 「シェーンベルクと世紀転換期ウィーンのドイツ・オーストリア音楽」から

実は“面白い”シェーンベルク~怒っているときに最高の音楽を書く作曲家が挑んだもの

生誕150年を迎える2024年に向けて、これからますます注目度が高まっていくシェーンベルク。このたび「作曲家◎人と作品シリーズ」の最新作『シェーンベルク』の刊行を記念して、著者・浅井佑太さんと、その師で同シリーズ『リヒャルト・シュトラウス』の著者でもある岡田暁生さんの対談講座が開催されました。シェーンベルクに対する後ろ向きな印象を覆し、「難しい」と思われている作品への「面白い」アプローチが大好評を博したこの講座。苦手と切り捨てる前に、なぜ苦手なのか、一緒に考えてみませんか?

音楽之友社出版局書籍部
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出版局書籍部では、クラシック音楽を中心にプロの音楽家・指導者・研究者向けから演奏や鑑賞の初心者向けまで、音楽に関するあらゆる本の編集を行っています! 半世紀以上におよ...

エゴン・シーレによるシェーンベルクの肖像画(1917)

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「大変面白かった」「もっと知りたくなった」「近年でもっとも素晴らしい講座!」。

終了後、受講者から次々に感想が発せられました。どちらかといえば不人気な印象のあるシェーンベルクがテーマの講座で、このような幕引きを迎えるなど、誰が予想したでしょうか?

 

©Arnold Schönberg Center, Wien
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日本を代表する研究者が執筆する作曲家伝記シリーズの決定版「作曲家◎人と作品シリーズ」の最新作『シェーンベルク』の刊行を記念して、2023年5月31日(水)夜、朝日カルチャーセンターにて対談講座「シェーンベルクと世紀転換期ウィーンのドイツ・オーストリア音楽」がオンライン開催されました。

講師は、本書(デビュー作!)の著者であり若手ホープとして注目を集める浅井佑太さんと、同シリーズ『リヒャルト・シュトラウス』の著者でありクラシック音楽界のカリスマ言論人、岡田暁生さんです。浅井さんは大学院時代、実は岡田さんの薫陶を受けていた!ということで、夢の師弟対談が実現。

生誕150年を迎える2024年に向けて、これからますます注目度が高まっていくシェーンベルク。読者の中には「近現代曲は好きだけど、シェーンベルクが苦手なのはなぜ?」という方も少なくないでしょうが、この疑問に、おふたりはこの対談で明快な解釈を示してくれました。

浅井佑太(あさい・ゆうた)
1988年大阪生まれ。お茶の水女子大学音楽表現コース助教。専門は19~20世紀のドイツ語圏音楽、新ウィーン楽派、音楽文献学。著書に『作曲家◎人と作品 シェーンベルク』(音楽之友社)。冒頭第一稿が届いた時点で「新星現る!」と音楽之友社社内が沸いた新進気鋭。
岡田暁生(おかだ・あけお)
1960年京都生まれ。京都大学人文科学研究所教授。専門は19世紀~20世紀初頭の西洋音楽史。特にピアノ音楽とオペラ。著書に『作曲家◎人と作品 リヒャルト・シュトラウス』(音楽之友社)、『楽都ウィーンの光と影』(人文書院)、『音楽の危機』(中公新書)など。

現状に安住するな!と“挑発”

今回の講座は、対談の前に発表を加えた、全3部構成。岡田さんの発表「世紀末ウィーンの都市論」、浅井さんの発表「シェーンベルクとスキャンダル演奏会」、そして受講者の質問をもとに語り合いながら答えを導き出す対談の順に行なわれました。

すべてをレポートしたいところですが、文字数の都合上、対談をメインにご紹介します。

***

質問者 なぜ、シェーンベルクが苦手な人が多いのでしょうか?

岡田 アルノルト・シェーンベルクの作品には、“挑発”するものがあるんです。保守的な聴衆のカンにさわるというか、現状に安住するな!と言われている気分になる。

シェーンベルクに《モーゼとアロン》というオペラがありますが、彼の姿はモーゼに重なります。虐げられている状況に安住し、変化を拒むユダヤの人々を、モーゼは砂漠へ連れ出す。砂漠の向こうのユートピアへ向かえと言う。

浅井 オブラートに包まずに“挑発”することも、苦手な人が多い理由の1つですね。

問題作となった「室内交響曲第1番」はリヒャルト・シュトラウス《サロメ》の影響を受けていますが、《サロメ》の方はかなり「聴きやすい=ウケる」工夫が凝らしてあります。斬新な不協和音もグロテスクな舞台の表現だと思えば受け入れられる。

けれどもシェーンベルクは、シュトラウス以上に尖った音楽を「室内楽」の中でやろうとします。聴衆は「舞台」というオブラートなしに、真正面から音楽を受け止めなければなりません。

岡田 両者の違いは、音楽技法という以上に出自の違いによるものと思います。

リヒャルト・シュトラウスはたいへんなブルジョワ家庭の生まれ。伝統的な音楽文化の「中」で育った。それに対してシェーンベルクは移民街に育ち、音楽はほぼ独学。

彼には伝統への激しい、しかし報われない同化願望があったと思う。伝統を摂取しても、どこか異質性があらわになる。ちなみにスコアを見れば、シェーンベルクはどれだけシュトラウスの影響を受けたか、一目瞭然です。

アルノルト・シェーンベルク
(1874-1951)
リヒャルト・シュトラウス
(1864-1949)

シェーンベルクは怒っていた

質問者 シェーンベルクは自分のスキャンダル(本記事の下部の囲み記事「シェーンベルクとスキャンダル演奏会 保守と前衛が入り交じる都市」を参照。ここで浅井さんが「スキャンダル≠失敗」と解説)を、どう思っていたのでしょうか?

浅井 スキャンダルに対して、もちろんシェーンベルクは激怒していました。ただ……シェーンベルクは、怒っている時こそ、もっとも素晴らしい音楽を書く作曲家だったということは強調したいです。個人的に、幸せな時のシェーンベルク――たとえば再婚してすぐの頃――の作品は、挑発性という面ではいくぶん見劣りします。そして、この挑発性はやはり、彼の音楽の最大の魅力でもある。そういう意味では、シェーンベルクにとってスキャンダルは実のところ、彼の創作の重要な原動力だったとすら言えます。

1913年3月31日に行われた「室内交響曲第1番」再演についてのカリカチュア(風刺画)。この演奏会における騒動は、同年の《春の祭典》初演事件と並び、音楽史の2大スキャンダルと呼ばれる(ともに浅井さんの講座資料より)

「ウィーンにおける次回のシェーンベルク演奏会」
「シー! 不平を言う者、野次を飛ばす者、叫び声を上げる者、腹痛をおこした者、あるいは気絶した者も逮捕される!」

岡田 その怒りには「階級闘争」的なものがあったでしょうね。当時はウィーンで労働者が大量に増えた時代で、シェーンベルクもまた労働者階級の人間だった。

浅井 もちろん、シェーンベルクは作曲家として成り上がろうとしていたと思います。けれども、それ以上に彼は、聴衆の大部分を占める上流階級の人々が、音楽を単なる「娯楽品」として消費している姿に怒りを燃やしていました。クラシック音楽を本当に理解している自分が、この世界を変えなければならない――そういった使命感を強くもっていたはずです。

岡田 ウィーン楽友協会ホールの黄金の間にある、立ち見席に行った時のことを思い出しました。自分はすし詰め状態で必死で音楽を聴いているのに、高いボックス席のお客は快適に居眠りをしている(笑)。

浅井 ぼくも同じような体験を学生の頃にしました。楽友協会の立ち見席で演奏を聴いている最中に、目の前の席に座っているカップルが、ずっといちゃついているのを見せられたことがあります。比べてよいものではないかもしれませんが、シェーンベルクも似たような苛立ちを覚えたのだとは思います(笑)。

岡田 あの時、シェーンベルクが抱いていたであろう怒りを、我が事として理解できました。

ウィーン楽友協会の黄金の間

岡田 出自といえば、新ウィーン楽派の3人の音楽性の違いも興味深いですね。伝統への愛憎、保守と前衛が激しく摩擦するシェーンベルクは、移民街と旧市街の境界であるドナウ運河のすぐそばの生まれ。ノスタルジックなアルバン・ベルクは旧市街のど真ん中の生まれです。

浅井 前衛をひた走ったアントン・ウェーベルンは、クラーゲンフルトで育ちましたが、ここはウィーンから250キロ以上離れたところです。生まれ故郷の自然豊かな環境を、ウェーベルンは生涯、懐かしみ続けました。音楽伝統への距離感と、生まれ育った場所とウィーンとの距離の関係は、無視できないのではないかと思います。

今の日本のクラシック界でスキャンダルは……!?

質問者 今の日本のクラシック音楽事情についての、おふたりの考えをうかがいたいです。

岡田 今回のお話を通して、クラシック音楽そして現代音楽を真剣に愛する者ならば、コンサートでスキャンダルが起きるくらいのことを求めなきゃいけないと、なかば本気で思いました。

クラシック音楽と現代音楽はいわば隔離されてしまったわけですが、ひょっとすると1人の聴衆として、容赦ないヤジとか、あるいは熱狂とかをためらってはいけないのかもしれない……複雑な心境です。

浅井 とはいえ、スキャンダルを欲する気持ち、つまり芸術作品に挑発されたいという態度は、実はそもそもロマン派的な時代錯誤の感覚なのかも……という懸念も。だから、こういった態度では、我々の時代における本当に新しいものを捉え損ねてしまうかもしれない、という複雑な気持ちもあります。

はじめてのシェーンベルクには、ぜひ初期の作品を

質問者 はじめに聴くシェーンベルク作品のおすすめは何ですか?

浅井 初期の調性時代の作品ですね。発表でとり上げた「室内交響曲第1番」はシェーンベルクの最高傑作だと個人的には思っています。《浄められた夜》や「弦楽四重奏第1番」もおすすめです。

出来の良さでいえば、初期に限らずシェーンベルクが怒っている時期の作品が抜群です。調性時代は野次を飛ばす聴衆に対して、そして十二音技法以後は反ユダヤ主義とナチス政権に対して。これに関しては、ぼくの本(『シェーンベルク』)を参考にしていただければ……(笑)。

いずれにせよ、強く訴えたいのは、「シェーンベルクは難しそう」というイメージは根強いですが、決してそんなことはないです!

シェーンベルク:《浄められた夜》(トラック4~8)

岡田 迷わず、歌曲《二つの歌》から〈感謝〉作品1-1です! それもグレン・グールド伴奏の録音で!!

これはブラームスとワーグナーの最高の瞬間を合体させたようなすさまじい作品で、「この二人のスタイルはもう完全に摂取しているぞ、文句あるまい!」といわんばかり。そして最後の最後で「未知の荒れ野へ踏み出せ!」とばかり鮮烈な不協和音を響かせる。彼の魅力である挑発性を知るのにうってつけです。

シェーンベルク:《二つの歌》から〈感謝〉作品1-1

シェーンベルクの生まれ育った環境

以上は対談の模様でした。その前に行なわれた発表についても、それぞれ概要をお伝えします。

岡田暁生さんは、ウィーンの都市論についてお話しされました。

世紀末ウィーンの都市論

19世紀後半に「音楽の都」としてアピールを始めたウィーンでは、メセナ(芸術活動への企業支援)も追い風となり、世紀末にさまざまな文化芸術が開花する。

 

メセナの主な担い手となったのが改宗ユダヤ人とよばれる、ユダヤ移民をルーツとする資本家たちで、彼らは華やかな生活を送っていた。

 

一方ウィーンには、シェーンベルクの家族のように、移り住んで間もない貧しいユダヤ移民も暮らしていた。移民街レオポルトシュタットは映画『第三の男』の舞台にもなったウィーンのダークサイドで、シェーンベルクはここに生まれ育ち、音楽家を志すようになる。

世紀転換期ウィーンの鳥瞰図(岡田さんの講座資料より)

シェーンベルクの魅力は“挑発性”

浅井佑太さんは、スキャンダルの背景について。音源も用いながらお話しされました。

シェーンベルクとスキャンダル演奏会 保守と前衛が入り交じる都市ウィーン

シェーンベルクはたびたびスキャンダルを起こしていた。その理由は、とても保守的な音楽と、とても前衛的な音楽がウィーンという小規模な都市に共存しており、それぞれが交じり合い、衝突する機会が少なくなかったためである。つまり、「スキャンダル≠失敗」であった。

 

スキャンダルが起きた1907年2月8日の演奏会の曲を順番に聴いてみると、調性音楽なのにどことなく挑発的な、シェーンベルク作品の性格を感じとれる。

その後、クラシック音楽と現代音楽の演奏機会は隔離されるようになり、シェーンベルクの音楽はスキャンダルを起こさなくなる。

 

シェーンベルクの魅力は“挑発性”である。そして反発者を挑発する音楽を模索するなかで、彼は調性を飛び出していったのだった。

【1907年2月8日のスキャンダル演奏会のプログラム】

ヴォルフ=フェラーリ:室内交響曲 作品8/ダンディ:《シャンソンとダンス》作品50/シェーンベルク:室内交響曲第1番  作品9(初演)

***

冒頭でふれたように、この講座はシェーンベルクに対する後ろ向きな印象に風穴を開けるものでした。「難しい」と思われているシェーンベルク作品への「面白い」アプローチを、おふたりに教えていただけたのではないでしょうか。

作曲・編曲だけでなく、著述や絵画の世界でも活躍した稀代の芸術家に“挑発”されるもよし、その葛藤に思いを馳せるもよし……。

苦手意識のある方も、これを機にぜひ聴いたり、演奏したりしてみてください。

浅井さんと岡田さんの研究成果が凝縮された2作曲家の伝記はこちら。

シェーンベルク』(作曲家◎人と作品シリーズ)浅井佑太 著

2,530円(本体2,300円+税)音楽之友社

 

十二音技法を生み出し、ベルクやウェーベルンらとともに新ウィーン楽派を立ち上げ後世に多大な影響を与え続ける20世紀最大の作曲家のひとり、アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)が定番伝記シリーズに登場。ブラームス、R.シュトラウス、そしてマーラーたちが君臨する当時の超保守的なウィーンやベルリンの楽壇で、独学の天才シェーンベルクはいかにその楽才を育んだのか。さらに、アメリカへの亡命を機にユダヤ人としてナチスに立ち向かっていくなかで彼が目指した音楽とは――知識を吸収すると同時に、シェーンベルク作品を聴く耳をも開いてくれる一冊。

 

 

リヒャルト・シュトラウス』(作曲家◎人と作品シリーズ)岡田暁生 著

3,080円(本体2,800円+税)音楽之友社

 

「19世紀ヨーロッパ市民の時代」の黄金期に生まれ、その最後の幕を引いた超人シュトラウス。世紀転換期の作曲家の中でも抜きんでた音楽技法を持ち、最晩年になってなお、比類のない作品を生み出した。このことは、シュトラウスの生きた「時代」においてどのような意味を持ったのか。当時の社会や音楽界の様相を絡めて描いた生涯篇では、《最後の四つの歌》の内面性など、著者独自の視点も読みどころのひとつ。作品篇では、シュトラウスの作曲技法が浮き彫りとなる緻密な楽曲分析を堪能できる。

 

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