レポート
2026.03.24
海外レポート・スイス【音楽の友4月号】/Worldwide classical music report, "Switzerland"

藤田真央がグシュタート音楽サミットに登場/ベルナイムがトーンハレ初リサイタル

スイスの主に2月の音楽シーンから、コンサートとオペラ、音楽祭のレポートをお届けします。

取材・文
中 東生
取材・文
中 東生

東京藝術大学、ミラノ·ヴェルディ音楽院、チューリッヒ音楽大学大学院、スイス国立オペラスタジオを経て、スイス連邦認定オペラ歌手となるが、声域の変更に伴い廃業。環境ビジネ...

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

グシュタート音楽サミットに出演した藤田真央
©Raphael Faux




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1月30日から2月7日まで行われた第26回グシュタート音楽サミットに藤田真央が出演するということで取材した。「スイスでいちばんリッチな町」といわれるグシュタートを中心に、近郊の2カ所も動員して開催され、富裕層率が高い。藤田真央(p)は今年の若手注目株で、2月2日のルージュモンの教会は期待に包まれていた。

ドイツものの意欲的なプログラムは息をつく間もなく進んでいった。1曲目のベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第1番」冒頭から、聴き慣れたこの曲を磨き抜いた音色で奏で、1音1音が意味を持って語りかけてくる。それぞれのフレーズを最適な色で弾き上げた。続くワーグナー《アルバムの綴り》から〈メッテルニヒ侯爵夫人のアルバムに〉では、藤田らしい優しい音でロマンティックな雰囲気が広がり、幸せな気持ちにさせた。次のベルク「創作主題による12の変奏曲」は、それぞれの変奏が大きなスケール感とデュナーミクで進み、熱く盛り上がってもすぐに引くバランス感覚に癒される。 

そして今宵いちばん魂を揺さぶられたのがブラームス「ピアノ・ソナタ第1番」だ。ワーグナーのような恍惚感がエキサイティングで、ブラームスが弾いているような、心の底から込み上げる感情にあふれていた。最後のワーグナー《イゾルデの愛の死》(リスト編曲)もすばらしいのだが、この音楽の、寄せて返す波のような際限がない広がりを、より実現できる未来に期待したい。

ルノー・カプソン芸術監督の下、ヴァディム・レーピン(vn)がメンターとして7人の若手ヴァイオリニストをコンサートまで導いた。そのなかでは、グシュタートのチャベルで聴いたイリス・シャロームの深いが甘い音色に惹かれ、またマルガリータ・ポーシェブットがソ連時代の巨匠のようにヘンリク・ヴィエニャフスキの曲を弾いたのが、強い印象を残した。終演後レーピンに会ったが、「彼女はほんとうにすばらしい。新しい世代のヴァイオリニストだ」と興奮を隠さなかった。

そのレーピンは2月1日に、ルージュモンの教会でユリア・ハーゲンのチェロとマルティーナ・フィリャクのピアノでショスタコーヴィチ「ピアノ三重奏曲第1番」チャイコフスキー「ピアノ三重奏曲《偉大な芸術家の思い出に》」を披露した。前者はすべての音がテンションの高い演奏を聴かせたのだが、後者はどこか説得力に欠ける印象を残した。ハーゲンのチェロは温かい音で語りかけるものだった。

1月31日には、「1604年」と記された古いザーネンの教会が、カメラータ・ベルンエマニュエル・パユのフルートの音で満たされた。ほかにはテノール歌手のペネ・パティ、チェロのキアン・ソルターニもメイン・ソリストとして挙げられるが、今年いちばんのニュースは、2月5日にカプソンとデュオを聴かせるはずだったエレーヌ・グリモーが急病のため、マルタ・アルゲリッチが代役を務めたことだろう。

マルタ・アルゲリッチ
グリモーの代役はなんとアルゲリッチだった
© Raphael Faux

バンジャマン・ベルナイムがトーンハレで初リサイタル

トーンハレでのリサイタルをはじめて行ったベルナイム(右)。左はピアノのエルヘンローダー
©Fotomen

パリ生まれ、ジュネーヴ育ちのバンジャマン・ベルナイムが、2月22日にチューリヒ・トーンハレで初リサイタルを行った。ベルナイムはローザンヌ音楽院で学び、2008年からチューリヒに住み、歌劇場オペラスタジオから専属歌手となった経歴から「自称スイス人」だ。

プログラムは昨年のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ジルベスターコンサートでのオペラ・アリアを中心に置き、その前後に2024年に発売したCD『Douce France』(優しきフランス)収録曲で構成された。CDには収録されていないビゼー《真珠採り》からナディールのアリア〈耳に残るは君の歌声〉で歌い始めると、長い息遣い、トーンハレの音響と共鳴する声がただただ心に響き、1曲目から涙する者までいた。

その後、CD収録のデュパルク《旅へのいざない》《フィディレ》の間にCDに収録していない《悲しき歌》を挟んで、フランス歌曲という芸術の真骨頂を聴かせた。今回が初共演というピアノのエドウィジュ・エルヘンローダーが、ショーソンの歌曲集《愛と海の詩》から「間奏曲」をピアノ独奏後、オペラに戻り、チャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》のレンスキーのアリア、そしてホセ・ファン・ダムの訃報(2026年2月17日死去)をフランス語でアナウンスした後に歌ったマスネ《ウェルテル》のアリアが頂点となった。

休憩後はビゼー《カルメン》から〈花の歌〉、そしてCDに収録していないプッチーニの歌曲が新鮮だった。《偽りの忠告》、《陸と海》のあと、《太陽と愛》ではプログラム最後に並ぶシャンソンの世界に通じるショーの要素を見せ、《死とは?》でイタリアの要素を加えた。ピアノ独奏のリスト《コンソレーション第3番》のあとは、CDのタイトルにもなっているトレネ《優しきフランス》コズマ《枯葉》ブレル《愛しかない時》でエンターテインメントとしてのクライマックスを見せた。アンコールはプッチーニ《トスカ》から〈星は光りぬ〉、そしてレハール《微笑みの国》から〈君はわが心のすべて〉のドイツ語歌唱で沸かせた。

ヒンデミット《カルディヤック》 チューリヒ歌劇場がファビオ・ルイージの指揮でプレミエ

チューリヒ歌劇場の《カルディヤック》から。題名役のブレッツは初役だった
© Monika Rittershaus

ナチスから反社会的と弾圧され、チューリヒへ亡命した作曲家パウル・ヒンデミットは、チューリヒ歌劇場にとって《画家マティス》を初演した等、特別な存在だ。《カルディヤック》はそれより9年遡る作品だが、2月15日、ファビオ・ルイージの緻密に研ぎ澄まされた演奏によって、その歴史に恥じないプレミエを披露した。

題名役のガボール・ブレッツは、初役とは思えない説得力ある歌唱と、どんなときも伸びやかな声で、終幕に数十人の合唱団と対話しても引けを取らない響きを保ちつづけた。次に印象深かったのは貴婦人役のドロティア・ラーングのしっとりとした声だ。娘役のアネット・フリッチュも声は細すぎたが、幕が進むほどに好演した。騎士役のセバスティアン・コールヘップと士官のミヒャエル・ラウレンツもパワフルなテノールを聴かせた。コルネル・ムンドゥルツォの演出は映画監督らしい視覚的効果で飽きさせなかったが、物語の最後は不完全燃焼気味だった。

取材・文
中 東生
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中 東生

東京藝術大学、ミラノ·ヴェルディ音楽院、チューリッヒ音楽大学大学院、スイス国立オペラスタジオを経て、スイス連邦認定オペラ歌手となるが、声域の変更に伴い廃業。環境ビジネ...

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