ジャンルを横断するピアニスト・トリスターノの旋律に酔いしれる
クラシックだけではなくテクノやダンスミュージック、ジャズなど、様々なジャンルを超えて活動するフランチェスコ・トリスターノ。昨年発表したアルバム「Piano Circle Songs」を携えての来日コンサートをレポートします!
純度の高い音楽を最高の環境で……
ルクセンブルク生まれの天才ピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ。バッハに代表される古典、20世紀以降の現代音楽、さらにテクノやハウスといった音楽にも造詣が深く、ジャンルを超えた評価を獲得している彼が、新作「ピアノ・サークル・ソングス」を携えた来日公演を行った。所属レーベル(ソニー・クラシカル)のHPにある「ピアノ・サークル・ソング」の説明には“リズムオリエンテッドな部分はおさえられ、静謐でメロディアスな作品”とある。確かにその通りだが、それだけではない。ジャンル、時代を自由に行き来するように自らの音楽を構築してきたフランチェスコ。今回の公演は、そのあまりにも奥深い音楽世界のもっとも純度の高い部分だけを抽出したような、美しさと凄みに溢れていた。
この日(6月12日)会場は東京オペラシティ・リサイタルホール。座席数は265席のこのホールは、都内でももっとも音響が優れた会場のひとつとして知られる。このインティメートな空間でフランチェスコのピアノが聴けることは、ファンにとっては史上の喜びだろう。
19時を少し過ぎた頃、フランチェスコがステージに登場する。(開演直前まで「ポーの一族」の新シリーズについて熱心に語り合っていた後ろの席の女性ふたりはフランチェスコが姿を見せた瞬間「髪、切ったね」「かわいい」とつぶやいていた)
コンサートは新作「ピアノ・サークル・ソング」の収録曲をほぼアルバムの曲順通りに演奏する形で行われた。まさに“静謐でメロディアスな”本作のテーマを端的に示した「Circle Song」、端正なパッセージが緻密に絡み合う「This too shall go」、豊かな叙情性に溢れた「Grey Light」。ここ数年はシンセサイザー、サンプラー、ドラムマシンといった機材を取り入れ、高度な編集技術を駆使した作品を発表してきたフランチェスコ。ピアノと両手だけで構成された「ピアノ・サークル・ソング」は、彼のもっともベーシックなスタイルであると同時に、これまでに培ってきた様々な音楽の表現――ときに実験的な要素を多分に含むーーのエッセンス(本質的要素)そのものと言っていいだろう。
原点回帰の「ピアノ・サークル・ソングス」
筆者がフランチェスコに興味を持ったきっかけは「Surface Tension」(デトロイト・テクノのゴッドファーザー、デリック・メイが参加したアルバム)であり、その前衛的なリズムの解釈に惹かれていたのだが、そんなリスナーにとってもこの日のコンサートはとんでもなく魅力的であり、まったく飽きることがなかった。その要因はやはり、彼の演奏のなかに含まれる豊かな音楽性だ。古典から現代音楽までを行き来しながら、きわめて独創的なアイデアと高い演奏技術に裏打ちされたその作品は、音楽という表現に対するリスペクトと芯のオリジナリティに満ち溢れていた。さらに印象的だったのは、その演奏から彼自身のエゴをまったく感じなかったこと。楽曲の構成、アレンジ、演奏を含め、すべてが厳密に制御され、決して大仰にならない。その謙虚でストイックな姿勢もまた、このピアニストの魅力なのだと思う。
2度目のアンコールで「“Circle Song Ⅲ”を忘れていました」と日本語で告げ、美しい憂いを帯びた旋律とともにコンサートは終了。“天才”“イケメン”“テクノ”“前衛的な現代音楽家”といったリスナーの(勝手な)イメージを裏切ることなく、厳密で優れたピアノ楽曲によってオーディエンスを魅了したフランチェスコ・トリスターノ。自らの原点に回帰した「ピアノ・サークル・ソングス」は彼自身にとっても大きなターニングポイントになりそうだ。
http://www.sonymusic.co.jp/artist/francescotristano/discography/SICC-30459
¥2,600+税/発売中
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