
注目の指揮者エリム・チャンがロンドン響を指揮 恐るべき統制力と独自の音楽世界に脱帽

イギリスの2月の音楽シーンから、今号ではオーケストラと室内楽のコンサートをピックアップしてお届けします。
ロンドン交響楽団(LSO)の定期演奏会にエリム・チャンが登場した。1986年香港生まれの、現在世界でもっとも注目されている女性指揮者である。
バルトーク《舞踏組曲》は、「第1舞曲」が独自の抑揚がつけられたファゴットによるたわけた雰囲気で始まり、その後のテンポの変化では鮮やかな切れ味を見せた。この曲で繰り返し現れる穏やかな主題のしなやかさも印象深かった。
荒々しさを抑えたさっそうとした「第2舞曲」はたいへん新鮮で、「第3舞曲」、「第6舞曲」のリズムの冴えは驚くべきものだった。いっぽうで「第2舞曲」、「第6舞曲」の主題からは独自の不思議な雰囲気のある音色が引き出されており、「第4舞曲」の管楽器のアンサンブルの音色も謎めいていた。
ラフマニノフ《交響的舞曲》は、ラフマニノフが最後に書いた作品である。この曲でもリズムの冴えと音色の探求が際立っていた。行進曲のリズムによる第1楽章冒頭は、手綱を引き締められた馬を想起させて壮観だった。また中間部のアルト・サクソフォーンによって歌われた旋律を弦楽器が受け継ぐ箇所では、美しさを極めた旋律線から哀感が漂った。
ヴァイオリン・ソロのあと、テンポを落としてしっとりとした雰囲気で始まった第2楽章は、磨きぬかれた曲線美が強い印象を残した。第3楽章はスフォルツァティッシモの和音が一瞬のくるいも許さないような鋭さを持って弾かれ、これまで体験したことのない張り詰めた雰囲気が会場を包んだ。緊迫したリズム、打楽器によって生み出された奇怪な幻想的世界には、ただただ圧倒された。また低弦のトレモロとバスクラリネット、クラリネット、ホルンによる悪夢の断片のような数小節が不気味さを醸し出し、それが耳に焼きついた。
「怒りの日」のモティーフが聞こえてから最後の「ハレルヤ」、コーダまで、チャンは確固たるペースに団員のすべてを見事に結束させた。華奢であどけなさの残る容姿からは想像しがたいチャンの、恐るべき統制力と独自の音楽世界に脱帽した晩だった(2月8日、バービカンホール)。
いま注目の若手、レオンコロ弦楽四重奏団がウィグモア・ホールで公演

ウィグモア・ホールにレオンコロ弦楽四重奏団が登場した。2019年にベルリンで結成され、2022年にウィグモアホール、ボルドーの両弦楽四重奏コンクールで優勝。2023年には、シューマンとラヴェルの弦楽四重奏曲を収録したCDが、仏有力雑誌『クラシカ』のベスト・ディスクに選ばれている。
彼らの初々しい演奏がとくに引き立ったのは、ウェーベルンとメンデルスゾーンの初期作品を取り上げた前半だった。ウェーベルン「弦楽四重奏のための緩徐楽章」では、第1ヴァイオリンのヨナタン・昌貴・シュヴァルツの旋律にリードされたアンサンブルは、恋に落ちた若い作曲家の、青春が入り混じる感情をたたえていた。第1ヴァイオリン高音の比類のない清らかさは忘れがたく、ピッツィカートの伴奏によるチェロ(ルカス・実・シュヴァルツ)とヴィオラ(近衞麻由)による主題の回帰、コーダは繊細そのものだった。
18歳のメンデルスゾーンが書いた「弦楽四重奏曲第2番」作品13は、同年に作曲された恋の歌からの引用が第1楽章に動機として使われている。「本当なの? 君があの緑の小道の蔦の絡まる壁のそばで僕を待っているって」。穏やかな序奏部に始まり、儚さのあるヴァイオリンの第1主題は感傷的な青年作曲家を舞台に現前させるかのようだった。メンデルスゾーンの作品はともすると音の多さが目立つが、力みのない軽々とした16分音符は音楽に自然で若々しい疾走感を生み出していた。
第2楽章ではヴィオラ、第2ヴァイオリン(垣内絵実梨)、第1ヴァイオリン、チェロと続くフーガが4人の奏者の研ぎ澄まされた感覚を浮き彫りにした。第3楽章では夜の幻想的な雰囲気が十分に感じられ、第4楽章は純粋な情熱をそのまま音にしたようだった。冒頭の動機が回想される最後では、哀感の漂うアンサンブルが深い余韻を残した。
後半のベートーヴェン「弦楽四重奏曲第14番」作品131は澄んだ第1楽章のフーガに始まり、みずみずしい音色と伸びやかな第4楽章(変奏曲)、輝かしい第5楽章(スケルツォ)、エネルギーの迸る最終楽章が印象に残った。彼らはこれから長い年月をかけてベートーヴェンが最晩年になって辿り着いた境地に近づいていくであろう。
なお、アンコールはハイドン「弦楽四重奏曲第34番」ニ長調作品20-4から第3楽章「メヌエット」(2月3日、ウィグモア・ホール)。
チョ・ソンジンがノセダ指揮ロンドン響の定期に登場

若手韓国人ピアニスト、チョ・ソンジン(p)とイム・ユンチャン(p)の在英韓国人の間での人気はひじょうに高い。今回も、チョ・ソンジンがショパン「ピアノ協奏曲第2番」のソロで登場したジャナンドレア・ノセダ指揮ロンドン交響楽団(LSO)の定期演奏会は、同じプログラムで公演が2回組まれたにもかかわらず、1943席の客席は2日ともほぼ完売した。
チョ・ソンジンは数年前に、ノセダ指揮のLSOとこの協奏曲を収録したCDをドイツ・グラモフォンから出している。ロマン派を代表する作曲家の情熱の迸りを感じさせる旧世代のショパン演奏とは対照的に、激しい音を避けた、雅で空気のような甘さの漂う演奏だった。全楽章を通じて高音部の技巧的なパッセージは消えてしまいそうな繊細さがあった。
第2楽章は優しく甘美で、ユニゾンによる短調の中間部でも打鍵は抑えられていた。第3楽章は漂うように軽かったがリズムはしなやかだった。協奏曲終了後は、スマートフォンで写真をとるおびただしい数の韓国人女性ファンが目についた。拍手に応えてアンコールにはショパン「ワルツ第12番」ヘ短調作品70-2が演奏された。
なお当夜のプログラムは、協奏曲の前がストラヴィンスキー「ディヴェルティメント」(バレエ音楽《妖精の口づけ》からの抜粋)、その後がボロディン「交響曲第2番」だった。ストラヴィンスキー、ボロディンのいずれも色彩のなさに正直驚かされたが、ボロディンでは第2楽章の中間部、第3楽章は旋律がよく歌われ、第1楽章、第4楽章は流れのある演奏だった(2月12日、バービカンホール)。





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