レポート
2025.12.29
海外レポート・イギリス【音楽の友2月号】/Worldwide classical music report, "U.K."

パッパーノがロンドン響とヴォーン・ウィリアムズのミサ曲上演 世界平和への祈り

イギリスの12月の音楽シーンから、注目のオペラやコンサートを現地よりレポートします。

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

ロンドン交響楽団の定期演奏会から。写真手前は左からジュリア・シットコヴェツキ(S)、アントニオ・パッパーノ(指揮)、アシュリー・リッチーズ(Br)、合唱はロンドン交響楽団合唱団 ©Mark Allan

取材・文=久保 歩

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ロンドン交響楽団(LSO)の定期演奏会を聴いた。首席指揮者のアントニオ・パッパーノが、チャイコフスキー「交響曲第4番」、ヴォーン・ウィリアムズ《フロス・カンピ(野の花)》と《ドナ・ノービス・パーチェム(平和を我らに授けたまえ)》を振った(12月7日、バービカンホール)

前半のチャイコフスキー「交響曲第4番」ではメランコリーや感傷を避け、それぞれの楽章の構成やダイナミックスのコントラスト、オーケストレーションの変化を明確に表した。

それでいながら熱気と叙情性は十分に感じられ、第1楽章のクラリネットで始まる第2主題の羽根のような軽さ、第3楽章のそろった弦楽器のピッツィカート、第4楽章の見事に整ったアンサンブルなども印象に残った。

後半は、ヴォーン・ウィリアムズによる合唱を用いた珍しい作品二つが取り上げられた。《フロス・カンピ》はヴィオラ、合唱、管弦楽のための組曲で、6つの楽章にはそれぞれ旧約聖書の『ソロモンの雅歌』(愛、欲望、結婚を歌った詩)からの引用が記されている。内省的で繊細なアントワン・タメスティの独奏と小編成の管弦楽、ロンドン交響楽団合唱団の精緻な演奏から、東方の趣とほのかな官能が漂った。

《ドナ・ノービス・パーチェム》は、ソプラノ(ジュリア・シットコヴェツキ)、バリトン(アシュリー・リッチーズ)と合唱、管弦楽のためのミサ曲だ。1936年のハダースフィールド合唱協会創立100周年記念のために作曲されたが、同時に再び大きな戦争へと向かうヨーロッパの状況を批判している。

22年間にわたって英国ロイヤル・オペラ・ハウスの音楽監督を務めた指揮者だけあって、オーケストラと合唱団のバランスと掌握は見事だった。唯一残念だったのは、合唱団の歌詞が聴き取れなかったことで、プログラムに印刷された歌詞を追いながら聴くことになった。とはいえ、戦争が止まない今日、クリスマスを控えて、このミサ曲に込められた世界平和の祈りに対する指揮者の共感が示されたことの意義は大きい。

ヘンデル《パルテノペ》がイングリッシュ・ナショナル・オペラで再演

ENOの《パルテノペ》から
ENOの《パルテノペ》から。アルサーチェを歌ったカティング(左)とパルテノペを歌ったウィリアムス(右)© Lloyd Winters

イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)で、2008年に制作されたヘンデルのオペラ《パルテノペ》(1730年、ロンドン初演)が再演された。2017年に続き2度目となる。(11月20日、イングリッシュ・ナショナル・オペラ)

ナポリの女王パルテノペは、コリント王子アルサーチェとロドス王子アルミンドをとりこにしている。そこへアルサーチェに振られたロズミーラが彼を追って男装して現れ、パルテノペに求愛する。クーマエ王子エミリオもパルテノペに求婚するが、拒否されると宣戦布告する。

クリストファー・オールデン演出の舞台は、2009年のオリヴィエ賞(英国の舞台作品に与えられる)の「最優秀新演出」に選ばれている。舞台は戦間期パリの社交界に移され、ホステスとなったパルテノペが4人から求婚される。

再演を見に行ったのは、英国人カウンターテナー、ヒュー・カッティングのアルサーチェ役でのENOデビューを聴くためだった。ポール・アグニュー指揮のレザール・フロリサンによるヘンデル《メサイア》(2023年、フィルハーモニー・ド・パリ)に登場し、表情に富んだ歌唱を聴かせたことが記憶に残る。

本公演のアリアのカットの多さには正直驚かされたが、とくにアルサーチェ役は4つとカット数がもっとも多かった。それでも第2幕の〈あなたに伝えられたらいいのに〉ではふくよかでよく伸びる声が、二人の女性の間を行き来する色男をほうふつさせた。第2幕最後の〈風は吹き荒れ〉での技巧はよく整っており、過去にロズミーラ姫を捨てたことが暴露されて、パルテノペに拒絶され絶望に沈む第3幕第6場は、会場をしんみりとした空気で包んだ。

そのほかのキャストは歌唱技巧がもう一つで、とくに声が温まっていない第1幕は硬さも目立った。題名役ナーダス・ウィリアムスによる滑らかな〈あなたから軍隊の指揮権を取り上げます〉(第1幕第11場)、パルテノペの気持ちが自分のほうに動いて心を弾ませるアルミンド(ジェイク・イングバー)をコミカルに表す、タップダンスのリズムに乗った〈高貴な心よ〉(第3幕第5場)などは成功していた。

2008年、2017年の公演でも指揮を務めたクリスティアン・カーニンは、第1幕終了後の休憩中に体調を崩し、第2幕からはアシスタントのウィリアム・コールが指揮を引き継いで、無事初日公演は幕を下した。

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