レポート
2026.03.23
海外レポート・アメリカ【音楽の友4月号】/Worldwide classical music report, "U.S.A."

マリア・ドゥエニャスがニューヨーク・フィル・デビュー/ブルース・リウのリサイタル

アメリカの2月の音楽シーンから、ニューヨークのコンサートのレポートをお届けします。

取材・文
小林伸太郎
取材・文
小林伸太郎 音楽ライター

ニューヨークのクラシック音楽エージェント、エンタテインメント会社勤務を経て、クラシック音楽を中心としたパフォーミング・アーツ全般について執筆、日本の戯曲の英訳も手掛け...

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

ニューヨーク・フィルに客演したマンフレート・ホーネックとマリア・ドゥエニャス
© Chris Lee

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この冬、ピッツバーグ交響楽団の音楽監督であるマンフレート・ホーネックが、昨年に続いてニューヨーク・フィルハーモニックの定期に登場した。前半はベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」、後半はリヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲という、性格の異なる2作品を並べたプログラムは、スペインのヴァイオリニスト、マリア・ドゥエニャスのニューヨーク・フィル・デビューで始まった。

ホーネックとウィーン交響楽団とともに本曲を録音しているドゥエニャスだが、構築感よりもその叙情性に従ったかのような音楽が好印象だった。ニューヨーク・フィルとの共演は、少々線が細く感じられたかもしれないが、ゆったりとしたテンポで柔らかく穏やかな雰囲気をたたえた第1楽章、深い抒情と温かさに満ちたラルゲット、軽やかな親しみに満ちた終楽章と、多くの観客を捉えた。ちなみにカデンツァはすべて自作とのことだ。熱狂的な拍手に応え、ドゥエニャスはアンコールとしてフランツ・フォン・ヴェチェイの《悲しいワルツ》を演奏した。こちらの線の曲をもっと聴いてみたいと思わせる、繊細かつ情感豊かなサウンドであった。

休憩を挟んだ後半は、ホーネック自身がチェコ出身の作曲家、編曲家、指揮者のトマーシュ・イッレと協働し、リヒャルト・シュトラウスのオペラ《エレクトラ》を35分ほどの管弦楽曲に編曲した「《エレクトラ》シンフォニック・ラプソティ」がニューヨーク・フィル初演された。前半ではドゥエニャスの繊細なアカンパニストに徹した感があったホーネックだが、ここではニューヨーク・フィルという重戦車大隊を巧みに統率し、思う存分鳴らしてくれた爽快な演奏ではあった。極限まで巨大化したオーケストラから抽出される緊張と混沌、そして時折差し込まれる叙情の鮮烈な対比は、ホーネックならではのものだろう。

しかし同時に思わざるを得なかったのは、本曲は人間の肉声があってこそ、その衝撃度が真に感じられるのではないかということだった。ヴォーカルのラインが一切存在しない組曲は、たとえ金管がアガメムノンの動機をどんなに鋭く鳴らしても、不思議なことに本来の破壊力を発揮しないのではないだろうか? そんなところに、声楽を扱うシュトラウスの手腕をいまさらながら感じる演奏でもあった(2月1日、デイヴィッド・ゲフィン・ホール)

M.ホーネック指揮ニューヨーク・フィル
M.ホーネックはピッツバーグ交響楽団のシェフを長く務めているが、最近はニューヨーク・フィルなど、アメリカの他のオーケストラへの客演も多くなってきた
© Chris Lee

アメリカ建国250年のコンサートシリーズにネゼ=セガン&METオーケストラ登場

今年に入って、建前で取りつくろうとしない米国の動きがますます目立つようになっているが、米国は今年、建国250周年を迎える。カーネギーホールではこれを記念して「響きで結ばれて──アメリカ建国250年(United in Sound: America at 250)」というコンサートシリーズを静かに進めている。フィラデルフィア管弦楽団からハリー・コニック・ジュニアまで、多様なジャンルのアーティストが名を連ねるこの企画は、「独立宣言署名から250年を迎えるアメリカを多面的に見つめ直すシリーズで、アメリカのアイデンティティを形づくり、そして今もなお形づくり続けている、尽きることのない多様な声と影響を探求するもの」なのだという。

2月4日にヤニック・ネゼ=セガン率いるMETオーケストラが行ったコンサートも、同企画の一部として開催された。プログラムは、ウィリアム・リーヴァイ・ドーソン《ネグロ・フォーク・シンフォニー》(1934年、1954年改訂)に始まり、サミュエル・バーバー《ノックスヴィル:1915年の夏》(1947年)、後半にはレナード・バーンスタイン《ウェスト・サイド・ストーリー》から〈どこかに(Somewhere)〉(1957年)と、「バレエ音楽《ファンシー・フリー》」(1944年)が続くという、20世紀半ばまでの作品で構成されたものだった。それはどこかノスタルジックなアメリカ像が立ち上がるプログラムで、複雑な感慨を抱かせる内容であった。

アフリカ系アメリカ人作曲家のパイオニアの一人とされるドーソンの《ネグロ・フォーク・シンフォニー》は、ヨーロッパ系クラシック音楽の語法による管弦楽作品をアフリカ系アメリカ人作曲家が手がける道を開いた作品として評価されている。黒人霊歌にインスパイアされたという本作は、第1楽章冒頭のノスタルジックなホルンからしてドヴォルジャーク《新世界より》へのジェスチャーを思わせるものだが、黒人霊歌を「アメリカのフォークソング」と呼んだのはドヴォルジャークであった。ネゼ=セガンはフィラデルフィア管と同作を録音しており、この作品に対するコミットメントは揺るぎのないものだ。その響きにこの日の聴衆は、大きな拍手で応えていた。

続くバーバーの作品は、アラバマ州出身のドーソン作品に続いて、さらに南部のノスタルジーを濃厚に描き出す。ソリストのイザベル・レナードは、その表現が時に冷たく感じられることもある歌手だが、この作品においてはそのクールさが適度な抑制となり、好ましい効果を生んでいた。

休憩後は、もう一度レナードが登場して《ウェスト・サイド・ストーリー》の名曲を歌った。どこかに自分たちが生きられる場所があると歌う切実な祈りよりも、休憩時間の賑やかなロビーの余韻を引き込んだような明るい響きは、オーケストラのポップス・コンサートのノリであろうか。その明るさは《ファンシー・フリー》にも引き継がれ、第二次世界大戦中のニューヨークで休暇を楽しむ海軍兵を描く軽やかなバレエ音楽が、大きなインパクトを持ったであろう時代に想いを馳せることができる演奏となった。これらをポップにつなぐネゼ=セガンの音楽は、底抜けに明るい。その明るさに観客は安堵する。そんな演奏会だったのだろう。

ネゼ=セガン指揮METオーケストラ
ネゼ=セガン指揮METオーケストラ公演から
© Jennifer Taylor

ブルース・リウがカーネギーホールでリサイタル

2月20日、カーネギーホールで行われたブルース・リウのピアノ・リサイタルも、筆者にとっては、現在、そしておそらくこれからのクラシック音楽演奏会のありかたを考える機会となった。リゲティ「エチュード第4番《ファンファーレ》」からJ.S.バッハ《フランス組曲第5番》ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第21番《ワルトシュタイン》」へとつなげるプログラムは、彼の卓越した技巧に加え、透明で抑制された響き──言い換えると、ここぞというところですっと引くような響き──が印象的だった。頑強な構築よりも、フレームのなかに、すっと収まり続ける演奏とでもいう感じだろうか。

後半のショパン、ラヴェル、モンポウ、アルベニス、リストではさらに技巧が冴えわたり、観客は熱狂した。そんな観客にリウは、ベートーヴェン《月光》終楽章の速弾きアンコールで応えた。今シーズンのカーネギーホールのピアノ・リサイタルは、アジア系のアーティストが席巻している印象があるが、リウはそのなかでも、今後も繰り返し聴くことになるであろう演奏家の一人だと感じさせる観客の熱狂ぶりであった。

取材・文
小林伸太郎
取材・文
小林伸太郎 音楽ライター

ニューヨークのクラシック音楽エージェント、エンタテインメント会社勤務を経て、クラシック音楽を中心としたパフォーミング・アーツ全般について執筆、日本の戯曲の英訳も手掛け...

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