レポート
2020.04.24
セロリッシュ・パリ紀行〈後編〉

音楽屋・春畑セロリ、パリの地を這う〜ラヴェルやピカソ、ロダン、そしてジャム

2月にフランス・パリに出かけた作曲家の春畑セロリさん。自作品のコンサート in パリに参加した前編につづいて、後編では、ラヴェルの家やピカソ美術館の訪問記をお届けします。新しい作品をクリエイトしつづけるセロリさんならではの苦悶と愛の言葉、お楽しみください。

旅する音楽家
春畑セロリ
旅する音楽家
春畑セロリ 作曲家

作曲家。東京藝術大学卒。鎌倉生まれ、横浜育ち。舞台、映像、イベント、出版のための音楽制作、作編曲、演奏、執筆、音楽プロデュースなどで活動中。さすらいのお気楽...

写真:春畑セロリ

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目の上のたんこぶ、モーリス・ラヴェル

今回のパリ旅行の大きな目的は、絵と音楽のコラボ「ゼツメツキグシュノオト」のコンサートを聴かせていただくことでしたが、実はもうひとつ、隠しテーマがありました。それがラヴェル探訪です。

思い返せば1年ほど前、パリから帰省中の若いピアニストに「好きな作曲家は誰ですか?」と訊かれ、「いや~、最近、なぜか気になる人がいて……、それが、好きっていうのとはちがい、逆に嫌いというか、腹立たしいというか、なのに気になる。それがモーリス・ラヴェルなんですよね」と答えました。

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かの時代のフランス音楽の中では、そう、敬いたくなるのはフォーレ、遊びたいのはサティ、愛したいのはドビュッシー。

しかし、ラヴェルっていう人は、何なんでしょう。なんだか引っかかる。あの人ってなんとなく、したたかだけどピュア、直感が鋭いのに理屈っぽい、斬新に見えて形式重視、技巧派なのにみずみずしい、大胆だけど神経質、ナイーブなのに皮肉屋、自信家だけど傷つきやすい(最後のほうは完全に妄想です)。

とにかく、ワカラナイ! ワカラナすぎて気にかかる。ワカラナいのに影響される。そう、真似できないのに影響を及ぼしてくる! 到底かなわない天才のくせに凡人を侵略してくる!……好きというより敗北感。 

そしたら、そのピアニストさんが、「パリの郊外に『ラヴェルの家』というのがあって、僕、この間、友だちと行ってみたんですよ。彼が晩年に住んだ家で、とてもよかったです」と言うではありませんか。

そのひと言がずっと頭に引っかかっていました。パリに行くときがあったら、きっとラヴェルの家に行こう。ラヴェルと同じ空気を吸って、ラヴェルの懐に飛び込んで、悩ましいラヴェル幻想を踏みつぶしてこよう。

あれから1年。いよいよパリへ行くチャンスがめぐってきました。

読み込まれたラヴェルの《ボレロ》や《ダフニスとクロエ》のスコア。

まずピカソ、次にロダンに逢いに行った

私にとって、パリは馴染み深い街です。大学卒業後すぐ、パリを拠点にして半年ほどヨーロッパを旅していましたし、その後も仕事やプライベートで何回か訪れています。ですから今回、改めて観光名所を回るつもりはありませんでしたが、実はどうしても再会したい作品が2つありました。ピカソの彫刻「山羊」と、ロダンの彫刻「接吻」です。

以前にパリで撮った「山羊」(ピカソ美術館像)。
同じく、「接吻」(ロダン美術館蔵)。

これらが美術的にどんな価値があるのか、ほとんど知らないくせに、とにかく好きなのです。とにかく、また会いたかったのです。作品から聞こえてくる(と思われる)作者の呟きや溜め息や愚痴や忍び笑いを耳にしたかったのです。私の関心は、作品そのものの価値より、作者の葛藤や苦悶や陶酔、そしてそれに触れる人間(まぁ、私自身ですけど)の戦慄や当惑や幸福感にあるのかもしれません。

残念ながら、ピカソ美術館はフロアの半分以上が閉鎖中で、大好きな「山羊」には会えませんでした。しかし、展示壁の低い位置に、見学の子どもたちに向けたメッセージが書いてあるのをみつけて楽しみました。いかにもフランスらしいです。

Tシャツマークの解説文には「さあ、最後の作品だよ。しっかり見てね。きみのまなざしが作品に命を与えるんだ」というような哲学的メッセージが。

ピカソ美術館からアート感あふれるマレ地区、修復中のノートルダム寺院、ステンドグラスの美しいサント・シャペル、リュクサンブール公園などを抜け、ロダン美術館まで散策。ここで無事にあの「接吻」と再会して外に出ると、夕闇せまるエッフェル塔が迎えてくれました。

ピカソ美術館〜ロダン美術館

布教の目的だけで、こんなに美しいものが創れてしまうのか。
公園は思索のためにある。
塔と街の美しい構図——東京には真似できない。

ついにラヴェル家を襲う

ラヴェルが晩年の16年間を過ごしたモンフォール・ラモリは、パリから西へ電車で40分ほどの地区。駅から徒歩45分ののどかな田園風景の中に、モーリス・ラヴェル博物館はあります。

そのコンパクトで機能的な家は、外観からインテリアまで、彼の住んでいたままの姿で保存され、限られた時間だけ少人数の見学をガイド付きで受け入れています。

私たちはストライキによる交通マヒを懸念して、パリ市内からハイヤーで向かいました。東京藝大作曲科の後輩でピアノ留学中の井上貴世子さんが、通訳として同行(貴世子さんとは初対面だったのですが、前日、楽譜屋さんを物色していたら、「春畑セロリさんですよね」と声をかけてくださいました!)

同時期にパリに行くことになった吉村美保さん(ピアニスト・音楽教育家)、北井かえさん(ピアノ指導者)とは、とにかく時間の許す限り思いつくままパリを楽しもう! と、無計画にパリで集合しましたが、大事なラヴェル遠足だけは、事前にしっかり根回ししておきました。

坂道にそっと佇むラヴェル晩年の住処。
ラヴェル家から望むモンフォール・ラモリの風景。

パリ〜モーリス・ラヴェル博物館

ラヴェルの家のポーチでは、ガイド役を務めるマダムが笑顔で迎えてくれました。中に入ると、すべての部屋は生前のラヴェルがそうしていたようにきちんと片付き、何もかもが合理的に並べられています。棚のディスプレーにも、蔵書の背表紙の順番にも、内装の色彩にも、お風呂の小物の並べ方にも、彼のこだわりがあふれています。

丁寧に解説してくださった案内役のマダム。

モーリスの好きだったもの。

旅、オシャレ、小さいもの、おもちゃ、仕掛け、猫、和風のもの、絵を描くこと、ロシア音楽、ジャズ、流行り物、手紙、弟、ふわふわな絨毯、隠し扉の向こうの小部屋、森の散歩、長湯。

あ~、わかるぅ~!!!

生涯独身だった彼は、使用人だけが同居するこの小さな家で、これらのものを思う存分楽しんだのでしょう。あるいは、楽しもうとして心を砕き、ときに苦心し、ときに闘い、自分をみつめ、音を探し、森を歩き続けたのでしょう。

この家を見学するまでは、彼が子どもっぽいものをコレクションしていると聞いて、少し違和感があったのですが、実際は、子どもが好きというより、自分の子ども時代への尽きせぬ想いを抱え込んでいたのだと推察しました。人一倍強かった新しいものへの好奇心も、身近なグッズへのこだわりも、そして技法や古典に対する執着も、彼の心の旅路の率直な表れだったのではないでしょうか。

小柄で洒脱なモーリスが今にも顔を出しそうな家の中は、残念ながらすべて撮影禁止。絵葉書を買い揃えて、大事にカバンにしまいました。

ラヴェルの家で手に入れた絵葉書たち。
私たち遠足仲間。マダムと一緒に。

パリはまた愛と刺激をくれた、ジャム以外は

逢えずに幻となった「山羊」の天真爛漫さも、再会した「接吻」のエロティックさも、街のモノトーンも、空の広さも、無心の森も、微笑む丘も、何もかもが新しい刺激をくれました。

リュックには、ラヴェルの家の絵葉書、街の本屋でめぐり逢った飛び出す絵本、青春の思い出の映画DVD。そして、最終日に手に入れたシャンパンのジャム。どれも、これからの創作活動をそっと支えてくれそう。

素晴らしい配色の、フランスらしい絵本たち。

……な、はずだったんだけど、不用意にリュックに入れておいたばかりに、空港でジャム、没収されちゃいました。私のこれからの創作がひと味欠けているとしたら、それは、きっとジャムのせいに違いありません。

この素敵な街が、一刻も早く健全な姿を取り戻し、私たちに愛と刺激を再び分けてくれますように。

モンフォール・ラモリ市の動画

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春畑セロリ 作曲家

作曲家。東京藝術大学卒。鎌倉生まれ、横浜育ち。舞台、映像、イベント、出版のための音楽制作、作編曲、演奏、執筆、音楽プロデュースなどで活動中。さすらいのお気楽...

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