田代万里生の音楽ヒストリー④クラシカル・クロスオーバーの世界へ!「ESCOLTA」での活躍
ミュージカル作品を中心に、多彩な活動を続ける田代万里生さんが、自身の音楽の原点をたどりながら、愛するクラシック音楽や音楽家とともに繰り広げていく連載。第4回は、大学4年生で進路に悩んでいたことから、クラシカル・クロスオーバーの世界での活躍に至った経緯について、詳しく語ってもらいます。
指揮者になる? 留学する? 大学4年生で悩んだ進路
大学4年になって進路をどうするかとなったとき、「指揮者になりたい」という思いが再燃しました。声楽科卒業と同時に同大学の指揮科を受験し、もう一度学部1年生から学ぼうと考えたんです。オペラ歌手というのは、「声」という自分の楽器を取り替えることができないので、取り組む音楽が制限されがちになってしまうんですよね。いろんな音楽に挑戦したくても、「この作品に出るなら、万里生君の声だったらこの役ね」って、バリトンやソプラノの曲を歌いたくても、テノールの僕には役柄や選曲が限定されてしまう。その点、指揮者は音域も関係なく、ジャンルも時代も国も越えて、勉強次第で無限の音楽的可能性を感じたんです。
とはいえ、指揮者を目指すか、声楽家としてイタリアに留学するか、大学院に進むか、藤原歌劇団や二期会、新国立劇場の研修所に入るか、あるいはお声がけいただいた未踏の劇団四季に入団するか……7つの選択肢が頭をよぎって、すごく悩んでいました。
東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。埼玉県立大宮光陵高等学校音楽科声楽専攻(テノール)卒業。音楽の教員免許(中学・高校)資格を取得。絶対音感の持ち主でもある。3歳から母よりピアノを学び、7歳でヴァイオリン、13歳でトランペットを始め、15歳からテノール歌手の父より本格的に声楽を学ぶ。ピアノを三宅民規、御邊典一、川上昌裕、吉岡裕子、声楽を直野資、市原多朗、岡山廣幸、野口幸子に師事。13歳のとき、藤原歌劇団公演オペラ《マクベス》のフリーアンス王子役に抜擢。大学在学中の2003年東京室内歌劇場公演オペラ《欲望という名の電車》日本初演で本格的にオペラデビュー。その後09年『マルグリット』でミュージカルデビューを果たす。
近年の主な出演作に『キャプテン・アメイジング』『イノック・アーデン』『ラブ・ネバー・ダイ』『モダン・ミリー』『カム フロム アウェイ』『アナスタシア』『マチルダ』『マタ・ハリ』『マリー・アントワネット』等。第39回菊田一夫演劇賞受賞。ミュージカルデビュー15周年記念アルバム「YOU ARE HERE」発売中。10月より『エリザベート』に出演予定。
気軽に受けたオーディションで人生が一変!
そんななか、藝大のコレペティトールの先生から連絡があったんです。大手レコード会社でいわゆる「和製イル・ディーヴォ」を作る企画が進行中で、テノールの最終募集があるから推薦してもいいかと。ただし、オーディションは今週という急な話でした(笑)。当時、僕は平日は書店で働き、土日はブライダルの聖歌隊でザ・リッツ・カールトン東京や東京ディズニシー・ホテルミラコスタ等のチャペルで歌っていたので、その延長線上のアルバイトのような感覚でオーディションを受けに行ったんです。
オーディションではヘッドホンやマイクを使って歌うのも初めてで、課題曲のポップスも初体験。クラシック出身の僕は譜面通りに歌いますけど、ポップス出身の候補者たちは楽譜に書いてあるメロディを即興で自由に変えて歌ったり、歌わないはずの「間奏」部分でめちゃくちゃ歌うんですよ。日本語歌詞を自分で英単語に置き変えて自由にフェイクを入れたり、その自由な発想にはカルチャーショックを受けました。
一方、僕はテノール歌手として、一切ブレずに全力でクラシカルにポップスを歌い切りました。そして歌い終わった瞬間、審査員が「こういう人を探していたんだ」とばかりに拍手してくれて、満場一致で合格しました。
「ESCOLTA」で広がった世界
2006年、4人組ボーカルグループ「ESCOLTA(エスコルタ)」が結成されました。「ESCOLTA」が歌う“クラシカル・クロス・オーバー”は、僕が小学生の頃にサラ・ブライトマンやアンドレア・ボチェッリが流行して、結成当時は「イル・ディーヴォ」が人気を博していました。「ESCOLTA」は日本のそのジャンルの先駆け的な存在で、すごく注目されたんです。
デビュー曲は作詞家の阿久悠さんが手掛けた「愛の流星群」。CDの発売直前に阿久悠さんがお亡くなりになり、この楽曲が遺作となりました。発売されたCDはすぐに全国のショップに並び、グループでNHKの歌番組に出演して、「題名のない音楽会」でもオーケストラでソロ歌唱を体験しました。ロック歌手とか演歌歌手とか、クラシック以外のジャンルのアーティストとも交流が生まれて、共通言語は全然違ったけれど、すごく世界が広がりました。ミュージカル界の中川晃教さんとの交流もこの時期に始まり、「ESCOLTA」の初期メンバーだった(山崎)育三郎にはミュージカルの魅力を教えてもらいました。クラシックから飛び出したあの頃がなければ僕はいま、ミュージカルをやっていないと思います。
ESCOLTAのファースト・アルバム『愛の流星群』
新たな「壁」、新たな「学び」
「ESCOLTA」の活動で最初にぶつかった壁はマイクの使い方です。クラシックの発声は50メートル先や100メートル先をゴールにして、そこでよく聞こえるように研究するんですよ。でも、マイクって口元から10cm前後で音を拾われる。高音になると音が割れたり、子音が強すぎたり、距離や角度で音質が変わったりするので、ポップス出身のメンバーからアドバイスを受けながら試行錯誤しました。常に「揺らぎ」があるクラシックとは真逆の、ポップスや洋楽の「ビート」に慣れるのも大変でしたね。
そして、ピアノの弾き語りにも挑戦しました。クラシックは楽譜に書いてあるものから世界を無限に広げるのですが、「ESCOLTA」だと、「じゃあ、この16小節は万里生のピアノの即興でお願いね」って振られたりします。僕はピアノは3歳から弾いていたけど、クラシックのピアノソロと弾き語りや即興というのはまったく違う技術なんですよね。ピアノを弾きながら自分でビートをキープして自由に歌うことが、最初のうちはすごく難しかったですね。
「弾き語り」については、シンガー・ソング・ライターたちとの交流が心に残っています。ある晩、その一人の方の自宅で食事をしたあと、「ちょっと俺の新曲を聴いてくれよ」って言われて、僕のためだけにギターの弾き語りをしてくれたんですよ。クラシックって、オペラとかでも舞台で朗々と歌うイメージが強いから、プライベートで「誰か一人のために歌う」「誰か一人のために届ける」という発想が当時の自分にはなくて。でも、彼らにとってはそれは普通のことなんです。即興演奏や弾き語りの経験は、自分のアレンジ力や発想力を鍛えるいい機会になったし、今の舞台の仕事にも生きているなと感じます。
クラシックの魅力を再発見
クロスオーバーを体験して、クラシックの魅力をまた味わえるようになったのは僕にとって大きな収穫でした。きっかけは、「ESCOLTA」時代にジャンルを問わずたくさんの本物の音楽に触れ、クラシックの素晴らしさを再認識できたこと。改めて「生音」の良さに気づいたし、一周回ってクラシックの超一流の人たちの演奏が本当に素晴らしいなと心底感じたんです。
ポップスって、“しゃがれた声に味がある”とか、“高音は出てないけど、頑張っているのがグッとくる”とか、崩れた魅力や人間らしさも楽しむ音楽だと思うんです。逆にクラシックは、基本的には崩さずに美しさをストイックに追求する、様式美の世界なんですよね。オペラで「ヴィンチェロー!*」って歌ってるのに高声が出てなかったら「出てないね」というだけで、「味があるね」とはなりません。いい意味でポップスは人間らしさや音楽の自由さを無限に楽しむもの。クラシックは厳密な制約の中でパフォーマンスをして、そこでいかにスコア以上の音楽を膨らませることができるかという、圧倒的様式美の中に人間性を見出す世界だと思ったんです。両方の音楽の良さを知り、才能あふれる人たちに出会った「クロスオーバーの時代」は、この後、ミュージカルの世界に足を踏み入れる自分にとって、とても貴重で驚きと発見だらけの日々でした。
*註:プッチーニのオペラ《トゥーランドット》第3幕のアリア「誰も寝てはならぬ」のクライマックスで「Vincerò(ヴィンチェロー)」と繰り返し歌われる。「私は勝利する」の意
第5回「ミュージカルの世界」に続く
【東京公演】
日程: 2025年10月10日(金)~11月29日(土)
会場: 東急シアターオーブ
【札幌公演】
日程: 2025年12月9日(火)~18日(木)
会場: 札幌文化芸術劇場 hitaru
【大阪公演】
日程: 2025年12月29日(月)〜2026年1月10日(土)
会場: 梅田芸術劇場 メインホール
【福岡公演】
日程: 2026年1月19日(月)~31日(土)
会場: 博多座
出演:
エリザベート(ダブルキャスト) 望海風斗/明日海りお
トート(トリプルキャスト) 古川雄大/井上芳雄(東京公演のみ)/山崎育三郎(北海道・大阪・ 福岡公演のみ)
フランツ・ヨーゼフ(ダブルキャスト) 田代万里生/佐藤隆紀
ルドルフ(ダブルキャスト) 伊藤あさひ/中桐聖弥
ルドヴィカ/マダムヴォルフ 未来優希
ゾフィー(ダブルキャスト) 涼風真世/香寿たつき
ルイジ・ルキーニ(ダブルキャスト) 尾上松也/黒羽麻璃央
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