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2024.08.27
音楽学者の湯浅玲子さんが子どもにもわかる言葉で解説!

曲にはどうしていろいろな調があるの?スクリャービンやシューマン、ベートーヴェンの捉え方

楽譜には、シャープやフラットが付いている曲もあり、ト長調やイ短調など「調」があると習います。なぜ、いろいろな調があるのでしょうか。作曲家のエピソードを紹介しながら、湯浅玲子さんが子どもにもわかりやすい言葉でやさしく解説します!

初出:『ムジカノーヴァ』2013年9月号の「ムジカノーヴァ子ども音楽塾」

湯浅玲子
湯浅玲子 音楽学・音楽評論

桐朋学園大学卒業、同研究科修了(音楽学)。曲目解説やCDライナーノートのほか、 各種音楽雑誌に、特集記事、連載記事、楽曲分析、エッセイ、演奏会評などを執筆。月刊誌『ム...

24調すべてが使われているヨハン・ゼバスティアン・バッハの『平均律』第1巻第1曲の手稿譜

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譜読みをしていてこう思ったことはありませんか?「全部ハ長調だったら、どんなに楽だろう!」

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♯や♭のたくさんついた曲を譜読みするのは大変ですね。調号さえなければ楽に譜読みができそうです。そう思う人は少なくないようで、有名で人気のある作品については、調号の少ない調性に変えた(移調と言います)楽譜もありますし、1冊丸ごとハ長調に移調してある親切な楽譜も出ています。調号が多いために憧れの曲に挑戦できなかった人にとっては、うれしい楽譜ですね。

でも、作曲家はなんの理由もなく適当に調性を決めているわけではありません。調号が多いのは、演奏者を困らせるためではなく、しっかりとした理由があるのです。今回は、とくに調性にこだわりのあった作曲家たちの例を見ながら、調性について考えてみましょう。

調性に色を感じたスクリャービン

スクリャービンは、はじめはショパンに影響された作品を書き、「ロシアのショパン」と呼ばれていましたが、その後、「調性にはそれぞれの色がある」と感じるようになりました。彼が感じたのが、下の表の色です。

そして、作品を演奏するときは、調性が変わるたびに舞台の照明の色も変えようとしました。

皆さんだったら、それぞれの調から何色を想像しますか?

表の読み方の例:ハ調というのは、ハ音(ド)が中心となる調性のことです。ハ長調もハ短調もこれに含まれます。

それぞれの調性に性格があると考えた作曲家シューマン

時代は前後しますが、シューマン(1810〜1856)は、調性にはひとつひとつ性格があって、表現する内容が決まっているのだ、と考えていました。このように考える人は、当時ほかにもいました。シューバルト(1739〜1791 ※シューベルトと間違えないでくださいね)という音楽著述家が『音楽美論集』という本の中で、それぞれの調性の持つ性格を書いたのですが、シューマンはその内容に強い影響を受けました。シューバルトが書いた調の性格とは、次のようなものです。

キリスト教に関係する言葉も入っていますので、少し難しいものもありますね。

シューマンは、シューバルトのこの考えを参考にして、『調の性格について』という文章を書きました。

例えば、シューマンのピアノ曲『こどもの情景』Op.15は、第1曲《異国にて》がト長調で書かれ、途中の作品でさまざまな調に移っていきますが、最後の第13曲《詩人のお話》でト長調に戻ってきます。最初と最後を同じ調性にすることで、作品としてまとまりのよいものになりますね。何より、シューマンがト長調にどのような性格を感じ取っていたのか、ということがわかります。

シューマン:『こどもの情景』Op.15より第1曲《異国にて》、第13曲《詩人のお話》

第1曲《異国にて》より
第13曲《詩人のお話》より

ハ短調に思い入れのあった作曲家ベートーヴェン

ベートーヴェン(1770~1828)もシューバルトの考えに興味を示した作曲家のひとりです。あの《喜びの歌》(交響曲第9番)はニ長調ですから、まさに、シューバルトと一致していますね。

ベートーヴェンと言えば、交響曲第5番《運命》が有名ですが、この作品で使われているハ短調は、ベートーヴェンにとってたいへん思い入れのある調性です。

ベートーヴェン:交響曲第5番《運命》

ハ短調を使った作品には傑作が揃っています。ベートーヴェンにとって、ハ短調は特別な調性だったのですね。

ベートーヴェンの主なハ短調の作品

交響曲第5番 Op. 67《運命》(1807年作曲)

ピアノ協奏曲第3番 Op. 37(1796~1803年作曲)

ピアノ・ソナタ第5番 Op. 10-1(1795~97年作曲)

ピアノ・ソナタ第8番《悲愴》Op. 13(1797~98年作曲)

ピアノ・ソナタ第32番 Op. 111(1821~22年作曲)

自作主題による32の変奏曲 WoO80(1806年作曲)

ヴァイオリン・ソナタ第7番 Op. 30-2(1801~02年作曲)

ピアノ三重奏曲第3番 Op. 1-3(1793~95年作曲)

全調を使った作品

調性は全部で24種類あります。この24調を全部使って作品を書いた作曲家がいます。ひとつの作品の中ですべての調を使うということは、作曲家にとっては大きな挑戦だったと思います。

全調を使った作品の例

J.S.バッハ(1685~1750)
平均律クラヴィーア曲集全2巻
BWV846~869、BWV870~893

 

ショパン(1810~1849)
24の前奏曲 Op. 28

 

スクリャービン(1872~1915)
前奏曲 Op. 11

 

ラフマニノフ(1873~1943)
10の前奏曲 Op. 23
13の前奏曲 Op. 32
幻想的小品集 Op. 3-2
(これら24曲が全調で構成されている)

 

ショスタコーヴィチ(1906~1975)
24の前奏曲 Op. 34
24の前奏曲とフーガ Op. 87

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集1、2巻

調性のない音楽

あえて「調性」から離れようとした作曲家もいました。自分で新しい音階の決まりを作って作曲したのです。12音技法という決まりで作曲したシェーンベルク(1874~1951)、M. T. L. という移調の限られた旋法で作曲したメシアン(1908~1992)などです。彼らの音楽は「無調の音楽」と呼ばれていますが、調性がないからといって、決して譜読みは楽ではありませんよ。

シェーンベルク「5つのピアノ曲」Op. 23第1曲より

シェーンベルク:「5つのピアノ曲」Op. 23第1曲

楽譜を読むとき、調号を見て、「この音とこの音に♯をつければいいのね」などと考えるのではなく、「どうしてこの調号を選んだのかな」「どんな曲にしたかったのかな」ということまで想像してみると、もっと素敵な演奏になりそうですね。

湯浅玲子
湯浅玲子 音楽学・音楽評論

桐朋学園大学卒業、同研究科修了(音楽学)。曲目解説やCDライナーノートのほか、 各種音楽雑誌に、特集記事、連載記事、楽曲分析、エッセイ、演奏会評などを執筆。月刊誌『ム...

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