ヨッフェ アーティスティックな記憶についていえば、まず、最初のラウンドから自分がコンクールに出ているということを意識せず、短いリサイタルを演奏している感覚がありました。ショパンの音楽は「コンクール」という言葉とは相容れません。だからこそ、自分らしくコンサートに臨む気持ちでいることが大切です。
また、最後のステージの翌日には、本選での協奏曲の録音をLPで購入することができたことも印象に残っています。今やライブストリーミングが発達していますから、若い人にこの話をしてもなんとも思わないかもしれませんが、当時Muza社がライヴ録音を一夜でレコードにするというのは、とてもすごいことでした。この大切なイベントへの熱意が感じられる出来事だったと思います。
コンクールから46年が経ちました。当時の世の中はもっと違っていましたね。
——ショパンコンクールでは毎回「いいピアニストかもしれないが、ショパニストではない」という議論が聞かれます。実際、ショパンの意図を理解したショパンらしい演奏とは、何なのでしょうか?
ヨッフェ 私はショパンを、古典主義者であると同時にロマン主義者でもあると理解しています。
ショパンの解釈のなかには、残念ながら、誤った感情や彼のテキストを表面的に読んだものが、よくみられます。古典主義者であるショパンは、小品から大曲まで、作品の形式を完璧に意識して作曲していました。その作品の特別なところは、音との関係です。ショパンは、音は言葉の続きであり、その音楽言語を理解することが重要だと言っています。 どこの国のピアニストかということは関係なく、しっかりと聴くことを勉強しなくてはいけません。
——コンクールの重要な課題曲にマズルカがあります。ポーランドの感性と強く結びついたマズルカを理解する難しさは何でしょうか?
ヨッフェ どんな曲についても、こう演奏すればよいというレシピはありません。
とはいえ、ここではマズルカについての質問にお答えします。マズルカはショパンの作品の中でも特別な位置づけにあります。彼は生涯を通じてマズルカを書き続けました。 小品すべてに言えることですが、数分で何かを伝えることは簡単ではありませんから、演奏者は、アーティキュレーションやリズム、雰囲気の変化など、細部に至るまで熟考する必要があります。
ヨッフェさんが演奏するマズルカ第1番
——ショパンの楽譜のエディションの選択について、何かご意見はありますか?
ヨッフェ パデレフスキ版もナショナル・エディションも、とても良いと思います。自由に選んで良いと思います。
——聴き手として本当にショパンらしい音楽を見出すためには、どこに気をつければよいのでしょうか? 本物を見つけるために気にかけるべきポイントはなんでしょうか? 速くて派手な演奏が人気を集めることもよくありますが……。
ヨッフェ この質問は非常に重要で、答えも長くなってしまいますが、短めに答えてみようと思います。
一般の聴衆の判断というのは、流行やメディア、マネジメントなどの影響を大いにうけるといっていいでしょう。そんななかで、私たち音楽家の役割は、演奏することにより、音楽の意味をしっかり伝えることです。速く弾き、大きな音を出すことは、演奏の目的ではありません。
この問題については、それぞれのアーティストが自分なりに考えていると思います。私の義務は、自分が受け継いできた伝統(保守主義のことではありません)、そして芸術活動をするなかで育んだ伝統を継承していくこと、作品の意味を理解し、伝えるということだと思っています。
ヨッフェさんが出場した際の入賞者コンサートでの演奏(ノクターンOp. 62 No. 1、1975年10月)
——今や私たちは、多くの音源や演奏動画に触れることができるようになりました。そんななか、誰かの演奏のイミテーションをするのではなく、自分の音楽を見つけるには、どうしたらいいのでしょうか?
ヨッフェ それは、教育や知性の問題ですね。コピーするのではなく、自分で発見し、自分の意志で音楽を作る能力を持たなくてはいけません。
——今回のショパンコンクールでは、どのようなピアニストを求めていますか?
ヨッフェ 単に良いピアニストということではなく、ここまでに述べてきたような優れた要素を兼ね備えた音楽家を探しています。