——名曲ぞろいのミュージカルですが、とくに聴かせどころの楽曲は?
愛月 エル・ガヨが歌う曲は大曲が多いんですけれど(笑)、一番はやっぱり冒頭と最後に歌う「トライ・トゥー・リメンバー」ですね。とても有名な曲で、実際にすごく素敵な曲です。ほかにもお父さんたちと最初に歌う「何もかもがいくら払うかで決まる」も聴かせどころです。
全体的に『ファンタスティックス』の曲は、どの曲も長いナンバーを動きながら歌うので、役者の技量が必要だなと感じています。あと宝塚時代、私の声は低いほうだったのですが、今回の作品は、ここまで低い音を歌ったことがないというほど音域が低いんです。そういう面でも挑戦ですね。
『ファンタスティックス』より「トライ・トゥー・リメンバー」、「何もかもがいくら払うかで決まる」
——カンパニーはどんな雰囲気ですか?
愛月 みなさんすごく優しくて、稽古場にはいつも温かい空気が流れています。(マットを演じる)岡宮来夢さんは息子にしたいような好青年ですし(笑)、彼のもつ雰囲気がとても温かいんですよ。私自身は、みなさんについていこうと頑張っているところです。
——この舞台が初演から40年以上にわたり、世界で愛されている魅力はどこにあると思いますか?
愛月 この作品はファンタジーですが、人生で誰もが経験したことがある挫折や失敗が描かれています。若いマットとルイーザも、出会ったあと、一度離れて、それぞれが挫折を味わいますよね。それから、前を向いて生きるためには、その経験が必要だったと気づく。最後にエル・ガヨが提示するそんな人生の真実が、見る方の心にストンと落ちてくるんじゃないかなと思います。
——次に、愛月さんが音楽を好きになったきっかけを教えてください。
愛月 私は小さいときから、生活が宝塚一色だったんです。学校から帰ると、天海祐希さんの『ミー&マイ・ガール』のビデオをすりきれるほど繰り返し見ていました。ショーの場面では、近所のアジア系の雑貨屋さんで小物を買ってきて、スターさんをまねしてよく踊っていました(笑)。
——現在はどんな曲がお気に入りですか?
愛月 普段はあまり音楽を聴くほうではないんですけど、Official髭男dismさんはよく聴いています。声が心地いいので、どの曲も好きなんです。
朝起きて窓を開けるときには、ハワイアンミュージックを流すことが多いです。ウクレレと水の音があれば最高なんです。昔からハワイに行くのが好きで、今もコロナじゃなかったら1年に1度は行っていたんじゃないかな。夜、寝られないときには、ヒーリングミュージックを聴くこともありますね。冬になると謎にクリスマスソングをかけたりします(笑)。
——宝塚時代は、長身で気品溢れる男役スターとして幅広い役で活躍されましたが、今も心に残っている楽曲はありますか?
愛月 退団近くに出演したミュージカル『ロミオとジュリエット』の楽曲は、どれも思い入れがあります。自分が演じたティボルトの曲の中では「本当の俺じゃない」とか。歌うのはすごく難しいんですけど、曲の中にいろいろな思いが詰まっているところが好きですね。
——星組の『ロミオとジュリエット』の舞台では、愛月さんがティボルト役と共に役替わりで演じた「死」の役も、大反響を呼びました。セリフがなく、踊りだけで「死」のムードを表現するのはどうでしたか?
愛月 自分はダンサーだとは思っていなかったので、最初にこの役の劇団のオーディションに入っていたときには驚いたんですよ。役が決まってからは、ダンスをするというよりは、自分の長身を生かしながら、人ならざる者の雰囲気を出したいと思って取り組みましたね。
実は当時、私は上の学年だったので、役替わりはしないでほしいというファンの方の声もありました。でも、私自身はやるからには素敵な役にしたいと思ったので、ビジュアルなどにこだわったんです。稽古場で下級生たちからは「すごい」という声はあがっていたのですが、私自身は先輩へのおせじかなと思っていて(笑)。舞台にいって、想像以上に大きな反響があったときは、本当に嬉しかったです。
愛月さん出演の『ロミオとジュリエット』舞台映像
——ほかにも宝塚で思い出の曲があれば教えてください。
愛月 宝塚では、大階段で男役が黒燕尾で踊るシーンで、よくクラシック音楽が使われていて、昔からそれがすごく好きでしたね。実現はしませんでしたが、自分のサヨナラショーの黒燕尾も、以前、自分が演じたフランツ・リストの曲にしたいと提案をしていたんです。
そもそも、私が男役をやりたいと思ったきっかけは、麻路さきさん主演の『国境のない地図』で、バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」を使った黒燕尾のステージを観たこと。それまでも、漠然と宝塚には入りたかったんですけど、やるなら娘役さんがいいなと思っていたんです(笑)。あの場面を見て初めて、男役としてあのダンスを踊りたいと思いました。
バッハ:トッカータとフーガ ニ短調
——愛月さんが男役をめざしたきっかけは、バッハの音楽と黒燕尾だったのですね。もともとクラシック音楽は好きだったのですか?
愛月 小さい頃からバレエをやっていたので、クラシック音楽は身近な存在でした。黒燕尾で使われたクラシック音楽でほかにも好きな曲は、大空祐飛さんの『クライマックス』で流れたベートーヴェンの《月光》、私がフランツ・リスト役で出演した『翼ある人々』のブラームスの交響曲第4番の第1楽章があります。
『翼ある人々』で使用されたブラームス:交響曲第4番第1楽章
——『翼ある人々』のカリスマ性と優しさを兼ね備えたリストは、愛月さんの当たり役の一つだと思いますが、実在した作曲家を演じたご感想は?
愛月 リストは、自分にとってターニングポイントになった大切な役です。舞台では彼の超絶技巧のピアノ曲を弾く場面もありましたけど、私自身はピアノが全然弾けなくて……(笑)。当時、リストの曲はすごく聴きましたけれど、同時代のほかの作曲家の音楽の中で、新しい風を吹かせたんじゃないかなと思いました。
——ところで、今回の『ファンタスティックス』もミュージカルですが、歌を歌うとき大切にしていることは?
愛月 見てくださる方の心に響くかどうか、です。もちろん、すごく良い声で朗々と歌うことも素敵だと思うのですが、心に届くのかどうかは別なところにある気がしています。私は歌もお芝居だと思っていますので、これからも観てくださる人の心に響く歌が歌えればと思っています。
——退団されてもうすぐ1年ですが、いろいろとお話をうかがって、変わらない舞台への情熱と「宝塚愛」を感じました。今、愛月さんにとって音楽とは?
愛月 こうして音楽の話をしていると、当時の出来事がたくさん浮かんできました。私にとって音楽は、思い出と結びつくものです。
——最後に『ファンタスティックス』への意気込みを一言お願いします。
愛月 今回、私は男役を演じますが、宝塚でやってきたことを生かしつつも、でもまた違った自分が出せる作品になる気がします。外で男性のいる舞台に出るのも初めてですし、男役として本当の男性と共演することは私も新鮮なので、新たな自分が出せるのではないかなと思っています。ファンの方たちも楽しみにしていてください。