読みもの
2020.05.19
5月の特集「ファッション」

ハイブランド・デザイナーとバレエ振付家が刺激しあい、生みだしてきた名舞台

舞台芸術において重要な要素が「衣裳」です。とくにバレエにおいて、華やかな衣裳は演目の目玉のひとつ。舞台専門の衣裳家だけではなく、名だたるハイブランドのデザイナーたちが手がけてきました。イヴ・サン=ローラン、ピエール・カルダン、クリスチャン・ラクロワ、三宅一生(イッセイ・ミヤケ)、ジャンニ・ヴェルサーチ(ヴェルサーチェ)らが創り出す、極上のアート世界を渡辺真弓さんが紹介してくれました。

渡辺真弓
渡辺真弓 舞踊評論家、放送大学ほかで非常勤講師

10歳でバレエを習う。舞踊史家の薄井憲二氏に触発され、舞踊史に興味を持つ。お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊の実技と理論を学ぶ。オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経て...

ベジャール・バレエ団《バレエ・フォー・ライフ》
©BBL – Ilia Chkolnik
画像提供:日本舞台芸術振興会(NBS)

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普通は手が届かない世界かもしれないが、バレエの舞台ならば、オート・クチュールのデザイナーによるハイ・ファッションの美を、心おきなく楽しむことができる。
今回は、「ハイブランドデザイナーが手掛けたバレエ衣裳」と題し、名だたるファッション・デザイナーたちがバレエ作品と深く関わり、生み出してきた華麗な舞台をさまざま振り返ってみたい。

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モードの帝王が描く原色の鮮やかな世界

イヴ・サン=ローラン

「モードの帝王」イヴ・サン=ローラン(1936-2008)と言えば、フランス・バレエ界の巨匠ローラン・プティ(1924-2011)振付の『ノートルダム・ド・パリ』(1965)が思い浮かぶ。プティがパリ・オペラ座のために創作、日本では牧阿佐美バレヱ団でも上演されている名作だ。

主役の鐘撞きカジモドと、ジプシーの娘エスメラルダの悲しい運命を描いたものだが、このバレエでは主役陣を取り巻く群舞の存在感が抜群に大きい。バレエの冒頭で、赤、黄、青、緑、紫……と、原色の鮮やかな衣裳をまとった民衆が前進してくるシーンは、何度見ても興奮を誘う。

牧阿佐美バレヱ団『ノートルダム・ド・パリ』2012年 撮影:山廣康夫

名プリマとの長きにわたる親密な共同作業

ピエール・カルダン

2015年に世を去ったロシア出身の世紀のプリマにして振付家のマイヤ・プリセツカヤ(1925-2015)のお気に入りはピエール・カルダン(1922-)だった。カルダンは、この名花が創作した『アンナ・カレーニナ』(1972)をはじめ、『かもめ』(1980)、『小犬を連れた奥さん』(1985)などロシアの文芸バレエの衣裳を手がけている。
プリセツカヤによれば「それはすべて注文したのではなくて、彼からの好意的なプレゼントなんです」(音楽之友社バレエの本 1993 summer』インタビューより)。

1982年に映像化された『かもめ』

私はこれらの衣裳を、映画『アンナ・カレーニナ』、ボリショイ劇場での『小犬を連れた奥さん』で観たが、シンプルな色彩ながら上品なラインのドレスが、プリセツカヤの美を一層引き立てていたことが思い出される。

なおカルダンは、プリセツカヤを主演に迎えた創作バレエ『シャイヨの狂女』(1992年、振付ジジ・カシュレアヌ)を、エスパス・カルダン(カルダンが芸術発表の場としてパリに開いた劇場や映画館、ギャラリー併設のスペース)で上演している。これだけでも、2人の親密な間柄が想像されることだろう。

プリセツカヤをモデルに撮影されたピエール・カルダンのファッション・ショー(1987年)

スワロフスキーも美しい、華やかで洒脱な衣裳

クリスチャン・ラクロワ

次はクリスチャン・ラクロワ(1951-)。今から30年前の1989年、ABT(アメリカン・バレエ・シアター)が、ソ連から亡命しアメリカで活躍していたミハイル・バリシニコフ(1948-)に率いられて来日。オッフェンバックの曲、レオニード・マシーン振付『パリのよろこび』(1938)を上演した。

バレエ自体は半世紀も昔のものだが、1988年にラクロワの衣裳デザインで、お洒落な新版として蘇ったもの。真紅のドレスやジャケット、大胆なストライプを使った衣裳やタイツを身につけた登場人物たちが次々と舞台に現れるさまは、ファッション・ショーさながらの華やかさだった。

映像はボストン・バレエによる『パリのよろこび』。衣装はラクロワのもの

近年は、パリ・オペラ座とのコラボレーションが大評判。たとえば、バランシン振付の『ジュエルズ』(2000)、『水晶宮』(2014)、『真夏の夜の夢』(2017)。ブランカ・リ『シェへラザード』(2001)や、ジャン=ギヨーム・バール『泉』(2011)など。ラクロワの衣裳は、スワロフスキーを使った、光沢の美しさが特徴である。

パリ・オペラ座『水晶宮』

中でも、衣裳と美術を手がけた『真夏の夜の夢』の色彩美には目を奪われる。こちらは映像化されているので、機会があればぜひご覧になっていただきたい。バレリーナの白いチュチュの裏側にピンクのチュールが織り込まれ、チュチュが翻るとまるで花びらのよう。2020年の日本公演においてエトワールに任命されたばかりの23歳、踊り盛りのユーゴ・マルシャンがオベロンを演じ、ゴールドの衣裳に負けない妙技を披露しているのが見逃せない。

パリ・オペラ座『真夏の夜の夢』。伝統的な白いチュチュの裏側に織り込まれたピンクのチュールが、可愛らしい美しさを演出する。
©Opéra National de Paris
パリ・オペラ座『真夏の夜の夢』。
©Opéra National de Paris

有名なプリーツは最初からダンスを意識していた?

三宅一生(イッセイ・ミヤケ)

三宅一生(1938-)は、1988年プリーツによるデザインを発表したときから、ダンスとのコラボレーションを想定していたという。

プリーツをつかったデザインは「プリーツ・プリーズ」シリーズに受け継がれ、現在もイッセイ・ミヤケのトレードマークとして愛されている。

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SPRING SUMMER 2020 photo: @brigittelacombe #isseymiyake #SS20

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その相手とは、まず20世紀バレエの巨匠モーリス・ベジャール(1927-2007)。ベジャール自身が出演した『カスタ・ディーヴァ』(1980)や、アルゼンチン出身のカリスマ・ダンサー、ジョルジュ・ドンが演じた『マリオネットの生と死』(1983)で衣裳をデザインしている。

もうひとり、アメリカ出身でコンテンポラリー・ダンスの歴史を造ったひとりウィリアム・フォーサイスとの仕事では、『失われた委曲』新版(1991)がよく知られている。ここでは、白や黒の透ける衣裳が特徴で、雪が降り注ぐカオスの中、先の尖った黒衣の人物たちが異次元の世界を演出したのが記憶に新しい。

フランクフルト・バレエ『失われた委曲』

伝説のアーティストたちに捧げた衣装

ジャンニ・ヴェルサーチ(ヴェルサーチェ)

イタリアの巨匠、ジャンニ・ヴェルサーチ(1946−1997)は、1982年ミラノ・スカラ座で『ヨゼフ伝説』の衣裳を手がけたのがバレエとの初仕事だった。その後、ベジャールとのコラボレーションが続き、横尾忠則美術の『ディオニソス』(1984)から、フランスの文化的名士アンドレ・マルローをテーマにした『マルロー、あるいは神々の変貌』(1985)、『ピラミッド』(1990)、シルヴィ・ギエムのための『シシィ』(1993)、『バレエ・フォー・ライフ』(1997)、『愛、それはダンス』(2005)など、優に十数作を超える。

ミラノ・スカラ座で行なわれた、ベジャールによるバレエ『ジャンニ・ヴェルサーチ・トリビュート』

中でも、夭折した天才アーティスト——モーツァルト、ドン、フレディ・マーキュリーに捧げた『バレエ・フォー・ライフ』は代表作。白を基調に黒いラインをあしらった衣裳が「生と死」を象徴し、実に洗練されている。最後に「ショー・マスト・ゴー・オン」で、ベジャール(巨匠亡き後はジル・ロマン)を中心に、ダンサーが列になって進んでくる幕切れが忘れ難い。惜しくも、この5月の来日公演が延期となってしまったが、次回の来日を待ちたい。

5月公演が延期となった『バレエ・フォー・ライフ』。年内の上演を予定している。

ベジャール・バレエ団『バレエ・フォー・ライフ』
©BBL – Ilia Chkolnik
画像提供:日本舞台芸術振興会(NBS)
渡辺真弓
渡辺真弓 舞踊評論家、放送大学ほかで非常勤講師

10歳でバレエを習う。舞踊史家の薄井憲二氏に触発され、舞踊史に興味を持つ。お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊の実技と理論を学ぶ。オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経て...

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