アルコ(弓弾き)の音色が美しい、ジャズベーシスト3選
トランペット、サクソフォンと、音楽ファンにジャズのプレイヤーをオススメしてきたシリーズ。今回はジャズベーシスト、小美濃悠太さんの真骨頂! 花形楽器の後ろで演奏しながらも、いなくなったら演奏が空中分解してしまうともっぱらの噂、コントラバス奏者をご紹介します。
アルコ(弓弾き)を存分に楽しめるプレイヤーを選出。コントラバスが奏でる低音に耳を澄ませてみませんか?
1985年生まれ。千葉大学文学部卒業、一橋大学社会学研究科修士課程修了。 大学在学中より演奏活動を開始し、臼庭潤、南博、津上研太、音川英二など日本を代表する数々のジャ...
前々回のトランペッター3選、前々回のサクフォソニスト3選に続き、ONTOMO読者諸兄にオススメしたいジャズ界のコントラバス奏者3選である。
これまでの管楽器奏者に関する記事は、花形楽器であるトランペットやサックスへの羨望と嫉妬を下地として書かせていただいた。しかし、今回はコントラバス奏者として、同業者を取り上げる。モテ楽器への嫉妬などない。素晴らしい演奏家への愛だけがあるのだ。
本稿では、ONTOMO読者にも楽しめるコントラバス奏者ということで、アルコ(弓弾き)の達人たるジャズベーシストを3人選んでみた。同業者としてただただそのテクニックに恋い焦がれる、素晴らしいベーシストの演奏を楽しんでほしい。
ジャズベーシストとアルコ
ジャズでコントラバスを用いる場合は、ピチカート(指弾き)がほとんど。アルコが苦手な奏者は少なくない。もし嫌いなジャズベーシストと共演することがあれば、「そこ、メロディをアルコでお願いします。あ、オクターブ上げてください」と言えばいい。簡単かつ大義名分のある嫌がらせができる。
しかし、近年はアルコを苦手とするベーシストは減っているように思う。アルコもある程度できて当たり前、という風潮になりつつある。ジャズにおける表現方法がより多彩になったことで、アルコを効果的に使える場面が増えたのが大きな理由の一つだろう。今回は、その源流たる巨匠たちをご紹介したい。
バズーカ砲を連射するベーシスト、ミロスラフ・ヴィトウス
プラハ(現チェコ共和国)出身の驚異のベーシスト、ミロスラフ・ヴィトウス。グルダが主催した国際ジャズコンクールでの優勝をきっかけに、アメリカへ渡り一気にトップベーシストへと駆け上った人物だ。
その巨躯から繰り出されるピチカート音は、とにかく太い。すべての音が強力に存在感を主張する。しかも超絶技巧。一般に、音数が増えるとひとつひとつの音は細くなったり、輪郭がぼやけたりするもの。しかしヴィトウスは、一般人がせいいっぱい弾いた1音以上の音圧で16分音符を並べる。ちょっとしたテクニシャンの演奏をマシンガンに例えるなら、彼は同じ速さで弾を発射できるバズーカだ。
まずは、ヴィトウスの名を世に知らしめたこちらの一枚。
名曲《スペイン》でも知られるチック・コリアのトリオ。賑やかで楽しいコンサートを演出してくれる近年のチック・コリアの演奏からは想像もつかない、ギラギラして殺気立った録音だ。
2曲めの《Matrix》を聴いてほしい。張り詰めた空気感で演奏は進んでいく。キレッキレのチック、スーパータイトなロイ・ヘインズのドラムも驚異なのだが、ここでは3:10ごろからのベースソロが白眉。はっきり言って何やってるかわからない(キーがFなのが何となくわかるくらい)のだが、そんなことは些細な問題。よくわかんないけどすごい、と語彙を失ってしまう圧倒的な演奏なのである。
さて、アルコである。上のアルバムから20年弱が経ち、同じメンバーながらちょっと丸くなった演奏のライブ録音。
7曲の《Mirovisions》。アルコで、即興演奏で、かつ正確なピッチで指板を上から下まで駆け巡る演奏に言葉を失う。譜面にしたものを毎日練習しているならともかく(練習してもこんなの弾けないけど)、いわばその場のノリで弾いてこの超絶技巧ぶり。もう何も申し上げることはございません。
あのコントラバス集団でもお馴染み、ジャン=フィリップ・ヴィレ
コントラバス奏者なら、オルケストラ・ド・コントラバスの名を聞いたことがあるだろう。フランスのコントラバス奏者6人のアンサンブルで、コントラバスをただ演奏するだけでなく、叩いたり擦ったり、持ち上げて逆さまにしたり、とにかくあらゆる方法でコントラバスの可能性を引き出す演奏で知られる。ユーモアに満ちたパフォーマンスで、極上のエンターテイメントとなっているのだ。
そのオルケストラ・ド・コントラバスのメンバーであり、ジャズベーシストでもあるのがジャン=フィリップ・ヴィレ。クラシックプレイヤーとして活動していたわけではないが、オルケストラ〜でその実力はよく知られている。
「ヨーロピアンジャズってどんなジャズ?」と訊かれたら、例えばこういうものだよ、と差し出すのに最適なアルバム。入り組んだリズムと複雑なハーモニー、三者対等のアンサンブル。それぞれの美しい音色も聴きどころ。
さて、ここでは8曲目の《Si peu de choses》を聴いてほしい。アルコで、しかもハーモニクスでメロディーを弾いている。これは完全にクラシックプレイヤーのワザである。このレベルの技術を演奏の現場で要求されたら困るので、ベーシスト以外の同業者には聴いてほしくない(本音)。
現代コントラバスの最高峰、アンダーシュ・ヤーミン
驚きや親しみやすさのあるベーシストを紹介するつもりでいたのだが、やはりこの人を紹介しないわけにはいかない。スウェーデンが誇る最高のコントラバス奏者がアンダーシュ・ヤーミンだ。抽象的な演奏でとっつきにくいかもしれないが、アルコによる表現をテーマにするなら素通りはできない。私にとっては史上最高のコントラバス奏者である。
アメリカのトップミュージシャンが北欧で演奏するときのファーストコールとして君臨し、ヨーロッパの数々の巨匠とともにジャズや即興音楽の新しい潮流を担ってきたヤーミン。ECMレーベルではリーダーとしてもサイドマンとしても活躍し、同レーベルを代表するベーシストでもある。
3曲目、《Wooden Church》。アルコの音色が独特で、人口ハーモニクスを駆使して超高音域での即興演奏をも可能にする、超絶技巧の持ち主。かすれた音色や弓の圧力の変化による倍音のコントロールなど、この人以外になし得ないのでないかと思うテクニックが満載だ。4:30以降のドラムとの即興演奏は奇跡のアンサンブル。
10曲目の《Liebesode》では、非西洋音楽の影響がはっきりとわかる演奏となっている。クラシック音楽とは違う文脈において、アルコ奏法の最高峰と言ってよいだろう。彼の後継者となるベーシストの登場に期待したい。
近年は、教会音楽との接近をテーマにした作品のリリースが続くヤーミン。2018年にはオルガン、フルートとコントラバスによる「Tantum」、チャーチコーラスとコントラバスによる「Ama」をリリースしている。特に「Tantum」は、1曲目から彼の独自のアルコ表現の魅力を存分に楽しむことができる。
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