チャイコフスキーが泣きながら書いた破格の交響曲で休み明けの《悲愴》からよみがえれ!
5月病というのは4月に新学期や年度がはじまり、5月に連休がある日本の概念。欧米ではクリスマス休暇あけにホリデーブルーや、ポスト・ヴァケーション・シンドロームといった症状を訴える人が急増するそうです。長い休みのあとの辛さは、世界共通なのですね。
そんなときにあえて聴きたいのが、チャイコフスキーが書いた最後の交響曲《悲愴》。これでもか、というほど遅くて暗いフィナーレを聴けば、そこには復活が待っている? 思い切り悲愴な気分に浸れる、振り切った名演奏3選つき!
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...
あなたがこの文章を読んでいるということは、連休はもう終わっているということだろう。十分に休んでリフレッシュし、今は元気いっぱいに仕事に邁進している……という人も、まあ探せばいるだろうが、なかなか調子が出ずに、多少気分がふさいでいるという人も多いはず。
こういうときには、どういう音楽がいいだろうか。楽しい音楽を聴いて元気を出すのもいいだろう。しかし気分が上がらないときに楽しい音楽を聴いても、どこか他人事に感じられて全然入ってこないこともある。それならいっそ、あえて暗い曲にひたるほうが逆にすっきりするかもしれない。たとえば、チャイコフスキーの超名曲、交響曲第6番《悲愴》なんてどうだろうか。
チャイコフスキーが「泣きながら」作曲した最後の作品
チャイコフスキーは、《白鳥の湖》とか《くるみ割り人形》とか、ピアノ協奏曲第1番とかヴァイオリン協奏曲とか、とにかく名曲をたくさん残した作曲家だが、《悲愴》は、彼が生涯の最後に書いた曲だ。彼が作曲中に書いた手紙が残っている。
旅行中に次の交響曲のアイディアが浮かびました。今度はプログラムのあるものですが、すべての人にとって謎として残るプログラムです。彼らに当ててもらいましょう。(中略)旅行中、頭の中で交響曲を作曲しながら泣いてしまうことが何度もありました……
右:1893年、死の年の1月にオデッサで撮影されたチャイコフスキー。
泣きながら作曲したこの暗い交響曲を、チャイコフスキーは大いに気に入り、自信をもっていた。この曲は、1893年10月28日(旧ロシア暦では16日)、作曲者自身の指揮で初演される。ところが彼は、11月5日、つまり初演のわずか9日後に亡くなってしまう。コレラが大流行しているにもかかわらず生水を飲んでしまったのが原因とも言われる。曲の内容が内容だけに、自殺説もささやかれたほどだ。《悲愴》は、作曲の経緯からして曰く付きの曲なのだ。
何もかもが破格の交響曲――フィナーレは死の疑似体験?
さて、世の中に交響曲と名の付く作品は山ほどあるが、《悲愴》は、交響曲の歴史の中でも破格の作品だ。とにかくその構成、特にフィナーレが変わっている。
交響曲の標準的な構成というのはだいたい決まっている。楽章の数は4つだ。速くてドラマティックな第1楽章、テンポが遅くて歌うような第2楽章、3拍子の第3楽章、そして速いフィナーレの第4楽章と続く。もちろん、第2楽章と第3楽章が入れ替わるとか、第3楽章が省略されるとか、多少の変種はあるが、たいていはこの形式にあてはまる。特にフィナーレがある程度景気よく終わるということは、この《悲愴》以前には、ほとんど例外がなかった。
ところが《悲愴》は全然違う。第2楽章が5拍子という特殊な拍子のワルツ、第3楽章が勇ましい行進曲というのも変わっているが、とにかくフィナーレが普通ではない。なにしろ、ずっと遅いし悲しいし、最後は死んでいくように終わるのだ。静かに終わる交響曲なら、ヴァイオリン奏者2人だけが残るハイドンの交響曲第45番《告別》があるし、短調で終わる交響曲なら、メンデルスゾーンの交響曲第4番《イタリア》とかブラームスの交響曲第4番という名作がある。しかしこれらの曲に、《悲愴》の、心臓が止まっていくような暗さはない。
ただ、《悲愴》のフィナーレ、確かに暗いのだが、後味は悪くない。何か胸の中のもやもやが洗い流されるようなカタルシスがある。途中でドラがゴーンと弱く鳴って、トロンボーン(神の象徴)が重々しい聖歌風のフレーズを吹くところは、あきらかに死の表現だ。
おそらく、聴いている人は、このフィナーレで死を疑似体験し、再びよみがえるのではないだろうか。落ち込んだときに《悲愴》を聴きたくなるのは、この音楽にはこういう浄化作用があるからだろう。
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